5 助っ人な監視役

 その日、三人は啄木にご飯を奢られた。

 真弓がご飯の最中に勉強の相談をすると、啄木が時間があるときに家庭教師をしてくれるようだ。ただし、迫力のある真顔でスパルタ宣言され、真弓は大理石の彫刻のごとく固まる。後の二人は当然だと溜息を吐いた


 啄木と別れた以来、海原百鬼夜行の兆候はない。


 真夜中に出歩いて妖怪退治に関しては、三人からもきつく言われて禁止に。しょんぼりとするが、流石に成績が良くないのはまずい。

 真弓は基礎から勉強を叩き込まれる。電話で啄木とわからない箇所について教えられつつ、兄や重光の手を借りる。今の彼女は将来を歩む為に、追試を乗り越えなくてはならない。

 海原百鬼夜行は三日間行われる。兄からは勉強を優先するように言われ、真弓は納得がいかなかった。海原百鬼夜行の参加は葛と重光だけとなる。

 確実に真弓は目を盗んで、百鬼夜行に参加しようとするだろう。と踏んで、葛はある人物に監視役を頼んだ。


 海原百鬼夜行が始まる前日の夕暮れ。

 葛と重光は陰陽師の仕事の一貫として夜の見回りをしている。真弓は自宅の居間で気まずく正座をしていた。

 正体を言うまでもなく彼は、呆れたように座って真弓を見る。


「てなわけで、佐久山啄木が貴方あなたの勉強を見ることになりました」

「ううっ……おにいめ……啄木さんという強力な尖兵せんぺいを用意したな……」

「その言葉の意味あってるようであってない。深刻な声で相談されたから何かと思ったら、状況見聞きして色々と納得した」


 言われ、真弓は涙目となる。勉強を見てくれるとはいったが対面とは思わない。


 ちなみに、啄木自身も相談を聞くといったが、個人的な頼みとは予想外であった。敵対している派閥でないとわかっただろう。怪しまれているのは彼自身わかっており、近くに監視用の式神がある。監視されているとはいえ葛から頼まれた以上、啄木は放り投げる真似はしない。


 真弓は一つだけ気になったのか、彼を尋ねる。


「啄木さん達は、海原百鬼夜行に出ないの?」

「俺達の方は別件が忙しくて、三人の手伝いはできないんだ。貴女方あなたがたには申し訳ないけどな」


 嘘を言っている様子はないと真弓は感じ、仕方ないかと息をつく。

 教科書を開き、机に置く。啄木は眼鏡を位置を直した。


「まず、昨日の続きといこう。真弓」

「ううっ、勉強……やだなぁ。国語とか数学とか……なんの意味があるの?」


 不満げに言う彼女に啄木は答えを言う。


「自分と人を守るためだ」


 守ると聞き、真弓は驚きの顔をする。啄木は教科書を手にしその中身を指差す。


「教科書の文字を一つずつ分けると、『教』える『科』目の『書』物となる。教科書とは、貴方あなたの知らないことを教え、生きるための糧にするためもの。誰かを助けるとき、何かをなすときの術を思いつくとき、知識というのは人を助け自分を守ることができる。要は、教科書とは生き抜くための術の一つ」


 啄木は教科書を手にし閉じて苦笑してみせた。


「けど、教科書が全てじゃない。教科書以外でも必要な知識がある」

「えっ、じゃあ勉強なんて必要ないよね?」


 真弓に彼は首を横に振る。


「いいや、必要だ。貴女あなたがしているのは、この先の知識を得るための土台作りだ。貴女あなたが陰陽師以外でなりたい職業はなんだ?」


 聞かれ、真弓ははっとして顔を上げる。

 彼女は進路を考えたことがない。

 陰陽師以外でなりたい職業はあまりにないのだ。兼業する陰陽師は多く、今の時代単独で陰陽師をしているものは少ない。真弓自身は人を助ける為に陰陽師の術を学び、使えるようになった。真弓は陰陽師として活動し続ける己を想像しても、もやるものある。

 何になりたいのか彼女はわからず、不安げな顔をする。


「…………私は何に……なりたいの?」

「……陰陽師、とはっきり言わないんだな」


 啄木の指摘に、真弓は困惑してみせた。前ならば、はっきり言えたであろう。しかし、今の彼女ははっきりと言えなかった。

 彼女の困惑を感じとり、啄木は微笑ましく見つめる。


「真弓。答えられないのは、貴女あなたが成長してきている証だ。具体性がない自分の目標に違和感を感じている。陰陽師一筋ならば陰陽師一筋でいけばいい。だが、そうはできないと感じてきているんだろう?

