15 庇った向日葵少女 助ける先輩

 奈央は険しい表情で佇んでいた。彼女がいる場所は黄泉比良坂。その世界の駿府城公園のど真ん中にいる。彼女と対峙しているのは一回り小さい少年だ。

 現代の服とは異なる着物姿の少年。彼女を見て、少年はつまらなそうに息を吐く。


「なんだ。目的のおねいちゃんじゃなくて、友達の方がきちゃった」

「……君は『影とり鬼』?」


 奈央に聞かれ、少年は「正解」と楽しげに答えた。彼女は周囲を見回し、公園内を見る。黄泉比良坂であるゆえか、人気はない。しかし、物陰には妖怪が隠れているのが見え、怯えたように『影とり鬼』と奈央を見ていた。神通力が効いているせいか、怯えた声や聞こえ、体の震えが見える。

 やはり住んでいる善良な妖怪も狙われているようだ。奈央は警戒をしながら問う。


「……貴方、操られてないの?」


 前回の『おまねき童』の話と聞いて、『影とり鬼』の自我が明確に見えた。『影とり鬼』は聞かれた問に首を縦に振る。


「そうだよ。僕は使役されてる式神……。あ、使い魔のほうがわかりやすいか。要は、管狐と同じような感じ。『おまねき童』は暗示ってやつで操ってたらしいけどさあ」


 管狐とは憑物の一種である。管に入れて使役するものや狐憑きのように憑物として使役するものもいる。怪異の使役については話に上がっていたが、本当にやっていたとは思わない。奈央を見つめ、『影とり鬼』は無邪気に笑う。


「まあ、僕としても災難だなぁと思うけど、役目はこなさなくちゃね!

というわけで、おねぇさん。僕と『影鬼』しよ!」

「……き……着てるものに反して……喋り方が今ふうなんだね……。子供の姿をしてるし……それが……本当の姿なの……?」


 声と体を震わせながら奈央は話す。彼女の質問に『影とり鬼』は首を横に振る。


「そんなわけ無いじゃん。子供の姿とこの喋り、格好は創作された怪談の影響だよ」

「……じゃあ、本当の姿は別にある……?」

「そうだよ。元は普通の鬼だったけど……元の姿はどんなものなのかは忘れちゃった。創作怪談の怪談にされたせいかな」


 明るく笑って言うが、言っていることは中々に重い。『影とり鬼』の話を聞きながら、奈央は後ろに一歩ずつ下がる。話し合った対策に移り、恐々としながらも行っている。挙動がおかしいことは見ただけでわかる。『影とり鬼』は面白そうに笑う。


「ねぇ、何をしようとしているの? おねぇーちゃん」

「えっ!? 何って……何も……?」


 激しく動揺する奈央に『影とり鬼』はクスクスと笑いながら歩み寄る。


「おねぇちゃん。かわいいー。僕と一緒に『影鬼』しよ? しろよ」


 強制をする言い方。

 依乃を連れてきて、影を取るつもりだったのだろう。ましてや、公園内での鬼ごっこと制限が決まっており、更には安全に行ける方角も鬼門や裏鬼門だけという制限付き。運動部でもない依乃にはだいぶきつい。

 大切な友人がここに来なかったことに安心をし、はぁと息をつく。


「ここに、はなびちゃんが来なくてよかったよ……」


 依乃には身体能力を上げる術がない。あのとき、依乃を庇って正解だったようだ。彼女は目を閉じて、麹葉に神足通の許可を願う。カチッと音が奈央の中で聞こえてきた。向日葵少女は目つきを鋭くし、あっかんべーをした。


「あんたのようなガキなんかお断り! 死んじゃえ!」


 奈央は背を向けて、勢いよく駆け出す。


「っな!?」


 影鬼は奈央の走る速さに驚いていた。荷物を持っているはずが、奈央は人以上の速度を出している。

 奈央はハードルを越える要領で、塀を越えて庭園の中に入る。

 着地して顔を上げた。駿府城公園の茶室のある紅葉山庭園。奈央は罪悪感を感じつつ、庭園の道を走っていく。堀の近くに出るため、竹の柵をよじ登る。


「っ! おい、待て!」


 声をかけられ、奈央は首を向ける。『影とり鬼』はもう庭園の近くまで追いかけてきていた。

 奈央は表情を歪めて柵をよじ登り、近くの道に降りた。堀の近くにある急斜面を勢いよくおり、足に力を込めて奈央は高く飛んだ。

 神通力の一つ神足通。麹葉に与えられた神足通は軽いものであるものの、堀をパルクールのように越えて移動できる。

 車の走っていない車道に降り立ち、奈央は背後を向く。『影とり鬼』は呆然としており、前を向いた。鬼門の方角の中でできるだけ安全な場所から逃げようとしたとき。


「奈央! こっち! こっちだ! 早く!」


 学校でよく聞くたよれる先輩の声を聞き、声の方向に向く。

 制服姿でありながら、狸の耳と尻尾を生やしている澄がいた。必死な顔で肩を上下させている。また短い髪も長く、腰まであった。変化した頼れる先輩を見て、奈央は涙目になって駆け出す。


