14 祭囃子はどこでも響く
放課後。奈央は陸上部。澄は演劇部。依乃は今日は部活がない日にちゆえに、図書室で宿題と予習を済ませている最中だ。夕暮れに近い故にできるだけ、鬼門や裏鬼門にならない場所で勉強をしている。
図書室で喋りしない。広げたノートの上にシャープペンを走らせて、文字をノート螺旋に載せていく。
科学の宿題を終わらせて、数学に切り替えていく。次の授業の予習していると、少しわからない問題にぶつかった。ペンの先端でその問題をつついて、依乃は悩ましい顔をしている。
視界に逞しく人指し指が入る。問題を指差した後、目線誘導させて教科書にある公式を指差した。依乃は驚いて顔をあげると、文田先生──ならぬ眼鏡をかけた直文が対面で座っていた。
目線があい、直文はにこっと擬音がつくように嬉しそうに笑う。危うく名前を呼びそうになり、依乃は口を閉じる。
流石に教師との対面は不味いと思い、周囲を見回す。静まり返っており、人はいない。本を読みに来る学生の姿がない。
「大丈夫。俺達しかいないよう人の避けの結界を張っておいたから、喋っても構わないよ」
直文に言われ、依乃は驚いて顔を向けた。
「えっ、あの、何故、直文さんがここに……?」
ゆっくりと聞くと、直文は真顔になる。
「夕暮れ時、黄昏時だからだ。『影とり鬼』の条件にも当てはまる。いつ仕掛けてくるかわからない以上、黄昏時は絶対に君のそばにいたい」
祭囃子の件もあり、依乃は納得してうなずく。境目となる黄昏時から妖怪が活発に活動していく。出来るだけ直文の側にいたほうが安心なのだ。いつも守ってくれる直文に依乃は感謝をする。
「直文さん。いつもありがとうございます」
「依乃も無理しないで」
優しく言われ、頬を赤く染めてうなずいた。
《
自分ではない自分の言葉。昔の自分がどんな思いで、直文と交流したのだろうか。気になったとき、依乃は言わなくてはならない気持ちが奥底から湧いてくる。
口を動かそうとして、口を閉じた。
言うのは今ではない。そう考え、彼女は直文から勉強を教わっていた。
季節が秋や冬になるに連れて、日が沈む時間は早くなる。
勉強は家でやることにし、切り上げて依乃は先に出た。後に続いて直文が出てくると、直文は首を運動場のある方に向ける。
遠くから駆け足が聞こえ、依乃は気付いて彼と同じ方向に首を向けた。
「依乃ちゃーん! はなびちゃーん!」
向日葵少女が手を振ってやってくる。額には少しの汗。肩にはタオルがかかっている。部活の終わり頃なのだろうか、大荷物を持ってユニフォーム姿で現れてきた。
「奈央ちゃん!」
依乃は嬉しそうに駆け寄り、奈央と両手を握り合わせて微笑む。
「お疲れ様! 奈央ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫だよー! はなびちゃん。ちゃんと麹葉さんと話し合いながら神通力は使ってるよ!」
麹葉。奈央に憑いている神使の狐であり善い狐だ。奈央を通して依乃は話すことはあるが、ちゃんと話すのは江戸時代の大谷崩れで別れたのが最後だ。奈央は麹葉と話すことはできるが、何となくでありちゃんと話せる訳では無い。時折妖怪関連に関して教えてくれることもある。
「麹葉さん。本当に頼りになるね。お話できないのが残念だけど……またお稲荷さん作って奈央ちゃんちにあそびにいくね」
依乃の言葉に奈央は嬉しそうに笑う。
「ありがとう! 麹葉さんね、はなびちゃんの作るお稲荷さん好きだから喜ぶよ!
