20 助かった後輩 疲れた先輩

 駿府城公園内の中央。『偽神使』たちは硬直して痙攣をしている。中には、消えて魂とかして天に登るものもいる。茂吉は錫杖を地面で打ち鳴らしながら。澄は数珠を強く握りしめて口を動かしていた。


「「仏説摩訶般若波羅蜜多心経ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう」」


 経を唱える中、茂吉の声色と声量は変わってきてない。だが、澄の声の強弱と声のトーンに粗がわかってくる。僧侶のように経を唱え続けており、しかも数時間かかっている。鬼門と裏鬼門の件を解決するまで唱えているのだ。疲れが出るのは仕方はない。澄はやるせなさに表情を歪めると、鬼門と裏鬼門から良くないものが消える気配がした。

 彼女は目を丸くして、今日を唱えるのをやめた。茂吉も唱えるのをやめ、口角を上げてピースサインを作る。


「さぁて! ここまで、そこまでだ! 寺生まれのTさん。仕事しちゃうよっ☆」


 調子よく笑い、茂吉は錫杖を天に掲げた。経が止まり、痺れるものがなくなったのか、獣たちは勢いよく襲ってくるが。


「宵闇」


 言霊を吐き出し、錫杖に光が宿る。柄の底を地面にめがけて、言葉とともに打ち鳴らす。


「破ぁっ!」


 ガツンッと硬い音。シャンとなる錫杖の音。茂吉の声が重なる。彼を中心に円状が段々として宵闇色の光が広がっていく。

 獣達に光が当たった。体は消え、魂だけが空に上がっていく。光から逃げようとする獣たちだが間に合わず、飲まれて体が消える。残った多くの魂は天に帰っていく出せけだ。

 黒い獣たちが消えると、茂吉は錫杖を担いでシニカルに笑う。


「いやぁ、寺生まれって役に立つねぇ」


 周囲に嫌な気配はなく、ここにいる『偽神使』のすべてが消えたことを意味する。


「……ごめんよ。茂吉くん」


 謝る彼女に茂吉は錫杖を消して、首を横に振る。


「謝ることはないよ。よくやった。澄はちゃんとやってるよ、っと」


 流れるように彼女の背中と膝裏に手を回し、横抱き。俗に言うお姫様抱っこ澄言うものをした。今の感性を持つ澄は頬を赤くして、茂吉に顔を向ける。


「……茂吉くん。私は自分で歩ける」

「駄目だ。無理して力を使った分負担が掛かってる。現世の外出たら、ちゃんとおろしてあげる。後輩に心配させたくないなら、ここで俺に甘えときなよ。澄」


 首を横に振られ、見栄を張ることすらも見破られた。いくら百年期間が空いたとはいえ、長年の付き合いからの経験には敵わない。澄は渋々と頷いた。茂吉は歩いて、あの世へ開ける駿府城公園の橋に近付いていく。運ばれていく中、澄は息をつく。


「……今回の件はこれで終わった……でいいの?」

「まあね、駿府に覆ってた違和感はないけど油断はできない。また狙ってくる可能性もあるから、今日は俺たちのシェアハウスに泊まりっていくように、ね。澄」

「……うん、流石にこの状態で帰るのもあれだから、お母さんにうまく言っておくよ」


 恋人の言葉通り、流石に疲れ果てた状態で帰るのはまずい。甘えておこうと、頭を彼の胸板に預けた。橋が近づき、茂吉は言霊を吐き出す。開いている扉が現れ、二人はくぐると変化を解いた姿で背後の門はすぐに消える。

 橋の上につくと、澄は降ろされる。彼女は周囲を見回す。県庁所在地の証である高いビルが見え、近くには地方裁判所や公民館や劇場などがある。道路を走る車。歩道をゆく、学生や社会人。車道では自転車が走り、いつもの暗い駿府城公園の堀の近くだ。

 いつもの地元の日常風景とも言えるだろう。

 何事ない様子に澄はほっとしていると、バイクの音が遠くから聞こえてくる。大型の二人乗りのバイクが澄達に向かってきている。バイクは二人の近くに止まった。一人は固定ベルトとヘルメットを外してバイクを降りる。