「先輩、せんぱい! とぉーるせんぱぁぁーい!」


 駆け出す奈央。『影とり鬼』の領域から出るには名前を呼ばれれば良い。呼ぶ名前が縁となって、外に出れ。鬼門や裏鬼門の領域から抜け出し、奈央は先輩に飛び付く。澄は「おっと」と声を上げ、抱きしめる。


「先輩っ……来てくれて嬉しいですっ」


 強く抱きしめてくる後輩に向けて、澄は申し訳なさそうに話す。


「……無事で良かったよ。……でも、すまない。『影とり鬼』はまだ君を追いかけたいようだ」


 言われて奈央は目を丸くして背後に目を向けた。少年の顔は怒りの顔で歪んでおり、魚目を二人に向けている。


「聞いてない。その子が狐憑きで、しかもテンコーに類する授かりものしてるなんて。しかも、お前はその子の先輩だよな? その姿は何だ。聞いてない」


 聞かされてなくて当然であろう。保護した少女や半妖について、詳細が回っているわけではない。また漏らした場合、暗殺しに来るのだ。言うわけなかろう。『影とり鬼』を見て、澄は目を丸くした。


「自意識があるタイプか。……その口ぶりからして、自分が何なのか。把握しているようだね」


 言われた『影とり鬼』は嫌そうに澄に話す。


「ああ、嫌になるほど自分がどんな存在なのかわかる。変わった自分がわかる。使役された自分が嫌になる」


 歪んだ表情のまま『影とり鬼』は一歩踏み出すと、子供の足から大きな太い足に変わる。筋肉隆々とした鬼のような足。体の見た目からしてバランスが可笑しくなっている。これが何を現しているのかは、奈央は分からない。

 澄はわかるのか、油断せずに問う。


「『影とり鬼』。君が鬼門や裏鬼門の間から出ることは君自身の存在維持に関わるのにいいのか?」


 存在の維持。『影とり鬼』のしている行為は身を捨てる行為とも言えるのだ。体の半身が筋肉隆々の手足と胴体に変わっていく。『影とり鬼』は構わないというように笑っていた。


「別にいいさ。ガワは所詮はガワ、僕自身が消える前にこの術式に取り込まれてだけの使役されてるだけの存在さ。けど、その前に役目は果たさないとね?」

「……使役だって?」


 予想外の言葉に澄は驚くが、すぐに真顔となり後輩に声をかける。


「奈央! 走れ!」

「えっ? ……っ! いえ、はい!」


 奈央は背を向けて走り出し、澄は刀印で『影とり鬼』を示す。


「縛!」

「っ!?」


 鬼はびくっと揺れて、硬直した。本性を表す前に術で拘束したのだ。澄も奈央の後を追って背を向けて駆け出した。『影とり鬼』からだいぶ距離が離れていく。道路を走り出し駿府城の堀を越える橋を見つけた。

 駿府城、三之丸草深門跡という場所だ。奈央はほっと安心して見せる。が遠くに黒い影のようなものがゆらりと見え、向日葵少女は足を止めた。

 橋の上に黒い影のような獣たちがうごめいていた。首にはしめ縄のような紐をつけている。

 後を追いかけてきた澄は奈央の前に出て、橋の上の状況に驚く。


「あれは……まさか創作の怪異が……私達を出ないように塞いでいる?」


 黒い影の獣たちは二人に気付き、こちらに気づいて駆け寄ってきた。明らかに不味く、二人は背を向けて逃げ出す。

 橋とは別の道。道を沿って地方裁判所がある道路に向かっていく。先程の堀のように安定して助走をつける場所は少なく、堀を超えられない。学校に侵入して時間を稼ぐのにも手間がかかる。

 地方裁判所がある道路を走っていくが、塀を越え、神通力の使用もあってか奈央の息切れ切れ始めている。目的の道路には遠回りをしてきた。


「先輩! 公園を通ったほうが早かったのでは!?」


 声をかけると、澄は首を横に振る。


「残念ながら、駿府城公園は私達を追い込める場所になりえる。だから、できるだけ駿府城の跡地には出たいんだ!」

「城ってそんな役割でしたっけ!?」

「奈央、戦国時代と現代じゃあ役割が全く違う! 使い方もやり方も違ってくる! 今の駿府城公園は橋を落とされれば格好の檻だ!」


 現在、普通の人が駿府城公園をゆく方法は実質橋だけである。橋を封鎖し、落とされてしまえば逃げる手立てもない。ましてや、先程のように奈央が堀を越える手段も対策されてしまうだろう。

 堀の横の道路を走っていると、奥に大きな道路が見えた。静岡の県道27号線。奈央が出る場所とは外れており、静岡市役所や堀の近くを通る道路である。その道路を出れば、安全とまではいかないが出口を作れる場所がある。しかし、許す相手ではないのは確か。


「っ! 奈央、待って!」


 澄は足を止め、手を出して制した。病院の近くで止まる。同じように奈央は足を止め、目の前を見て顔色を変える。


「っ……『影とり鬼』……!?」


 ビルの間の道路では、子供の姿が朧気な『影とり鬼』がいた。


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