19 裏鬼門に向かう白沢たち

 安吾の相方の啄木は何をしているのか。

 ほぼ群青色に染まっている空の下で走っている。道路を駆けている。彼は追われている。複数の足音が彼の背後から聞こえる。誰に追われているのか。だが、啄木は走っているだけではない。人を抱えているのだ。その人物を狙って追いかけてきている。


「っ啄木さん! 私を置いてっいって。私が招いた事態なんだから……!」


 抱えた白椿の少女に啄木は怒り出した。


「ばかもんが、何言ってるんだよ!

お前を置いてくと、葛と重光を悲しませる羽目になるぞ。真弓!」


 指摘を受け、真弓は言葉をつまらせた。三保地区の住宅街の中を走っていた。長身の男性が女子高生を抱えて走り、追いかけられる模様は目立つ。だが、文句はいってはいられない。

 啄木と真弓は穏健派の陰陽師に追われているのだ。

 学校帰り。真弓は学校の門を通って帰路を辿ってきたとき、声がかかってきた。彼女が振り返ると、見覚えのある知り合いの穏健派の陰陽師たちであった。

 聞こうとする前に、真弓は口を押さえられる。

 陰陽師たちが札を出し、呪を唱えようとした。睡魔を誘わせるものらしく、真弓は眠そうに瞼を閉じそうになる。その前に啄木が現れ、陰陽師たちを地に伏せさせていった。

 力が入らない彼女を抱え、彼は逃げていく。ちょうど真弓を迎えに行こうとした場面に誘拐未遂に遭遇したようだ。今では真弓の意識ははっきりとしている。


「待て! 貴様っ……どこのもんだ!」


 背後から問われても、啄木は口を閉じたままだ。啄木はすぐに曲がる。追ってくる前に、人ではない跳躍力で建物の屋根の上に乗る。

 見つからぬように膝を付く。建物の下からは足音と騒ぎ声が響く。「いない」やら「どこいった!?」など声を上げる中、「式神を放てばよかった」など聞こえた。

 分散して探すらしく、足音が二手に分かれていく。建物の上にいるとは思わないだろう。また跳躍した姿を見られてないのが救いだ。式神を放った気配はなく、啄木は気配が遠ざかるのを確認し息をつく。


「……とりあえず、今は大丈夫だな」

「っ……啄木さん。ありがとう。ごめんなさい……」


 顔を俯かせ、啄木に縋り付く。彼女は身に覚えはあるからだ。会長に対して攻撃を仕掛けた行為により、協会の方から連れてくるよう言われたのだろう。でなければ、多くの陰陽師が真弓の元に訪ねない。

 啄木は刀印を作る。


「空の移動は……危ういな。悪い、だいぶ移動するぞ。転」


 言霊を吐くとともに周囲の風景が瞬時に変わる。

 住宅街の静かな風景から、川の流れる声が聞こえ、エンジン音が遠くから聞こえてくる。大きな川にはいくつもの橋がかかっており、乗用車やトラックが走っていく姿が見えた。

 安倍川の近くにある広場だ。瞬時に移動する術を持つのは知っている。陰陽師たちも使うが、強い力が必要であり激しく霊力を消耗する。また立地や土地のことを知らなければできない。啄木は息を付き、真弓を解放する。

 二人共立ち上がり、啄木は真弓に先程の件を問う。


「なんか陰陽師っぽいのに追われてたけど真弓。覚えはあるか?

……もしくは、前の春章の件に関わりがあったり……」


 真弓は顔色を変え、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい……! 私のせいで……啄木さんにも迷惑をあたっ!」


 コツンと額に軽い痛みが来る。啄木にデコぴんされたのだ。額を押さえながらきょとんする真弓の肩に、彼は手を置く。


「全部を自分のせいにするな。ほぼ向こうからやってきたんだ。迷惑だなんて思ってない。真弓は反省してるんだろ? なら、謝るな。いいな?」

「でも、元はと言えば私が」


 優しい声で言われても、気持ちはざわつく。啄木はじっと真弓を見つめ頭を掻きながら仕方なさそうに腰に手を当てて。


「かけたと思っているなら、今回の件を全力で協力するように。俺が、俺たちの組織が真弓を守る。当然、葛と重光もな」


 啄木の低く包むような温かい声色。気持ちの落とし所を用意してくれたのだ。真弓の気持ちを宥めてくれる。優しさが身に沁みて、涙目になりながら真弓は頷いた。そんな彼女を見て胸を撫で下ろすように息を吐く。


