11 有言実行
女郎蜘蛛の動きが一瞬だけ止まった隙に啄木は距離を詰め、足元に着く。勢いよく抜刀をし、二つの白い閃光を描いて見せる。もう片方の前足がバラバラに刻んだ瞬間、啄木は刀を構え防御の姿勢を取る。
鉄の音が響いた。女郎蜘蛛の手の刃を防いでいる。刃に変化させた姿を見て、啄木は眉間にシワを作る。
「無闇に変化させるな。魂に負担がかかるだろう」
[……何故、魂を食ったとわかるの……!?]
普通はわからない。啄木は何も答えず、刃で押し返す。彼は下がり、刀の刃先を相手に向けた。
真弓の口は開いたままだ。
傷がすぐに再生する相手の太い足を一刀両断し、更にもう一本をバラバラに。目の前に起きた出来事に少女は呆然とする。女郎蜘蛛は焦りを表情に出す。
手から糸を出し、切り落とされたそれぞれの足を回収した。糸を巻き付け、無理やり切り落とされた箇所を繋ぐ。他の足を動かそうとするが、切られて繋いでいる箇所は動かない。女郎蜘蛛は目を丸くした。
[そん、なっ……!? 動かない……!?]
真弓は啄木が刀に力を宿したのはわかった。しかし、力の源と仕組みはわからない。バレない範囲で安吾が優しく教える。
「啄木は、刀に術を宿していたんですよ。再生を阻害する力と魔を滅する力で、相手に再生させる隙を与えなくしたのです」
「えっ、二つの術を同時に……使用しながら……!? 佐久山さん、すごくありませんか!? えっ……強いって言葉……本当に……!?」
衝撃の連続であり真弓の顎は中々戻らず、開いた口も開けたままだ。組織のお家芸でもある。また嘘はいってないが真実はいっていないと言うやつである。
驚く真弓を一瞥したあと、啄木は冷ややかに話す。
「自分で死んでくれないのな」
[っ! あんた……なんなのよ……!?]
困惑する女郎蜘蛛に、啄木は
「どうでもいい。声をかけなくてもいい。喋らなくていい。とっとと殺られて死んでくれ」
真弓と女郎蜘蛛は息を呑む。
啄木は闘志や戦意を向き出しにしているのではない。殺意だけを宿している。真弓は妖怪と戦ってきて、様々な気持ちを向けられ、感じたことはある。しかし、純粋な殺意を見るのは初めてなのか、顔を真っ青にして体を震わせる。
相手の異常さに気付き、女郎蜘蛛は怯える。太い糸を両手から出していく。
[く、来るな!!]
勢いよく空気を吸う音と、砂利の踏む音が公園に響く。足に込めた力は啄木を女郎蜘蛛へと真っ直ぐ向かう。何度か地を蹴っていく。襲いかかる糸を啄木は刀を勢いよく抜いて一閃、二閃と多くの線を刀で描いていく。
蜘蛛の糸は粘着性があり、容易に切れない。
妖怪の糸であるならば強度も増す。だが、その糸を啄木は蜘蛛の糸を容易に切り裂く。細かく刻まれ、糸は舞う。
簡単に斬られ、女郎蜘蛛は舌打ちをする。啄木は刀を振るうが、女郎蜘蛛は高く宙に飛んで避けた。
避けられたが、彼は悔しがらない。空にいる標的に顔を上げる。
女郎蜘蛛の顔には動揺と焦りが出て、地面に着地した。
[──私の子どもたち! 出てきて!! あいつを抑えて!!]