「澄先輩!」


 抱きついてくる後輩を、澄は受け止めた。


「おっと……奈央。良かったよ。無事で」


 涙目になっている奈央だが、怪我がない様子に澄は完全に肩の荷が下りて微笑む。二人の少女の様子に茂吉は口元を緩め、ゴーグルを外す八一に歩み寄る。


「八一。田中ちゃん、保護できたんだな。お疲れ」

「ありがとさん。とりあえず、茂吉たちが動いている間に私たちは駿府の周辺走って、今回の範囲の確認と監視はしてきたぞ。茂吉」


 奈央を助けたあとに一仕事していたようだ。茂吉は腕を組み、狐に聞く。


「結果は?」

「駿府城公園を中心に広範囲で葵区を覆ってた。県立病院から霊園、安倍川まで。かなりの範囲に違和感と力の流れみたいなのがあった。ただし、陰陽師らしき人物はいない。式神もいない」


 八一の報告に、茂吉は舌打ちをする。狸の雰囲気からは余裕はない。


「まさか、こんなに早く仕上げてくるなんて。八一はどう見る?」

「脅威だよ。まだこれが完成じゃないっていうのが脅威だ」


 話を聞き、澄は彼らに首を向ける。

 出来たて間もない創作怪談を実現。誕生させて術式に昇華する。ここまでの実現段階のスピードが早すぎる。ハッカーや組織が動いているとはいえど、現実に広まった事件や噂話は簡単に消えるものではない。

 話は広まっており、何人もの行方不明者が出ているのだ。と澄は考えたところ、茂吉は声を上げた。


「っまさか……」


 澄も同じタイミングで気付き、茂吉と互いに顔を見合わす。


「っ……待て。ねぇ、茂吉くん。まさか……陰陽師は禁忌を犯しているのかい……?」


 困惑を隠せないのか、声を震わせる。八一と奈央は目を見開き、茂吉は渋々と頷く。

 認知度だけではない。妖怪や死んだ生き物の魂などを利用している禁忌を犯している。だが、怪談として生み出されるのは違法スレスレの合法。すなわちグレーゾーンだ。しかし、怪談の怪異を利用しただけではすぐに出来上がるものではない。最も純粋なものを彼らは知っている。

 八一は眉を下げ、低い声を出す。


「行方不明者の魂だ。死んですぐなら、魂と魄の質がいい。その力で怪異や神に力を蓄えさせてるなら……この速さは納得いくな」

「で、でも、証拠はあるの……!? 八一さん」

「組織の本部で調べれば一発で出るし、あの世に問い合わせればできる。しかも残念ながら、私達のこういう感って言うのは当たるんだよ。奈央」


 疑問を呈する奈央は八一に言われて、思い出したのか口をあんぐりとさせていた。

 彼らの推測や直感はほぼ外れたことがない。協力者という立場にいる真弓に澄は同情の言葉を吐く。


「今回は三善さんが一番キツイかもしれない。今回の任務の件について……。もし土御門春章が禁忌を犯した兆候がある場合──」


 言いたくもなく、澄は口を閉ざす。が、かわりに茂吉が出す。


「抹殺。決まったようなものだね」


 耳にしたくなく、口にもしたくない。澄はあまりいい顔をせず、奈央はあわあわとしながら、八一に聞く。


「でも、証拠とか抑えるよね!? 殺すとか……その、捕まえるとかしないの!?」


 良識に基づいて奈央は聞いているのだろう。八一は真顔で向日葵少女に問う。


「奈央。今日、相手は有里依乃さんとお前に何をしてきた?

残念ながら、それが相手の答えだ」


 言葉を失い、奈央は何も言えなくなる。

 依乃を狙い、間違えて連れてきた奈央に危害を加えようとした。アウトな案件の積み重ね、いや、もうしてはならないラインを踏み越えてきているのだ。

 八一は息をつき、ゴーグルをする。


「奈央。今日は私達のシェアハウスに泊まっていけ。真美さんと荘司さんには近づかせないよう、守護の式神飛ばしておくから。ほら、乗りなよ」

「う、うん!」


 奈央は頭にヘルメットを被り、八一のバイクに乗る。彼女も駿府城公園での長居は無用だとわかっているようだ。茂吉と澄もシェアハウスに向かう準備をし始めた。

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