それに、私も嬉しい。はなびちゃんは私が男だったら結婚してたいぐらい料理がうまいから」
「嬉しいなぁ。私も奈央ちゃんが男の人だったら結婚したいよ」
「よし、結婚しよう。はなびちゃん」
両手を真顔で奈央は言うと、依乃は苦笑を浮かべようとしたとき。
「えっ……結婚……?」
直文が驚きの声を上げた。
その声を聞き、二人の少女は彼に首を向ける。彼は若干涙目で小刻みに震えている。茂吉や八一のように白々しいさがあったら、演技であろう。しかし、直文は素である。依乃に関連すると、ほぼ素である。結婚したいという言葉を聞いてわかりやすく動揺していた。冗談であり戯れとも言えるやり取りなのだが、直文は真に受けている。
奈央は慌てて両手を話し、直文に弁明をする。
「じょ、冗談ですよ!? 冗談ですからね!? 久田さん!
そのぐらい依乃ちゃんが好きってことですからね!?」
「……だ……だよね……うん、ごめん」
直文は悔しげに拳を握り、苦悶の表情を浮かべた。
「本当、俺、まだまだだ。彼女を大切に思うなら彼女の意志が大切だというのに。好きな人には幸せになってもらいたいんだから、ちゃんと彼女の幸せを考えられる男でならないといけない。……なのに、何で他の人に取られたくないと思うんだ」
真剣な顔をして、彼女に顔を向ける。
「依乃、ごめん。こんな重い面倒くさい男──……ってあれ?
依乃?」
「……う……うう……っ」
両手で顔を覆い、依乃は悶えながら赤い顔を隠す。きょとんとしている直文に、その場にいた奈央は依乃に同情の目線を送る。直文の言葉に耐性はついたおかげでオーバーヒートまではいかなかった。しかし、ある意味での公開処刑は受けた。
羞恥心で悶えていると──祭囃子が周囲に響き始める。
前に比べてきれいな笛の音にリズムよく叩かれる太鼓の音。
当たり鉦の音も高く響く。前に聞いたときに比べ、その音は整ってきていた。
後を追うように響くものではない。ちゃんと依乃の周囲に響くように鳴っている。彼女の持つ御守が熱くなる。
直文に首を向けると、必死な顔で依乃に駆け寄って手を伸ばした。周囲に『おまねき童』はいない。だが、御守が熱くなっていく。即ち、この儀式の完成度を表していた。
依乃は間に合わないと直感したとき、奈央が勢い良く突押す。すると、祭囃子は聞こえなくなった。直文に受け止められ、依乃は目を丸くして奈央を瞳に写す。
「久田さん! はなびちゃんを守ってっ!」
「っ! 奈央ちゃん!?」
名を呼び手を伸ばそうとする。だが、奈央は瞬きもしないうちにその場から消えた。
目の前で奈央が消えた。依乃は息を呑む。すぐに直文はポケットからスマホを出し片手で操作した。彼を見るとスマホを耳に当てており、ぶつっと音が聞こえる。真剣な顔で直文は口を動かす。
「八一。いるか? 田中ちゃんが依乃をかばって連れ去られた。……ああ……ああ。……わかった。じゃあ」
直文は返事をすると、通話の切れる音が聞こえた。依乃は目を丸くしていると、直文は彼女を腕から開放して話す。
「大丈夫。八一が必ず助けるだそうだ。……それに、君たちの頼れる先輩も、田中ちゃんを助けようとしているよ。門の方を見てご覧」
「えっ」
依乃は驚いて門のある方向に体ごと向ける。部活帰りの澄が駆け足で門を出ていく姿が見えた。澄も奈央が消える場面を見ていたのだろう。彼女の横顔から余裕はなくなっていた。
奈央には神通力が与えられており、澄は半妖だ。自身には強い霊力と霊媒体質しかなく、有事どころか厄介事を呼び込んでいる。今動こうにも二人の邪魔になるだけしかなく、守られるだけしかない。
不安げに依乃は胸を掴み呟く。
「っ私は……何をすれば?」
「帰ってきた田中ちゃんを安心させてあげればいい」
呟きが聞こえたのか、直文ははっきりという。
「外傷がなくても心が無事というわけじゃない。田中ちゃんの不安を少しでも取り除くのも立派なことだ。だから、彼女を安心させてあげて。それは、俺にはできないことだから」
直文なりの励ましに、依乃は目に溜まった涙を拭い頷く。その人の出来ることをすればいい。依乃は頷いて、直文に何ができるのかを聞いていた。
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