4 大人になっていく紫陽花の少女
顔を横にそらして、茂吉飛んでくる拳を軽々と避ける。更に、飛んできた拳を掴んで、彼は片手で軽々と少女を飛ばした。その少女は宙に飛ばされるも、新体操のように回転をして綺麗に着地をする。その少女を見て、茂吉は叱咤をした。
「狙う場所は顔だけなのか!? 体勢を崩したいならば、下半身か急所を狙えっ!」
「……っ! はい!」
長く伸びた髪を結んだ紫陽花の少女がいた。互いに忍び装束に似た着物を着て、組手をしている。
とおる15歳。
彼女は茂吉の補助をする道を選んだ。現在、茂吉は彼女に体術の指導を受けていた。基本組織の半妖は全般的に長けなくてはならない。彼女は当時でできるものを大半はこなせるようになってきていた。
茂吉の横蹴りを彼女はしゃがんで避けて、片脚だけになった彼の足を蹴る。強く蹴られ、茂吉は体勢を崩した。彼女の蹴りが茂吉の腹にめがけてやってくるが、片手で受け止めた。彼女の蹴りの勢いと蹴られた反動を利用して、高く飛ばされる。山なりに飛ばされるが、体勢を瞬時に整えて彼は地面に着地した。
顔を上げて息を切らしている彼女を見つめる。
1~2時間ほど、小休憩をはさみつつ全力で組手をしていたのだ。これ以上は彼女を疲れさせるだけと判断して、茂吉は立ち上がって笑顔を見せた。
「前より上達したね。よし、今日はここまで!」
「……っ! ありがとうございます!」
とおるは一礼をして、頭を上げた。
彼女の全身から汗を掻いており、顔色は疲れているがまだ余力はありそうである。茂吉はやってきて、とおるの頭を撫でて褒めた。
「お疲れ。前より体力ついてきたし、動きにも切れが出てきていたよ。今まで鍛錬の頑張った成果が出てきたね。凄いよ」
「……うん」
撫でられて嬉しそうに照れる。
茂吉は撫でながらとおるを見る。身長も伸びて、体つきも女性らしくなってきた。江戸時代では、既に婚姻をしていてもおかしくない歳だ。彼女が結婚することを考えると、嫁にやりたくない気持ちと感慨深さの二つがせめぎ合う。
茂吉は撫でるのをやめて、彼女の将来について話す。
「ところで、とおる。君に好きな人はいない?」
「……えっ、す、好きな人……?」
彼女は聞かれて困惑している。居るんだなと察して、笑顔の下で親心を抱きながらも複雑な心情を抱いていた。彼の心情をわからないとおるは口にしたいができない。長年、面倒を見てくれた人に好きだと告白しても困るのではと。
「な、なんで、茂吉くんはそんなことを聞くのかな……」
「そりゃ、もういいお年頃だから、好きな人一人でも見つけてもらわないと。兄的立場からすると、とおるの将来を心配なんだよ。過保護かもしれないけど、俺としては君には人並みの幸せを送ってもらいたい」
話を聞いて、とおるは赤い顔のまま呟く。
「……確かにそのとおりだろうけど……私の好きな人は昔から変わらないよ」
聞こえているのをわかって呟いているのだろう。だが、茂吉の気持ちまでは知らない。とおるが向けている感情を茂吉が知っているのを知らない。
「そっか、その人も君のことが好きだといいね」
知っているのに茂吉は知らないふりをする。
意気地なしと自身の心から聞こえ、彼は当然だと答えた。源氏物語の光源氏のようで気持ち悪いと思っているからだ。小さい頃から見てきて、自分好みのように育てたわけではない。彼女が生きていけるように、教育をしているのだと。
自身が抱く気持ちに蓋をしようとして、彼女に今後について話す。
「……さて、こうして実践にも出向いているわけだけど、どう?
