16 ヒーローは狐でもやってくる
澄は息をついて、余裕なさそうに微笑む。
「……まあ……鬼門と裏鬼門の間なら余裕で動けるか」
つぶやきに『影とり鬼』は頷く。
「うん、失念してた?」
煽るように話す『影とり鬼』に澄は片手で刀印を作り構える。背後には黒い影の獣が置きかけてきており、奈央は困惑を示した。先輩に声をかけようとすると、「大丈夫」と告げられる。
その後──澄の笑みは歪む。
「まさか、そんなわけないさ。
二人の周囲に守るように金色の眩い粒が現れ、眩く光りだした。
あまりの眩しさにる『影とり鬼』は腕で目をつぶり、影の獣たちは光にのまれて消えた。光のまばゆさは、奈央達には向けられていない。刀印を組み続けながら、奈央に声を上げた。
「奈央! 近くに細い道があるだろ? そこから出て安倍川の橋に向かって!」
「っ!? 先輩は!?」
後輩たちは先輩の状態を知っている。澄はいくら半妖とはいえど、八一たちのように力が奮えるわけではない。ゆえに聞いたのだ。力を使いながらも、澄は優しく微笑む。
「大丈夫。私には頼れる恋人が助けてくれるから。奈央にもいるだろ?」
「……〜もうっ! 私にはいませんってば!」
顔を赤くし反論をする。赤い顔のまま、奈央は言われた通り細い道路へと向かうが、一瞬だけ足を止め先輩に首を向けた。
「先輩、絶対に無事でいてくださいよ!」
「当然! さあ、奈央。早く!」
急かされ、奈央は背を向けダッシュでその場を去っていった。背後を気にしてはいられず全力で細い道を抜けて、病院の前に出た。
病院には行かず、彼女は真っ直ぐと県道へと向かう。安倍川にかかる橋は幾つかある。河口側にある橋に向かって、奈央は走り出して行く。
目的地まではだいぶ遠い。神足通があるといえど、神通力は人ならざる力だ。使い続けていれば、疲れてくるのも当然だ。彼女は体力が持つかどうか、考えた。
大きな道路、県道27号線に出る。
背筋から悪寒を感じ、奈央は振り向くと黒い獣たちが後を追ってきていた。
黒い獣の姿は分からなかったが、今ははっきりとわかる。
アライグマ、カミツキガメ、サル、ハリネズミ、鹿に似た生き物など。だが、多いのは犬や猫だ。様々な犬種や猫の姿をしてこちらに来ている。
赤い目を光らせて、数匹が奈央に向かって走ってくる。神使に似つかわしくないもの、神使にいそうなものが黒のしめ縄を首輪としてつけている。
「っ……!? あれも創作の怪異……!?」
ほざいている場合ではなく、奈央は駆け出していく。
「……っあっ?」
体の力が抜け、奈央は前に倒れた。
今日は常に
数匹の動物が奈央に牙を向け、襲いかかろうとする。奈央は起き上がり近づいてくる動物の牙に目を丸くしていると。
バイクの音が聞こえてきた。大型のバイクは奈央の横を勢いよく通り過ぎる。バイクの勢いで奈央の髪は揺れた。少女は目を丸くしながら見る。乗り手がバイクで勢いよく動物たちを吹き飛ばすのを。
吹き飛ばされた動物たちは、同じ獣達にぶつかる。
狐の耳を出せるヘルメット。狐の尾は出さず、ファーもない。変化済みの彼はゴーグルをしており、言霊を吐き出す。
「
獣達に白い炎が襲い、焼かれていく。動物などの悲鳴が聞こえ、奈央は呆然とバイクのライダーを見ていた。彼はすぐにゴーグルを外し、必死な顔で奈央の名を呼ぶ。
「奈央! 無事か!?」
「八一さん……!?」
「……何とか間に合ってよかったっ……!」
ほっとする彼に奈央は立ち上がって近付く。
八一の必死の顔からして、奈央が連れ去られた件はだいぶ焦ったようだ。彼女の額に八一の人差し指が当たった。彼が何かをつぶやくと、見聞きするものが鮮明でなくなる。体の負荷も少なくなった。
額から指を離し、八一はなにもないところから奈央のヘルメットを出す。
「できるだけ負荷を減らすために、奈央の神通力を強制的にOFFにさせてもらった。ここから出るぞ」
「う、うん!」
