6 啄木の支援

 海原百鬼夜行が始まる前日。啄木は葛と重光が帰ってきたあとに、夕飯をもらい帰った。怪しい動きはないが、葛と重光の疑心は少しずつ晴れていく。電話などで勉強を見てくれる。啄木は彼らとも連絡をしあって、海原百鬼夜行を行われる場所の結界の報告をしていた。



 海原百鬼夜行の当日。午後六時頃だ。真弓は部活動を終えたあと、門の前でため息をつく。追試は海原百鬼夜行を終えるであろう先で行われる。参加をして、妖怪退治を手伝いたいが将来を優先すべきだ。


「……でも、行われる場所ぐらい見ていいよね?」


 真弓は方向を変え、近くにある海岸の方へ歩いていった。コンクリートで舗装された道路を進むたびに、風の中にある潮の香りが強くなる。

 道を歩いていく度、海岸の入り口で人が立っている。見覚えのある背中に真弓はまさかと思い、歩く速度を上げていく。

 アッシュグレーの髪をなびかせ、海をじっと見つめていた。

 原色のTシャツを身につけ、カーゴパンツを穿いている。くつはスニーカーであり、彼は身軽な格好をしていた。大きめのカバンを片手に海を見ている。

 梅雨も近く暑さもましてきており、真弓は学校の制服は夏服にしている。真弓は近づいていく背中に声をかけた。


「啄木さん! こんばんはー!」

「……ん? おっ、真弓か」


 振り返り、啄木は無邪気に微笑む。


「こんばんは。真弓、学校帰りか?」

「うん、啄木さんは何をしにここに?」

「張った結界の様子見と、貴女を海原百鬼夜行に参加させない為の監視」


 言葉をつまらせ、啄木はジト目でみる。行動を予測させられており、真弓は悔しかった。啄木は仕方なさそうに息を付き、海に顔を向けた。


「今の所、結界はまだ効いてるらしい。外に出た痕跡もなく、陸に上がったような邪気を感じない。……けど、油断はできないな。百鬼夜行で魂を食ったやつもいるしな」


 警戒を顕に海を見続けた。

 魂を食った妖怪は強い。普通の陰陽師では結界を張って閉じ込めたとしても、すぐに破られてしまう。出た痕跡がないのではない。出てこれず陸に上がれないという表現が正しいのではないかと。啄木が実力者であるのは三人が知っているが、力量は真弓しか知らない。

 白椿の彼女は気になって啄木の顔をうかがう。彼は切なげな表情で海を見ており、深いため息をつく。


「……駄目だな。海に近づくたび、嫌な記憶しかよぎらないな」

「……? 啄木さんは、海が嫌いなの?」

「いや、嫌いじゃない。見る分はいいんだけど……海は苦手の分類だな」


 苦笑いをしながら答え頬を掻いたあと、真弓に眩い笑顔を向ける。


「さて、今の海辺に怪しい動きはないから……貴女の家に行こうなっ!」

「うっ、うぅ……やっぱり……勉強から逃げられないんだね……」


 ニッコリとする彼を見て、少女は泣きそうな声を上げた。




 ともに帰路を辿り、啄木をアパートまで案内する。部屋の窓はついており、葛はいるようだ。ドアを開けて、真弓は声をかける。


「ただいま、お兄ちゃん。啄木さん、きたよ!」

「お邪魔します」


 声をかけると、今の入口に葛と重光が顔を出す。


「佐久山さん。こんばんは!」


 重光もいるらしく、安心したように啄木を見る。


「こんばんは。良かった、佐久山さんが来てちょうどよかった」

「ん? ちょうどよかった?」


 言われた本人は不思議そうだ。

 連れてきた真弓も訳がわかっておらず、首を横にかしげる。二人は葛に上がるように促され、啄木が上がる。玄関の鍵を閉めたあとに真弓も上がり、居間に入った。葛と重光は険しい顔をしており、何かあったとすぐに察する。真弓は兄に声をかけた。


