10 誘き寄せ

 啄木が裏口を締めた後のこと。真弓に身隠しの面の布を渡す。啄木と安吾はそれぞれ異なる形をした仮面をつける。

 啄木は白い髭が生えた仮面。仮面の額には目があるような穴が空いている。安吾は天狗のような獣の面であった。特徴的な仮面を真弓は不思議に思いつつ、スプレーを吹きかける。

 鼻の奥まで、ハッカの爽やかな匂いが通り抜けていく。

 安吾も札や刀を用意し手伝う準備を終えた。三人は仮面をして玄関から出ていく鍵をして、啄木は鍵をリュックの中に仕舞う。


「さて、戦う場所はこの家の前だと狭い。幸いこの近くに今宮いまみや公園という大きな公園がある。そこで誘き寄せる。三善さん。歩けるか? 無理なら運んで行くけど……」

「大丈夫です。歩ける分は問題ないですし、痛み止めは飲みました」


 長距離は難しいが近くの公園までならば歩ける。彼女の返事を聞いて啄木は安心したように頷き、「いくぞ」と声をかけた。

 敷地内から出て、住宅街の中を歩いていく。

 空の月明かりは満月ほどの光量はない。電柱にある蛍光灯には虫が集まってきている。

 時々近くの町人や帰宅してきているサラリーマンが通り過ぎていく。通行人は彼らの身なりを気にしない。


 身隠しの面は姿を隠すもの。人の通りが激しくなった時代で、この面を多用している。

 真弓は啄木の隣を歩きながら、周囲を見回す。

 近くを見ると、小さな蜘蛛らしき存在が三人を嫌がるように背を向けて歩く。女郎蜘蛛の眷属けんぞくだ。ハッカのスプレーに効力があるのは本当のようだが、真弓は不安を抱く。


「佐久山さん。本当に大丈夫ですか。蜘蛛の眷属けんぞくを追い払えるとはいえ……女郎蜘蛛は人の魂を食べてます。本体にはバレてしまうのでは……?」


 眷属けんぞくは追い払えても、本体を通してバレてしまう可能性がある。特に、蜘蛛が嫌う匂いであれば顕著けんちょだろう。女郎蜘蛛も頭を働かせ、追跡をする可能性もある。啄木は彼女の指摘を受け、平然としていた。


「ああ、それなら想定済み。バレてるなら、それはそれで好都合。元々誘き寄せる予定だったしな」


 話を聞き、考えなしで動いているのではないのだと真弓は実感する。考えなしに突っ込むなと兄の葛によく怒られる。戦闘考察力を鍛えたいと考え、真弓は自身の未熟さに頭をうなだれる。


 三人は警戒をしながら、小さな川沿いを歩いていった。


 公園の入口につく。整えられた公園の入口をみて、真弓は感嘆した。


「わっ……意外と広い」


 中に入っていくと、広さもある。遊具も子供が遊べる数ある。昼間は穏やかな日常風景が彩るだろう。夜であるため、人気はない。公園のライトはつくが子供がいるような無邪気な場はない。

 遊具のない広場につく。

 真弓は公園の周囲を見回す。小さな気配がいくつも公園の中を歩き回っている。女郎蜘蛛の眷属けんぞくだ。見知らぬ相手を連れて考えあぐねているのか、様子を伺っているのか。眷属けんぞく達はこちらを襲いかかってくる気配はない。

 女郎蜘蛛本体に啄木たちの情報は伝わっていないようだ。啄木は袋を外して、刀を手にする。


「……来る様子はなさそうだな。よし、影迎えをする。安吾、三善さんを頼む」

「お任せを」


 安吾は札を周囲に展開させ、呪文を呟く。真弓は聞き取れなかったが、結界だと理解していた。


 彼女達の札が周囲に回っている最中、啄木は影迎えを始めた。

 影迎えの影は影送りと同じようにすぐに消えるため、影迎えができるかどうかは個人次第。

 啄木達は影迎えをできる条件を知っている。

 影迎えの影とは、目の前にもう一人の分身のようなもの。ドッペルゲンガーの元となる魂の一欠片である。つまり、目の前に自身の形作るイメージをしつつ、空を見ればいいが簡単ではない。普通はできず、影迎え自体が無意識にできる産物だ。啄木は魂の扱いは慣れているゆえに影迎えが可能だ。影迎えの影は消えれば、自身に戻る。しかし、一部といえど、無防備に出せば一部の妖怪からはいい餌である。

