12 白椿の少女の送り迎え

 女郎蜘蛛を倒した夜。真弓は寝ている間に、啄木は葛に電話を入れた。女郎蜘蛛が強くなった原因と退治の報告をし、葛を驚嘆させる。怪我が良くなっている旨を伝え、明日の午後に迎えを頼むように話した。

 啄木にとって陰陽師側はまだわからないことが多い。今後の退治や妖怪の出現傾向について情報を提供し合うよう、電話番号を教えあった。見送りは、相方の安吾も見送りをするらしい。関わった者として、挨拶はしておきたいとのことだ。

 翌朝。食事を共にするとき、真弓は啄木から伝えられる。


「三善さん。今日の午後から三善さんのお兄さんが駅まで迎えに来るぞ」


 朝食は豆腐とワカメのお味噌汁。焼き鮭と野菜が豊富な小鉢付き。和食のご飯を堪能している最中に伝えられた。安吾は気にせずにご飯を食べ進める。真弓はキョトンとして、すぐに我に返る。


「……えっ、あっ、今日の午後に私は帰れるのですか!?」


 啄木は湯呑を手にしながら頷く。


「ああ、外に危険がなくなったから、もう三善さんは自由だ。自宅でゆっくりできるしデパートで買い物ができる。三善さんに用意した服はあげるよ。ボロボロになった一部の服はこっちで処分しちゃったからさ。あと、傷が塞がってきているけど、風呂に入るときは気をつけるように」

「あ、ありがとうございます!」


 感謝する彼女に啄木は優しく微笑み、湯呑のお茶を飲んだ。

 真弓は味噌汁に口をつける前に、手を止める。今まで気にしていた物がある。真弓は恐る恐る聞いた。


「あの、気になっていたことがあるのですが……佐久山さんの机にある白い椿の髪飾りはなんですか……? 男の人が持つのにも珍しくて気になっちゃいました」


 聞かれ、啄木は驚いて動きを止めた。

 清潔感があるとはいえ、啄木の部屋のほとんどは医学書や漫画などが置かれている。普通の成人男性の部屋だ。そこに女々しいアクセサリーがあれば、気になるのも当然も言えよう。

 啄木は答えようとしているが、何度口をパクパクとしている。喉元につっかかって出ない様子。安吾は見かねて、フォローをした。


「あれは形見です。啄木にとっての大切な人から預かったものと聞きましたが……そうですよね? 啄木」

「あ、ああ……聞かれるとは思ってなかったから驚いた」


 相方に啄木は頷く。形見と聞いて、真弓は申し訳なく感じた。


「……あ、その……すみません」

「いや、いいよ。男物の中にあの髪飾りがあったのが気になったんだろ。三善さん。気にしなくていい」


 啄木はにこやかに答えるが、真弓は口を開けたがすぐに閉じる。間をおいてから、啄木に「ありがとうございます」と言葉を送ってこの話題を終えた。


 大切な人がいるのはわかったが、真弓は釈然としない。


 彼女は気付いていた。過ごしていく中、時折彼が彼女に向ける目に気付いていた。悲しさを感じさせる優しい瞳。大切な人がいるならば、何故気にかけて切ない目で見るのか。

 真弓は疑問を抱きながら、ご飯を食べていった。




 午後。啄木はタクシーを呼び出す。三人はタクシーに乗って待ち合わせの駅に向かう。

 助手席に安吾が座り、啄木と真弓は後部座席に座る。シートベルトをして、車に揺られる。二人は過ぎゆく風景を見つめるも、見知らぬ風景に真弓は興味深そうに見ている。

 啄木は一瞥し、少女のリアクションを見る。県内に長く在住している人間ではないと予想した。

 県外から派遣されると、費用と手間がかかる。静岡県内の公共機関の乗り物は移動も難しい。県民は自転車や自動車などの移動が多い。真弓が倒れていた場所から考え、彼らは県内に住んでいると啄木は推察した。

 推察してどうになるわけでもない。彼は小さく息をつき、風景を眺めた。

 啄木が目を逸らしたあと、真弓が目を向ける。

 気になっているのだ。何故、簡単にあの妖怪を倒せたのか。どれだけの力量を持っているのか。少女は首を動かして舐め回すように見る。

 見られているのに、啄木は気付いていた。気まずそうな顔をして、表情を見せないように風景を眺めるふりをしている。

 勿論、相方の安吾も気付いている。彼はバッグミラーから、二人のやり取りを楽しそうに眺めていた。





 通称JがつくRな東海にある鉄道会社である。

 静岡の駅前で待ち合わせだ。駅の北口にあるタクシー乗り場に付き、安吾が支払いを済ませる。料金メーターを一瞥して、真弓がガタガタと震えた。学生にとっては高い料金である。啄木は「気にするな」と声をかけて、真弓の背中を押して外に出させた。