ならば、それに目を逸らしてはならない。その違和感は、人を助ける道の正しい道筋の一つだ。人を助けたい守りたいと思うならば、陰陽師以外で何ができるかよく考えてみろ」


 優しく言われ、真弓は黙って頷く。陰陽師だけでは人を救え、守れるとは言えない。してきたことは無駄ではないだろうが、寄り道をしすぎているのだ。

 啄木は教科書を広げた。


「何をしたいのか、やりたいのか。答えをやれないけど、見つける道筋を探す手伝いぐらいはできる。そのために、まずやることは今やろうな」


 片目でお茶目にウインクして、啄木は明るく笑ってみせる。

 暖かな彼の顔を見て、真弓は力強く頷いて頬を叩く。まだ勉強に対する苦手意識はあるが、啄木がいれば大丈夫だと彼女は感じた。真弓はペンを手にして、ノートと向き合い始めた。


 一時間ほど、真弓はノートを見て納得したようにノートを広げる。


「ここって、こう解くんだ……!」


 スッキリしたような顔に啄木は何度も頷く。


「そう、わかればスッキリするだろう? けど、応用は簡単には行かないからな。じゃ、少し一息ついたら応用に入るぞ」


 啄木は用意された菓子を手にして、袋を開ける。真弓も手にするものの、その菓子袋を見つめ続ける。彼を一瞥しては目をそらし、一瞥しては目を逸らし。彼女には純粋な疑問があった。

 白い椿の髪飾りの元の持ち主と何があったのか。何故、優しく見てくるのか。


「どうした。真弓」


 聞かれ、真弓はすかさず質問をした。


「啄木さん。……あの白椿の形見の持ち主って……女性ですか?」

「…………ああ」


 少し間をおいて答えられる。啄木にとって話しづらい話題であると、真弓も知っている。彼女は抱いてきた疑問を解消したかった。


「その、白椿の人は、啄木さんの想い人ですか?」

「……ああ、片思いだったけどな。貴方のように、ドジな部分があった人だ。病気でなくなって随分経つけど、救いようにも救えきれなかったんだ」


 啄木は切なげに語り、彼が医師となった理由を垣間見た気がした。申し訳なり真弓は謝る。


「ごめんなさい」


 謝られた啄木は顔をほころばせた。


「気になったんだろう? 気にするなって」

「……啄木さん。いい人で見た目もいいし職業もいいのに、恋人いないのおかしいね」


 少女からストレートに言われ、啄木は顔を引きつる。


「……率直だな。まあ告られても、今は恋人持つメリットがないって理由をつけて断ってる。俺の個人的な目的成就の為に断ったりしてるだけだ」


 頭を掻きながら理由を話す。なかなかに冷たい理由で告白を断っているようだ。個人的な目的が気になり、聞こうとする。が、真弓が手にしていた菓子を取り上げられた。彼女は「あっ」と手を伸ばすが、啄木の手が長く届かない。

 白椿の少女に啄木はため息をつく。


「これ以上は、プライベートってやつだから話さない。聞かれても話せないぞ」


 啄木にも個人的に話したくない事もあるはずだ。真弓は理解して、申し訳なく顔を俯かせる。


「……そうだよね。ごめんなさい」


 反省している真弓に啄木は微笑し、菓子を真弓の前に置く。


「気にしないでくれ。でも、教えられることは一つだけ。予想はつくと思うけど、俺はその人がきっかけで医師になったんだ」


 コップを手にし、啄木は水面を見つめる。


「人が弱るよりかは、元気に駆け回っていてくれたほうがいいからな」


 口をつけて飲み、彼は息をつく。死に際を見たような言い方を聞き、真弓は眉を下げて再び顔を俯かせた。深く反省をしているが、同時に尊敬の念も湧き上がってくる。

 彼女は顔を上げ、笑顔で褒めた。


「やっぱり、啄木さんはすごいよ。人としても尊敬できる人だよ!」


 にこにことする真弓に、啄木は意地悪く微笑む。


「褒めても何も出ないぞー」


 真弓は「えー」とわざとらしく残念がる。




 教科書を見ながら丁寧に教える中、啄木は真剣な真弓の顔を見た。

 陰陽師をやめてほしい気持ちはある。しかし、陰陽師というのは彼女自身が誇りとしており、この先の生きる糧でありやる気でもある。彼は無理矢理取り上げはしない。

 彼女にわからぬよう、啄木は拳を握った。彼の目的は、彼女の障害となることではないのだ。




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