 明かりの前に行き彼は影を見つめ、空を見た。

 影が長く瞳に移り、啄木は小蜘蛛の動きが変わったと気付く。

 遠くから何かやってくる。彼らはそれが近付いてきている方向に首を向けた。啄木の目に映る影が消える。

 小さな蜘蛛が地面を張って、闇の奥や茂みから出てきた。


「──白滅びゃくめつ


 真弓には聞こえぬように言霊を使用し、刀に白い光を宿す。

 数匹の蜘蛛が啄木に向かって、炎を吹き出す。炎が重なり大きな火炎放射器が襲いかかろうとする。

 避けなければならないが、周囲には木々があり燃え移れば周囲の住宅街に被害が出る。

 啄木は結界も張らず避けもしない。真弓は不安げに見ていると、彼はやってくる炎に軽く刀を一振り。火炎放射は散っていき火の粉となって宙に消えていく。

 すぐに啄木は駆け出し、数匹の内の一匹を突き刺す。

 小さな蜘蛛は散り散りになっていくが啄木は片手で刀印とういんを組む。


「ノウマク サンマンダ バザラダン カン。不動明王ふどうみょうおうよ。悪しき眷属けんぞくを追い焼き尽くしたまえ」

[──っ!]


 ぼうっと小さな蜘蛛が燃えていく。

 同時どうじに散り散りとなった小蜘蛛も燃えていき、周囲の茂みや闇の奥にも多くの光が宿る。小蜘蛛が隠れており、女郎蜘蛛は多くの眷属けんぞくを放っていたようだ。使用している不動明王の力は燃え移る炎ではないため、燃えやすいものに火は移らない。

 真弓は結界の中、啄木が眷属けんぞくを倒す姿を見て息を呑む。圧倒的に強いとは思えなかったのだろう。不動明王の力を借り、標的のみを倒す芸当は相当の修練を積まなくてはならない。

 彼女は驚きを口に出していた。


「嘘。眷属けんぞくだけを倒して、なおかつ不動明王尊ふどうみょうおうそんの力を使いこなしているなんて……。かなりの集中力と膨大な霊力がないとできない芸当だよっ!?」


 安吾は楽しそうに答える。


「こんなの小手先ですよ。僕達はまだまだ凄いことができます」


 嘘はいってないが真実は言っていない。彼らの本当の手の内を見せるわけにいかない。正体を晒してはならないのだ。だが、情報は得れた。彼女の口ぶりからして、陰陽師には実力者がそれなりにいると。

 真弓は彼らの思考を知らず、表情を明るくさせた。


「すごい、これなら勝て──!」


 遠くからやってくる気配に体を震わせた。鳥肌が立つほどのおぞましさ。肌が見える部分に鳥肌が立っている。彼女は焦って、啄木に声をかけた。


「佐久山さん! 来ます……。女郎蜘蛛が……!」

「知っている。大丈夫だ。三善さん」


 安心させる声色を向ける。

 炎が消え、啄木は刀を抜いて構え直す。ズン、ズンと何かの大きな黒い影が屋根の上を飛び乗る。それは啄木の近くに現れ、砂ぼこりを立てて現れた。

 真弓を狙っている女郎蜘蛛。啄木は動揺せずに刃先を向けた。見知らぬ相手が二人にいることに、女郎蜘蛛は目を丸くする。


[……仲間かと思えば、誰? あんたたち]

「彼女とは同業者だ。悪いけど、死んでくれるか?」


 開口一番に不躾な挨拶をされ、女郎蜘蛛は顔に苛立ちを見せる。女郎蜘蛛は真弓と安吾のいる結界を一瞥した。小さな蜘蛛が結界に張り付くが、すぐに燃える。


[はっ?]


 女郎蜘蛛は素っ頓狂な声に啄木は嘲笑ちょうしょうした。


「サイッコーだな。その声。対策してないと思ったか?」


 明らかな挑発に真弓は驚き、安吾は楽しそうに笑い声を上げていた。


「あっはっはっはっ! 啄木! 貴方あなた、相当苛立ってますね!」

「うるさい。喃語なんご

「僕は乳児じゃないですよ。まったく、怒りに呑まれないように!」


 笑いながらもたしなめられ、啄木は罰悪そうに視線をそらす。会ってすぐに死ねと言われ、気分を悪くしない相手は何処にいるのか。女郎蜘蛛は啄木の言葉に怒りを顕にした。


[この人間、無礼ねっ! 死ぬのはあんたよっ!!]


 怒りに任せて、手から刃を出し避けきれぬスピードで突き刺そうとする。しかし、啄木はそれを刀で受け流す。受け流され女郎蜘蛛は目を丸くする。瞬時に彼は納刀し、間合いを詰めた。

 銀色の軌道が一瞬だけ宙に描かれる。ドサッと音がし、女郎蜘蛛の体勢が崩れた。啄木は淡々とした表情で大きく退しりぞいて間合いを作る。


[……えっ?]


 女郎蜘蛛はわけわからずにいた。

 啄木は相手の足を一本切り落としたのだ。再び納刀し構え直し、啄木はふぅと息を吐く。相手は魂を食ってパワーアップしたと高をくくっていた。呆気なく足を一本落とされ、女郎蜘蛛は意味がわからない様子。

 当然、真弓もわからなかった。




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