 二人が出ると安吾は現金で支払いを済ませて出る。

 真弓は周囲の風景を見ていた。見知っているよう見知らぬ建物。雰囲気はのほほんとしているが、引き締まったものも感じる。

 真弓は興味深そうに周囲を見ていた。引っ越してきて日の浅い、真弓にとっては今の静岡の街が何もかも新鮮なのだ。

 タクシーを見送ると、啄木は真弓に声をかける。


「じゃあ、待ち合わせの家康像の前に行くか」


 乗り場から見える道路近くにある家康の像。遠くから見て真弓に見覚えのある人物がおり、真弓の表情は和らいだ。

 三人はゆっくりと歩いていき、家康像の前に近付いていく。家康像の前には葛と重光が出かけ着の姿でいる。真弓を見つけ、葛は目を丸くして駆け寄る。


「っ! 真弓!」

「お兄ちゃん!」


 真弓も走り出して、両手を広げようとする。葛は両手を伸ばす。抱きしめるのかと思った瞬間、顔の両頬を摘んで勢いよく伸ばした。


「このっ、ばもうと!! 勝手に退治についていこうとしたらしいなぁ!?

迷惑かけるなって言っただろう!?」

「い、いひゃいいひゃい!」


 頬を力強く摘まれ、涙目になる真弓。兄妹のやり取りを見て、啄木は安吾の頭を掴んで頭を下げさせる。


「うわっ!?」


 頭を下げられた安吾は驚きの声を上げた。啄木も頭を下げる。


「本当に、うちの相方がすみません。三善さんの気持ちに応えようと、そその……いえ、尊重しようとしたのです。監督不行きということで、このあとみっちり扱きますのでご安心を」

「こ、この度は本当にすみませんでした。……た、啄木! 僕は自分で謝れます。頭から手をどけて!」

「反省してても、後悔してないから駄目だ。言葉通り、マンゴー。お前をみっちり扱く」

「だから、僕は安吾です! もぉー、何度も謝ってるじゃないですか!」


 相方の文句を聞き流す啄木は頭から手を離す。安吾は押さえられた頭を掻いて、腑に落ちないようだ。二人のやり取りを見て、三人は間抜けた顔になった。

 真弓の頬から手を離し、葛と啄木は対面をする。


「……改めて、はじめまして。三善葛です。こちらは、俺の仕事の相棒の重光です」

「はじめまして。佐久山啄木です。俺の隣にいるのは相方の鷹坂安吾です。よろしくお願いします」


 互いに自己紹介をしあい、葛は妹と共に頭を下げる。


「うちの妹を保護し面倒を見てくださり、ありがとうございます。佐久山さん」

「ありがとうございます。……本当に致せり、つくせりでした」


 感謝され啄木は苦笑する。


「気にしないでください。……それでは、俺はもう」

「待ってください!」


 真弓に言葉をさえぎられ、彼は顔を向ける。彼女は必死な顔になっていた。呼びかけられるとは思わず、啄木は目を丸くする。真弓は目の前に来て、顔を見上げた。


「私、もっと貴方あなたと話してみたい。貴方あなたを知りたい。だから! また、会いましょう。佐久山さん……いいえ、啄木さんと名前で呼んでもよろしいですか?」

「えっ……」


 目線が絡み合い、啄木は拍子抜ける。下心を感じさせない。純粋に交友したいという思いが感じた。かつての啄木が恋をした女性と一瞬だけ、重なるが目の前にいる人物は全くを持って異なる。

 彼は感慨深く小さく呟く。


「……ああ、貴女あなたは……貴女あなたが変わっても根底は変わらないんですね……」

「えっ?」


 呟きに真弓は声を上げた。重光や葛には聞こえなかったようだ。啄木は優しく嬉しそうに笑って見せる。


「いや、なんでもない」


 彼の笑顔を見て、真弓は頬を赤くした。啄木は背を少し屈んで申し訳無さそうに彼女と目線を合わせる。


「名前で呼んでいいけど、敬語は外してほしい。俺も名前で呼びたいし、今後の妖怪退治のためにも三人とも交流を持ちたい。……駄目か?」


 聞かれた真弓は目を丸くして首を横に振る。了解してくれるとは思わなかったようだ。純粋に仲良くしたいならば、啄木は誠実に応えるつもりだ。思いもよらない答えに、真弓は嬉しそうに笑い手を出す。


「いいよ。よろしくね! 啄木さん!」


 啄木は背を戻し、握手をして頷いた。


「ああ、よろしく。──真弓」


 彼は万感の思いを込めて、その名前を呼ぶ。



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