「……じゃあ、早速悪いが協力してくれるか?」


 啄木の言葉に、真弓は袖で目を拭いながら頷く。


「うん。だってさっきから啄木さんの背後にある法陣が良くない気をはなってるもん」


 背を向け、彼と共に法陣をみる。黒い線の中に小さな木片が混ぜられた線で作られた法陣。鉄の錆びたような匂い化し、真弓は嗅いで小首をかしげた。


「……なんか、錆びたような匂い?」

「鉄粉、塩、水、活性炭、保水剤……バーミキュライトまたは蛭石、木粉、吸水性樹脂……懐炉かいろの原材料だな。保水剤の方も五行に沿うものにしたか」


 懐炉の原材料には目と金の性質である鉄を取り入れ、活性炭から木の性質を。酸化反応を引き起こし水と火の性質を取り入れた。保水剤からは様々な五行を組み合わせたものだろう。

 法陣は見事に効果を発していた。鬼の通り道から嫌な気配が感じ、真弓は眉間にシワを作る。


「これ……普通の人には見えないようになってるし、法陣が崩れないように術を張ってるね。啄木さん」

「ああ、茂吉の依頼で安吾から伝言が来ているんだ。『影とり鬼』を発生させている裏鬼門にあるものをなんとかしろってな。多分、この法陣を崩さないようにする番人みたいなのがいるはずなんだが……」


 啄木は周囲を見る。人々が普通に通る以外、何もなく法陣以外の怪しい気配はない。哀れみの目で鬼門の方向を見つめた。


「なるほど、有里さんに引き寄せられたか。そして、残りは茂吉が押さえている」

「……依乃ちゃん。無事だといいけど」


 心配する真弓に啄木は笑ってみせた。


「大丈夫だ。あの直文がいるんだ。安心しろ。だから、真弓は今は自分の身の安全を考えるように」


 優しい言葉を何度もかけてくれる啄木に支えられる。真弓は頷き、法陣について問う。


「……うん、でも、この法陣をどう止めるの?」


 大掛かりに仕掛けられた法陣だ。何かの仕掛けがあるはずだと真弓は考えたのだろう。問われ、考えるように見つめる。


「法陣にある仕掛けた罠を外してから、真弓に俺の一時の加護をつける。俺は白沢の半妖だから鬼門と裏鬼門の瘴気は効かないし、むしろいるだけで祓うようなもん。で、この法陣の止め方は……」


 いつの間にか、啄木の手には塵取りと大きな灰掻き棒、マスクが2つほど。更に手にはいくつかの燃えにくそうな袋があった。組織の専用収納というお家芸を見せた後、真弓は拍手をしたがその2つを見てはっとした。