「どうしたの? お兄ちゃん。……よくないことでもあった?」

かんばしくは……ないわな。……佐久山さん。お茶を出せずに申し訳ありません。今すぐに聞いてほしい話があります」


 急を要するようだ。二人は近くに座り、真弓は机にあるものを見る。何体かの妖怪の調査報告書のようだ。書類があるのは、共用したい情報なのだろう。

 葛は書類をまとめ、啄木と真弓に出す。


「口で説明するより、見たほうが早いです。真弓も見ろ」


 啄木は受け取り、真弓は横で一緒に見る。

 海原百鬼夜行は海に関連する妖怪が行い、人間の世界で馬鹿騒ぎする妖怪のことだ。陰陽師側は取り締まるか、退治をするのが仕事である。

 個体は変わらずだが──啄木は顔をひそめ、真弓は渋い顔をした。


「……一昨年に比べて、確認された個体数が多い。協力的な妖怪からの報告は魂を食った痕跡ある……か」


 共に中身を見終えて、真弓は苦しげに話す。


「……禁忌を犯したらその妖怪たちもただじゃすまないってきくのに……」 


 妹の言葉に葛は頷く。


「地獄の使者に殺されると言い伝えでは聞くな。本当が定かじゃないけどさ」


 退魔師や陰陽師の間で古くから言い伝えられてきている。その本人が近くに居ることは彼らはしらず、重光は難しそうに話す。


「けど、この言い伝えが本当だとして、そう都合よく地獄の使者が現れるか」


 言い伝え本人とも言える啄木は首を縦に振る。


「そのとおりだ。都合よく現れるわけじゃない」


 同意をし、啄木は書類を机に置く。


「現れたとしても敵なのか、味方なのか。もしくは、どちらでもないのか。わかないんだ。こちらで最前を尽くすしかない」


 葛は啄木に疑問を呈する。


「ですが、魂を食った妖怪を相手するのは難しいですよ。参加する人数と人を見て、戦えるのかどうか。佐久山さん」


 普通の人間では叶わず、啄木も力を振るう際は変化をしなくてはならない。葛の疑問に、啄木は微笑みながらバックを目の前に置いて開く。

 中から出てくるのは、多くの紙束が入ったファイルと退魔師でも使用する呪具。前に船幽霊を倒したときの札を多め。そして、見知らぬ札。出てきた瞬間に、三人はひゅっと一瞬だけ息を止める。

 呪具は呪具でも、陰陽師世界では数十万ほどするもの。

 啄木の手製の札であることはわかっていたがしっかりとした作り。御札に込められている清浄さに息を呑む。売品や彼らの自作よりかは効力は強い。値段を付けるならば一枚十万円ぐらいだろう。

 机の上において見せて説明をする。


「これは、前使ってた札で『かい』って唱えれば使える。もう一つの方は結界の札な。この呪具は知ってると思うけど、死にかけたときや大怪我したときの傷を直してくれるもの。回数制限はあるけどな。俺は協力出来ないけど、俺個人での支援はできる。てなわけで、全部受け取ってくれ」

「これ、オーバーキルというやつなのでは!?

五枚あれば黄泉の瘴気しょうきを一気にふっ飛ばす威力になりません!? これ!?

しかも、呪具も値段が相当なもの……簡単に受け取れませんよ!」


 葛のツッコミに、啄木はあきれた。


「このぐらいが妥当だと思うぞ。敵は魂を食った妖怪の中で悪霊を食っているかもしれない。同じような船幽霊がまた出てくる可能性だってあるし、食った妖怪の数が多い。海原百鬼夜行は三日間は続く。これなしで持久戦に勝てると思うか?」


 聞かれ葛は言葉をつまらせる。啄木はバッグのチャックを閉じる。


「俺は意味もなく渡さない。同業者のようなものとはいえ俺は医者である。死んでほしくないし、怪我ないようにしてほしいんだよ」


 個人の医師としての言葉を述べ、三人は啄木の優しさが見に染み込んでいくのを感じた。特に真弓は涙目になって、鼻を啜っている。


「啄木さん……本当にありが」

「あっ、そうそう」


 真弓の感謝をさえぎり、彼は思い出したかのように声を出す。真弓は目を丸くした途端、啄木はバッグのチャックを再び開けた。机に幾つかの薬と包帯とガーゼ、水用の大きな絆創膏ばんそうこうと傷口を覆う防水カバーもある。

 傷薬とも言える軟膏なんこうは医療品。包帯とガーゼも質の良いものであり、庶民からするとだいぶいい。質のいい医療セットに三人は目を点にした。

 啄木は一個ずつ説明をしていく。


「これは軽い怪我したときに。この軟膏なんこうタイプの傷薬は応急処置にも使えるし、ある程度の傷口なら効くぜ。塗るなら一日一回。お風呂に入る際はこのカバーで傷口を覆ってくれ。ガーゼありだけど変えるように。お風呂に上がったら薬を塗ってくれ。今後にも使えるぞ。代金はいらない。俺からの善意の押し付け。大出血サービスだ」

「「「いやいやいやいやいやいや、サービスしすぎですから!」」」


 三人はツッコミを入れた。医者としての強い意志を感じるが、羽振はぶりが良すぎる。拒否しようにもできない。啄木の支援を受け入れたほうが、現状がいい方向に向かうからだ。




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