13 ep その後の彼ら

 あの後、彼らは駅前で別れる。

 真弓たちは駅の方に向かい、啄木と安吾はタクシーに乗って帰らず町中を歩いていく。安吾は近くにある大きな本屋とエスカレーターの方に首をっ向けた。興味津々にエスカレーターの上の階の方を見る。


「へぇ、最近できたばかりの美術館ですか。展示は何がやっているのでしょう。啄木」

「今はまだ目ぼしいものはやってないみたいだぞ。それなら、近くの書店で雑誌を買おうぜ。医療関連で探したいものがあるんだ」


 安吾は仕方なさそうに笑った。


「なら、僕は本でも買いましょうかね。色々と勉強したいことがあるので──」


 ぐしゃっと。安吾は何もない肩の上を握り締める。紙が握りつぶされる音が出て、啄木は相方に向けて息をつく。


「やっぱ、俺達を完全に信用なんてできないよな」

「そりゃ、得体が知られてないですからねぇ」


 手を開いて、安吾はそれを見せる。

 小さな紙があった。鶴が折られていたようだが、安吾に握り潰され原型もない。安吾が何か呟くと、鶴が一瞬で灰となって消える。何もない場所から、小さな折り鶴が現れるはずない。

 監視の式神を仕掛けられていた。二人は仕掛けられた時点で気付いていたがタイミングを見計らっていた。啄木は駅に首を向ける。


「恐らく、重光ってやつだな。土御門重光つちみかどしげみつ。あいつが監視の式神を仕込んで、更に認識阻害の術をかけた。三善葛は黙認したって所だ。そして、真弓はそれを知らない」

「仕方ありませんよ、啄木。向こう側はかなりピリピリしているのですから」

「ああ、幾ら向こうが優勢とはいえ、まだ復権派は活動しているわけ」

「いえ、違いますよ。穏健派内部で問題があったからですよ」


 安吾の言葉をさえぎり、啄木は目を丸くさせた。


「……それは、どういうことだ? 安吾」


 目を開けて、真剣な顔で安吾は口から情報を出す。


「先程、二人から敵意と言うなの悪意の瘴気しょうきを通じ、彼らから穏健派の情報を少し探ったのです。そしたら、驚きなことがわかりました。啄木。『変生の法』がどんなのかはわかりますね」


 聞かれ、彼は頷く。啄木は『変生の法』が編み出された当時でも生きている。変生の法がどんなものかを思い浮かべていると、安吾はそれを話しだした。


「啄木。八一が道連れにして、倒した狐の妖怪の名前を覚えてます?」

「ああ、確か……夜久無だったよな? 安吾」

「ええ、そして、穏健派側の藤原夜久無・・・・・と言う人間の男がいます」

「──……はっ?」


 間抜けて声を出す。

 啄木は夜久無という妖怪の末路を聞いて知っている。もう二百年以上も前に亡くなっており、生まれ変わるにしても同名のはずはない。安吾は余裕なさそうに笑い、腕を組む。


「名前だけかもしれません。ですが、顔も同じなのです。啄木」

「……そういえば、安吾。お前はあの頃の八一が死んだ時期はまだ悪意に溶け込んでいる最中だったな」

「はい、人々の諸々を見ています。しかし、同名までいかなくとも、生き写しの如くこの世で生きているとは……」

「それは……──っそうか、穏健派も『変生の法』を使用していたのか……!」


 はっとして啄木は声を上げ、相方の気付きに安吾は険しい顔をした。啄木は眼鏡をし直し、がしがしと頭を掻く。


「……人の胎児……妊娠三ヶ月目に利用すればいい。まだ無垢な状態で妖怪の魂を入れれば……! ……クソ、そういうことかよ。完全にあの人を利用してるじゃねぇかっ!」


 苛立ちを見せ、書店から背を向けて歩こうとする。安吾が肩を強く掴んで制止させた。


「落ち着いてください。啄木。現在、茂吉が調査をしているはずです。幾ら、僕から得たとものだとしても、情報が圧倒的に足りなすぎる。本部からの情報。茂吉からの調査の情報を待ちましょう。このことは僕が伝えておきます。今は貴方あなたのすべき役目を全うしてください」

