4 海原百鬼夜行の前兆2
横断歩道を渡り、海に近くにある道路を走る。啄木が先行して走る。葛と重光。最後に真弓の順で走っていく。道路を通り、住宅街を駆け抜ける。神社と高校の横を通り過ぎ、彼らは海岸へと付いた。
砂浜の音を立てて海辺に近づき、彼らは周囲に首を向ける。風にのってしょっぱい潮の香り。何処だがよろしくない臭いがし、四人は嫌悪を表情で表す。
海のさざ波の音を聞きながら、海岸に人の有無を確認した。
幸い人はいない。海からブクブクと音がする。
海からは複数の影が現れる。ゆっくりと浮き上がろうとしていた。気配の気持ち悪さから、啄木は舌打ちをして懐から札を出した。
「三人共、注意をするように。船幽霊は他の魂を取り込んで恐らく怨霊以上の存在になっている」
「っ海の怨霊が他の魂を取り込むなんて状況は数少ないはず……!」
重光は声を上げるが、葛はすぐにハッとして苦しげな顔をする。
「──まさか……先々月の……!?」
啄木はあまりいい顔をせず頷く。
2011年は
啄木は渋い顔で海を見た。
「……そうだ。向こう側の回収が追いついていないのだろうな。昼間に出られる影響は、力を得て抵抗力を得たとしか考えられない」
「っ……むごい……!」
真弓は涙目で怒り始める。
浮き上がる水の音がし、六体が姿を現す。
不快極まりない臭さに、彼らは鼻を抑えた。息を吸いたくないほどの腐敗臭だ。船幽霊は人の原型を留めているが、他の魂を取り込んだ影響か目が腐り落ちている。骨も見え、筋肉の名残も腐り落ちていた。
ホロホロと、ホロホロと落ちて水音を立てていく。
手を伸ばして、ゆっくりと海へ上がろうとする。
【Aaa……あ゛あ゛ぁあ……びじゃぐ……びしゃぐをお゛ぉぉ……】
啄木は鼻を覆いながら、一枚の札を船幽霊たち投げに片手で
「
札から眩い光が放たれ、船幽霊を飲み込んでいく。光に飲まれて船幽霊は消滅していく。複数の蛍の光は空や海の下へ向かっていった。臭さはなくなったものの、腐敗臭の元となるものは消えてない。
怨霊以上の存在を一瞬で消滅させる彼に、真弓は尊敬の瞳を。葛と重光は目を丸くさせた。
啄木は
海からぶくぶくと複数の音が立つ。
数は多くないものの、普通の術では容易く倒れない。
人避けの結界は時間もなく使えない。今後の探りの為に啄木はこれ以上怪しまれたくはなかった。
酷い腐臭で人が海岸に来るのは少ないだろうが、見に来る可能性は大いにある。
手間取る羽目になってしまい、三人へ謝罪を向ける。
「悪い。強力な浄化の札のストック少ないんだ。見たところ、船幽霊の数はそこそこいる」
「……出掛けるから、武器とか持ってないし緊急用の札しかないよ……!?」
出かけると思っていた故に、唐突な出来事に真弓は焦る。兄たちに他に方法はないと聞こうとして顔を見るが、険しい顔で印を組み始めた。二人のしている行動が何を意味しているか、真弓はすぐに理解する。
啄木は札を構えて、真弓に申し訳なく告げた。
「つまり、術だけでだ。術でじわじわと弱らせて出てくる数を把握しつつ、俺が一気に札を放って浄化。本当に悪い。時間がかかる……」
印を組んで術で応戦するしかない。霊力と体力が尽きるか、腐臭を放つ船幽霊が持ちこたえるか。唐突に始まった陰陽師シューティングゲーム。白椿の少女は涙目で、鼻を押さえながら船幽霊を
「ううっ! こんな時に~~!」
真弓も刀印を組んで、
小一時間ほど、時間が経つ。心地よい風が吹き、吐き気を
海岸の砂浜で陰陽師の三人は腰を下ろした。荒く息を吐いて、肩を上下させる。息を荒くする三人を見て、啄木は苦笑した。
「お疲れ様、無理させたな」
葛は顔を上げて、重光は
「……うぇ……疲れたよぉ……! なんで、啄木さんは疲れてないの!?
同じように術を使ってたよね!?」
「ああ、けど、三人よりかは巨大な力は使ってなかったぞ?
天部や明王の力を借りて発現させるほうがもっと疲れる。俺は簡単な術を使ってただけだ」
啄木の言う通り、拘束の術と光弾を放つだけで最小限な力しか使っていない。彼は数少ない強力な札を使う場面を見極めなくてはならなかった。状況が違えば、啄木は力を大盤振る舞いしていただろう。陰陽師側を探りたいが為、彼は下手な動きをしたくないのだ。
「この先、恐らく敵はやってくることはないだろうけど、一応人里に上がらないように強めの結界を辺りに拵えておこうか」
啄木の提案に重光は顔を上げて賛同する。
「……その方がいいですね。……思わぬアクシデントだった……」
苦しげに重光は言い、葛と真弓は何度も首を縦に振った。三月に起きた自然災害の影響が色んな箇所で爪痕を残している。本部に連絡をして早めの回収を急かし、『海原百鬼夜行』を討伐任務を請け負おうと考えた。
無理に付き合わせた詫びと礼に、啄木はしゃがんで三人に声をかける。
「なあ、三人とも、近くで美味しいごはん屋を知ってるか?
手伝ってくれた礼に、ご飯を奢りたいんだ」
キョトンとする三人に、啄木は朗らかに白い歯を見せて笑う。
「頑張った人に、ご褒美がないのはよくないだろ?
俺から奢らせてよ」
「「「やった!!」」」
三人は喜びの声とガッツポーズを空に上げた。
疲れて思考力が落ちているようで、奢りと言う名のご褒美に喜ぶ。怪しむ余裕がないほどに、疲れているようだ。信用させる思惑もある。だが、啄木は疲労している人間は好きではない。
ご飯を嬉しそうに食べている人の方が好きなのだ。
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