妖怪は退治つづけられそう?」
「できると思う。人に迷惑を掛ける輩もいるから」
茂吉と共に戦いに出ては、悪い妖怪と悪霊を退治してきている。とおるは妖怪退治ができる自信があった。その自信を見抜いて、茂吉はある質問をした。
「じゃあ、人は? 人も退治できるかい?」
「……それは、出来ると……思う……けど」
彼女は苦しそうに言葉をつまらせた。
退治とは、悪者を倒す際に使われる。
組織の人殺しは限定されている。主に組織の半妖を連れ去ろうとするもの、利用しようとするもの。また、妖怪側から巨大な力を得ようとして、秩序をみだそうとするものなど。無差別に殺しているわけではないが、手を汚すのに変わりはない。
「とおる。人を殺す機会は少ないとはいえ、俺達は慣れなくてはならない。殺害するのにも、されるのにも慣れなくてはならない。でも、無理に慣れようとしなくていい。半妖の中には慣れない者もいる。その場合は別の方法で組織の運営を回しているんだ。
……普通は慣れない方がいい。君が辛ければ、そっちの方でもかまわない。無理して俺の補助に回らなくてもいい。俺の相方は直文もいるのだから、君は君の行きたい道に行くんだ」
躊躇う彼女の反応を見て、茂吉は真剣に話す。
とおるは人を傷つける事を嫌っている。茂吉はわかって話したのだ。気遣いに気付いて、とおるは首を横に振った。
「……ううん、私は茂吉くんの役に立ちたい。小さい頃からずっとそう思ってきた」
唐突の告白に茂吉は目を丸くする。
真っ赤な顔で彼女は茂吉の顔を見続けた。彼女が物心ついた頃には、傍に居て色んな事を教えてくれる。色んな出来事を教えて、色んな場所に茂吉は連れて行ってくれる。最初は憧れの人であったが、段々ととおるの中で別の気持ちが湧いていた。
涙目になりながらも懸命に思いを言葉にする。
「私は、できればずっと君のそば役立ちたい。茂吉くんがずっと好きだから、私は頑張ってこれるんだ」
一世一代とも言える告白であろう。彼は拒絶の言葉を出そうとして、すぐに口を閉じる。今まで抱えてきた思いを無駄にさせたくない。憧れと恋を履き違えてないかと言おうと思ったが、自分に蓋しようとした気持ちがそれを阻んだ。
茂吉は笑うのをやめて困る。
「……流れるように行ったね。いきなりだからびっくりしたよ」
「……ごめん。でも、やっぱり、自分の感じた事は大切にしたいし、今告白したほうがいいって思ったから」
自分の感じた気持ちを大切にしろと教えたのは茂吉であり、墓穴をほったと頭を掻いた。しかし、彼女の感じた気持ちを否定するわけにもいかない。好きになっていたのはわかるが、好意を持った理由を聞きたく茂吉は口を開く。
「とおるは俺のこと、好きなんだよね? どこを好きになったの?」
聞かれて、とおるはしどろもどろに話す。
「えっ、あっ、……その、小さい頃とか、今とか、優しいところとか、悪戯好きだけどしっかりしてるところとか……………………ううん、そう言うのを言いたいんじゃない。こんなの後から取ってつけたようなものしかない」
彼女は首を横に振り、泣きそうになりながら茂吉の茶色の
「……好きになったから。ただ君を好きになっちゃったんだ。……これは理由になるかな……?」
赤い顔で必死に真っ直ぐと言われてしまえば、茂吉は誤魔化そうとは思えない。彼は好きになるのに理由はいらないと聞いた。彼自身もとおるを好きになったのは、今まで彼女の側にいていいなと思ったからだ。それ以外に理由はない。
早くなる心臓を感じながら、茂吉は顔に熱を持つ。顔を仰ぎながら困ったように笑う。
「……もー、熱い熱い。完敗だよ。本当、とおるは昔から愛らしいなぁ」
「……茂吉くん……?」
不安げに見ている彼女の額に口付けをした。とおるは唐突な行動に顔を赤くしていると、彼は照れくさくはにかんだ。
「俺も好きなんだ」
告白にとおるは目を丸くして茂吉は彼女の頬に手を添え、妖しく微笑む。
「でも、恋人同士になるのはもう少し君が大人になってからね。そしたら、君の色んなハジメテ。奪うから」
成長をしたら覚悟をしろの宣言に紫陽花の少女はしばらく沈黙をして、全身の肌を赤く染め上げた。
少女が大人になった真夜中。
彼女のすべてのハジメテを彼が奪う日。
優しく蕩けさせて、激しく食い合って、愛し合い、求め合う。
求め合う。求め合う。
奪うと決めた彼は、濃厚な紫陽花の密を味わっていた。
触れれば小刻みに震え、女は声を耐えようとしている。漏れる声は雑食である狸を惹き付ける。耳元で声を出せば、花は身動いて顔を横に逸らす。逃がすつもりはない彼は彼女の口を喰らう。
捧げると決めた彼女は、彼から求愛行動をその身で受けていた。
彼の手は激しくも優しい。紫陽花の密も食われてしまっている。心地よくも何度か漏れる声を耐えようとした。耳元で名を呼ばれてしまえば恥ずかしく顔をそらす。彼女は逃げられるわけなく、彼からの深い口づけを受ける。
求め合う。求め合う。
艷やかに何度も彼女の呼ぶ声。彼の声に応えて両手を伸ばして、互いに密着した。
ああ、好きだ。愛している。同時に思い、男女は果てる。
互いに離れることなく、その日の真夜中を濃厚に過ごした。
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