「けど……!」

「今の彼女を困らせたいのですか?」

「…………っ! …………」


 水を掛けられ、冷静を促される。相方の言葉に啄木は目を丸くし、ゆっくりと息を吐く。深呼吸をして、安吾に謝罪をする。


「……悪い。安吾」

「いいえ。このぐらい大したことありませんよ」


 目を薄くして線にし、にこやかに微笑む。

 直文のように入念に調査をしているわけではない。かつての彼女のことになると、熱が上がりやすくなって我を見失ってはならない。モヤモヤとするが仕方ないと啄木は頭を掻いて、書店へと足を向けた。




 切符を買い、真弓は兄達と共に駅のホームに向かう。止まる番号を確認して、階段を三人は登っていく。保護されている間、真弓は何があったのかを話す。そして、啄木の強さを喧伝けんでんしていた。


「結局女郎蜘蛛は、人の魂を食べてたの。啄木さんは術と刀でズババッと言葉通り無傷で倒したんだよ!」

「ほんま? 一つの魂を食った妖怪を無傷で倒すなんて、嘘やろ。重光の親父さんか叔父さんぐらいしかできないとおもってたけど」

「ほんまー。私、あの人からたくさん術を教わって沢山の人を守れるようになりたいな!」


 明るく話す妹に葛は楽しげに聞く。重光が足を止めた。葛と真弓は足を止めた彼に顔を向ける。目を丸くしており、ありえないという顔をしていた。


「……バレた。式神の監視が途切れた」


 重光の言葉に、葛は険しい顔をする。


「……真弓の言ってることは本当みたいだな」


 監視の式神を飛ばしたことに、真弓は驚いた。


「えっ、監視の式神を啄木さんたちにとばしたの?

あの人達、信用出来るよ。お兄ちゃん」

「……真弓が無事に帰ってきたのが証拠だから信用に足る人間なのはわかる。それに、盗聴器とかそれ類の式神とかつけられてない。信用に足る人間なのはわかるさ」


 葛は険しい顔をして、妹に答えた。


「けど、こちら側の内部で問題が起きたんだ。巻き込まれる……問題に関わらせるわけには行かないし、俺達の実態を知らせるわけには行かない」


 監視の式神をつけた理由が何となくわかる。だが、内部に起きた問題とは何なのか。聞こうとする前に葛が教えた。


「なんでも、法を受けて生まれた人間が、妖怪の力を持った」

「えっ、それって成功じゃないの? 長年の願いが叶ったのに……何でそんな渋い顔をするの?」


 真弓は指摘し、葛は首を横に振る。陰陽師側の人間は元から霊力の強い人間を生もうとする為に、『変生の法』を利用している。が、兄は妹に告げる。


「いいや、成功ではなく失敗だ。逃げた奴は仲間を襲い、一般市民を狙い、妖怪になった。今は、完全に力を取り戻すために生成しているだろう」


 失敗と聞かされ、真弓は言葉を失った。




 あの後、駅から目的の駅に降りて帰宅した三人。

 仕事や学校生活をしながら、彼らは失敗作の行方を追う。しかし、五月の下旬の前ほどに夜久無の死亡が知らされる。死亡届も出されたが遺骨などは現れず、棺桶の中身のない葬式が、夜久無の本家で行われた。

 誰が夜久無をやったのか、倒したのかも不明である。

 穏健派の間では、しばらく夜久無の事件ついては話題になっていた。




🎐 🎐 🎐


お読みいただき、ありがとうございます。

楽しかった。面白かった。応援したい。

と本作を少しでも気に入って頂けましたら、作品のフォローと星入力による評価をしていただけると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る