ヘルメットを受け取り、奈央はかぶってつける。慣れたように奈央はバイクに乗り、二人乗り用の固定するベルトをする。
「……でも、黄泉比良坂って場所から出れるの? 八一さん」
不安げに言いながら、彼女は八一に腕を回して抱き締める。奈央は黄泉比良坂に来るのか初めてだ。八一はゴーグルをしてエンジンをかけながら教える。
「川と橋は一種の境界に見立てられる。それに、辻のつく地名なんかはもっぱら境界線だ。私達は境界の上から黄泉比良坂の出入りする権利を持ってるからここから出れる。というわけで、奈央。しっかり捕まっていろよ。全速力で走るぞ!」
八一に言われ、奈央は慌てて縋りつき抱き締める力を強くする。背後の炎が消えると同時に、八一はバイクを走らせて道路をゆく。
エンジンの音と、走る音がよく伝わる。人のいない黄泉比良坂であるからか人気がなく、車通りがないからであろう。
勢いがあり、ヘルメットから出ている奈央の髪がなびき続ける。それなりに速度を出しているようだ。道路は静岡県道208号藤枝静岡線であり、本通りと言われる。八一に縋りつきながら、奈央はビクッとした。神通力を得てなくとも感じる悪寒。後ろを一瞥し、奈央は恐々とした。
「ひっ……!」
犬や猫、猿、アライグマ。その他の多くの獣がありえない速度で道路を駆け、奈央達を追いかけているのだ。犬や猫が全速力で走るバイクに追いつけるほどの脚力を出すとは思えない。
奈央は八一の背中に顔を埋めぎゅっと抱きしめる。八一は後ろを一瞥し、奈央を守るように五本の尾を出して包む。残りの四本の尾は風になびかせ。
「
白い電流が四本尾から放たれた。獣たちに当たった瞬間。眩い雷の花とともに轟音が響き渡る。
「やぁっ!?」
「悪い! 緊急事態だ。後で侘びする!」
奈央はびっくりし、八一は謝罪をした。
雷の音が響いたあと、奈央は背後の悪寒を感じなかった。獣たちは追ってくる様子はない。本通りから東海道に移り、東海道から弥勒橋。またの名称を安倍川橋の上を走る。橋の中腹に近寄ると八一は変化を解き、片手で刀印を切る。
「開門!」
中腹の近くで入口は裂け目のように開く。八一達は乗っているバイクごと突っ込む。裂け目は閉じられ、バイクの速度は落ちていく。車のエンジン音や道路とタイヤのこすれる音が聞こえ、向日葵少女は周囲を見た。
安倍川大橋の上。暗くなっていく群青色と染め、雲が流れていく。橋にある証明が歩道と人を照らす。乗り物の騒音などが混じっていた。肌や鼻で感じる風は、間違いなく奈央に馴染みがある。
奈央は黄泉平坂に出れたのだ。だが、置いてきた先輩が気になり彼女は声を上げる。
「八一さん。先輩は大丈夫ですか!?」
「澄ちゃんは大丈夫だ。茂吉がいる」
断言をして答える。茂吉は澄に下手な手出しをするやつから守るであろう。納得していると橋を渡り切り、バイクの速度は普通になっていた。
道を曲がり、広々とした川辺に向かう道へと入る。
安倍川の川辺には駐車場となる場所があり、その駐車場でバイクを止めた。
バイクを固定し、八一はゴーグルを外した。ヘルメットを取り、ふぅと息をついて奈央に首を向ける。
いつもの飄々とした雰囲気はなく、不安げに彼女を見ていた。
「奈央。大丈夫かい? ……どこか、痛いとこはないか?」
八一の声を聞いたあと、奈央は力が抜けたのか瞳をうるませた。抱きつきたい衝動のままに奈央は彼に抱きつく。抱きつかれた張本人は受け止めた。
「……こわかった。八一さん……来てくれてよかった……」
不安と安心を口に出し、彼の胸に顔を埋める。奈央の言葉に同意し、八一は奈央を強く腕の中に閉じ込めた。
「うん、私が来たから大丈夫。……無事でよかった。本当に何事もなくてよかったよ。奈央」
安堵の吐息を漏らし、八一は奈央の温度を感じようと抱きしめ続ける。向日葵少女は全身の力を抜いて、彼の温もりを感じていた。
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