体からいくつもの小さな蜘蛛が多く現れ、津波のごとく彼に向かっていく。数が多ければ蜘蛛を斬れないと考えたのだろう。また火を吐く小蜘蛛が大量に出てきては勝てない。
相手は炎を吐きつつ、女郎蜘蛛の毒霧を吐いている。真弓はだめかと思ったのだろう。啄木は淡々として、刀の刃を触りつぶやく。
「
刀に先程よりも強い白い光が宿る。小蜘蛛は火を吹いて啄木に襲いかかろうとする。が、素早い一振りが火と毒霧を消し、全ての小蜘蛛も塵と化した。
黒い塵は風に吹かれて、遠く彼方へと吹き飛ばされる。
一瞬で小蜘蛛が消えた光景に、女郎蜘蛛と真弓は声すらも出ない。驚きの連続で女郎蜘蛛は少しの間硬直した。その隙に啄木が女郎蜘蛛に飛びかかり、刀の柄を強く握る。
スローモーションのように見えたのだろう。動けずにいた女郎蜘蛛はハッとした。
[──まさか、あんたは──]
見せられた力を見て、全て気づいたのだ。啄木がどういう存在であるのかを。顔色を青ざめていくも時はすでに遅し。女郎蜘蛛に刃は振り下ろされ、縦真っ二つに切られた。
二つに割れた胴体は、小蜘蛛と同じ末路を辿る。
女郎蜘蛛のいた場所からは二つの蛍が現れた。
一つは天に登り、一つは地の中に沈んでいく。一つの人間の魂は助かって、一つの女郎蜘蛛の魂は地獄送りとなった。全てが終え、啄木は立ち上がって刀を
周囲を見回し、不可解な気配がないかを確かめる。
「……異常なしか……」
仮面を外し、啄木は息をつく。
組織の仕事が終えた。禁忌を犯したものの殺すのも組織の仕事の一つ。倒した後、報告をしなくてはならない。啄木はすぐ報告する気にはならなかった。八つ当たりで倒したようなものであり、内にある感情を昇華しきれていない。
啄木は手にしている刀を強く握る。
彼の心情を知る由もない真弓は、仮面を外して駆け寄った。
「佐久山さん! 大丈夫ですか?」
駆け寄ってくる彼女に啄木は目を向け、わかりやすく目をそらして答える。
「……ああ、うん、大丈夫。三善さん」
不自然な反応に真弓は気付かない。彼女の中では尊敬の念だけが満たされて、他の動作が気にならないのだ。言葉通り無傷で倒し、本当に強いと証明した。真弓は尊敬を向けて、褒める。
「凄い、凄いです! 私、佐久山さんに陰陽術の教えを請いたいです!」
「……まず、自分の悪い所を直してからだな」
指摘された瞬間に、真弓は硬直して黙った。
啄木本人は教えるつもりはなく、むしろ真弓は戦いの場から離れてほしいのが本音だ。この場で彼の本音を知るのは、心配そうに見ている安吾だけであった。
あの後、仮面をつけてシェアハウスまで戻る。
玄関を閉じると啄木は手洗いうがいを促し、三人で共に済ませる。終えたあとは、真弓を先に入浴させ、傷の処置をしたと早めに寝かせる。啄木達も休んだ方がいいと彼女から指摘される。啄木は適当に理由をでっち上げて先に寝るように促した。
ベッドに入るのを見たあと、狸寝入りをさせず、彼女は朝まで起きぬように術を
ボールペンでコピー用紙の上に、先程あった出来事を簡潔に書いていく。
「おや、報告書ですか?」
背後から安吾の声がかかり、啄木は頷く。
「ああ……今、紅茶を入れているのか?」
「ええ、アールグレイのティーパックタイプです」
近くにコップが置かれ、啄木は目を向ける。湯気が立っており、ティーパックで透明なお湯の色は少しずつ紅く変わっていく。安吾は対面に座り、コップを手にして話す。
「紅茶のパッケージ通りに淹れた方が良かったですか? 啄木」
「しなくていい。気遣いありがとな」
感謝の言葉に安吾は微笑み、コップを手に話し出す。
「啄木。僕はびっくりしてます。世の中、便利になりすぎて僕は
「百年以上も悪意の本流である
「ええ、ですが、慣れないといけません。これからも時代の流れが早くなっていきます。僕は必死に追いかけないと」
「……お前は、追いつこうとしているんだな。足踏みしてる俺とは大違いだな」
羨望の瞳を向ける。向けられた瞳に安吾は気まずそうな表情をする。啄木は紙を折りたたみ、啄木は
鳥は空いている窓から、飛び立って夜空の奥へと消えていく。
報告書を式神が見送っていると、安吾は相方に
「啄木。
首を横に振り、苦笑した。
「果たされてしまったと思ってないさ。三善真弓が生きてるなら天寿を全うしてほしいし、怪我や病気になったら治療する。それにさ、安吾。俺の恋なんて叶わないさ」
カチッと音がする。彼はボールペンのペン先をしまい、ポケットにつけた。コップを手にして、紅茶を飲む。安吾は飲む前に手を止めて、話しかける。
「──啄木が医師となるきっかけとなる妖怪の女性ですよね?
……
相方に頷き、啄木は打ち明けた。
「ああ、そうだ。俺が好きだった夏椿の木霊にそっくりだ。……人を愛して人に恋したあの人が……人として生まれて生きているんだ。なのに、なんで陰陽師となっているのか。理由がわからない。……あの人が陰陽師の娘として生まれ変わるなんて、ありえないんだ」
木霊とは一種の木に宿る妖怪又は精霊である。人に恋をすると、人の姿となってその恋をした人の元へと向かうという。
二百年以上も前の話だ。
啄木は木霊の女性と出会いをし、彼女に惚れた。
しかし、その彼女は別に恋した人がおり、その人物は大昔に亡くなっている。現在、木霊はすでにいない。その死を啄木は知っている。彼女の件については大分傷となっており、啄木が医師となる切っ掛けにもなっている。妖怪が人として生まれ変わって生きる事例はある。しかし、陰陽師側であるのには衝撃である。
「……なんで……陰陽師なんだ」
啄木の中の傷口が開き出す。
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