「おお……って……え? 啄木さん。まさか……」


 爽やかに笑うが、どこか悟ったようであった。


「……さあ、真弓。奉仕活動と思って、この場を綺麗にしようか!」


 まさかの清掃活動。真弓は陰陽師らしからぬことにしょんぼりした。




 その後、啄木が法陣に仕掛けられた罠を外す。加護を受けて、真弓は鉄粉が入らぬようにマスクをして懐炉の元を灰掻きで集めていく。

 学校の荷物を近くにおいて、ちりとりで集めながら難炎性の袋に入れていく。

 黙々と集めていく二人。端からすると一瞥する行動であろう。だが、法陣がくずれていくせいか、法陣の黒い線が見える。ちゃんと清掃活動をして見えるのだ。

 人から声をかけられても「清掃活動のボランティアです」や「後片付けを頼まれてましてね」と啄木はそれらしい理由を述べてせっせと片付けている。

 中には手伝おうかと声をかける人間もいた。しかし、法陣の影響を受けてはまずいゆえ、二人は謝罪を交えながら退散してもらった。

 秋の虫とも言える鳴き声が聞こえる頃。ほぼ法陣の元は片付いており、いくつかの熱を発する小袋ができた。

 灰掻き棒を片手に真弓は息をつく。


「終わり! 清掃活動なんて、いつぶりだろ……」


 中学以来あまりしてない気がし懐かしんでいると、啄木から声がかかる。


「真弓、灰掻き棒とちりとり。渡してくれないか?」

「あ、うん!」


 啄木から声がかかり、彼女は二つを返す。返して啄木の手に渡った瞬間に消えた。かわりに、ペットボトルが二つある。炭酸飲料であり、どちらも真弓が飲めるものだ。一つは乳酸菌飲料と果汁の入ったもの。


「お前はどっちがいい?」

「わっ、啄木さん。ありがとう! 私はこっち!」


 乳酸菌飲料の方を指差し、啄木は笑いながら渡してくれた。真弓は受け取るとペットボトルの蓋を開けて口をつけて傾けた。その飲料水特有の甘みと炭酸が口と喉を駆け抜け、ペットボトルから口を話して顔をほころばせた。


「美味しい……! にしても、啄木さんたちは便利だねー。何も無いところから色々と出せるし」

「出すものは限られてるけどな。俺たちの場合は便利な分ほど代償は大きいから」


 啄木の立場を思い出し、真弓は少し悲しげな顔をする。

 彼女は何も言わない。立場からして何も言えないからだ。すると、バイブの音が聞こえ、啄木はポケットからスマホを出す。

 片手で操作し、啄木は声をかける。


「もしもし、直文。スピーカーにしてるけどいいか?」

《ああ、構わない。啄木。気配から察するに、裏鬼門の法陣を消したのか?》


「当然、こっちは簡単だったけど、そっちは苦労したっぽいな。札とお前の力の波動を感じたよ」

《……こっち側の法陣には辰砂と消石灰を粉末にしたのを使いやがってね。固めて回収した》

「……そりゃ、ご苦労さまだ」


 辰砂と聞き、真弓は目を丸くして聞く。


「ねぇ、啄木さん……辰砂ってもしかして水銀含んでる鉱石だよね……!?」


 辰砂についてはテレビで見て、水銀については学んだ故に彼女は覚えがある。人体に害をもたらし、公害も引き起こしたと。啄木は頷き、真弓は憤った。


「なんでそんな危険なものをおいておくの……!? こっちもそうだけど、辰砂の粉末なんて飛び散っだら最悪ものじゃない!

あの追いかけてきた陰陽師たちはそんなことをしたの!?

同じ穏健派とは思えない!!」

《……追いかけてきた?》


 かなり大きな声で怒ったゆえに、電話からでも聞こえたのだろう。直文は怪訝そうに聞く。啄木は「そうだ」と返事をした。


「同じ派閥らしき、陰陽師から追いかけられてきたんだよ。眠らせてまで連れ去ろうとしていたしな。葛と重光がまだ仕事から帰ってきてないのが救いだったが……」

《話を聞く限り、尋問って感じじゃないな》

「そうだ。……直文。このまま真弓を返せないから、一旦こっちで保護する。

ことが終えたら、家で落ち合おう。多分、全員が泊まる羽目になるだろうから、一応泊まれる準備はしておくぞ」

《了解。啄木、任せた》


 啄木は通話を切る。怒り続けるわけにいかない故に、深呼吸を何度かして真弓は胸に手をおいて心身を落ち着かせようとした。息をつき、真剣な顔を向けた。


「啄木さん。私はシェアハウスで一時身を寄させてください」

「お前の兄と重光が狙われてるかもしれないぞ?」


 最もの指摘に、真弓は首を横に振る。


「……ううん、むしろ、お兄ちゃんと重光さんは問題ないと思う。狙うのは多分、私だけかも。あのね、一つだけ言い忘れてたんだけど、私を追ってた陰陽師はお兄ちゃんたちよりも霊力の強い陰陽師。私もよく知る人たちで……『変生の法』を受けて生まれた陰陽師なの」

「──なんだって?」


 初めて聞いた情報に、啄木は驚きを隠せなかった。

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