9 女郎蜘蛛退治へ
怪我した真弓を保護したものの、あまり長く保護はできない。
彼女を叱った二日後、有里依乃の友人である田中奈央が行方不明になったからだ。田中奈央を見つけて怪我をしていた場合、身近な医術を持つ組織の者。啄木が対応しなくてはならない。近々に幸い休みを入れた日があり、啄木はその休みの日に早々に決着をつけようと準備を進める。退治の準備を真弓は心配そうな目で見ていた。
その休みの日。啄木と安吾ともに夕食は早めに食べる。仲間は其々任務や自室で仕事に追われている。
空が暗くなった頃。啄木は眼鏡を外して、太刀を布で包んで背負う。別の部屋で着替をすでに済ませており、動きやすい格好になっていた。
真弓と安吾は見送りをしている。
玄関でスニーカーを履く啄木に、真弓は不安げに声をかける。
「あの、本当に大丈夫ですか? 相手、強いですよ?」
「大丈夫。三善さんがいなくても勝てるし、何かあっても俺の責任だから気にするなって」
更に不安がのしかかったらしく、真弓の表情は曇っていく。
啄木は葛から送られた妹取り扱い説明書の内容を思い出す。【本人に不安があると、その不安を解消しようと勝手に行動をします。人がいればその人に見張りを任せるべきです。見張りの人は陰陽師であると好ましいです。もしくは、理由こねて止める理由をつけてください】と。
安吾にも説明書を読ませてある。相方に見張りを頼んだ。
「安吾。三善さんを守ってくれ。くれぐれも! 外に出すような真似はするなよ?」
「しませんよ。したら、啄木の拳骨が頭にごつんっですからね」
頭に軽くゲンコツをぶつける姿を見せる。啄木は信用ならない目線を送り、真弓に声をかけた。
「勝手に行動したらお兄さんに言っておくからな。三善さん」
「ウッ……」
兄を出されると真弓は何も言えなくなる。啄木は近くにある仮面を手にして立ち上がる。顔に仮面をはめて、紐をくくりつける。仮面をつけて彼は二人に顔を向ける。
「じゃあ、行ってきます」
玄関の外へと出ていった。
ドアが閉じられる。残された二人は啄木が遠ざかるまで待った。
完全に啄木の気配が消えた後、真弓は拳を握って唇の先を尖らせる。自身で招いてしまった不始末を完全に他者に任せてしまう。責任感からの不満、彼への心配が彼女の行動に現れた。要は納得がいかないのだ。
「おや、どうしました?」
安吾から声をかけられて、真弓は不満げに話す。
「……安静と言われても……私の不甲斐なさと佐久山さんの心配で気持ちが一杯で……手伝いたい」
少女の言葉に安吾は片目を開けて、彼女に話す。
「実力不足だと言っているわけではないのですよ。
「……っ」
的を得る指摘をされ、真弓は言葉を詰まらせる。しかし、まだ納得行かない様子。我の強さに安吾は目を閉じて思案していると、ぱちんと指を鳴らして笑う。
「そうだ。納得行かないなら、こっそり後をつけて様子を
「えっ、後をつける……?」
突然の提案に真弓は呆気にとられた。
「要は、小蜘蛛から見つからないようにすればいいのです。実際の生物の蜘蛛は、ペパーミントなどのアロマの香りを嫌います。実際匂いが苦手な妖怪も多いでしょう?
匂いと術を利用して身を隠していくのです」
「なるほど……」
説明を受け真弓は納得する。昔話でも一部の妖怪は匂いを嫌っており、節句や行事でもよく、匂いのある草は使われるほどだ。
安吾は真剣な表情で話を続ける。
「家に住み着く蜘蛛は益虫です。本来の妖怪の女郎蜘蛛も妖怪の世界の境界線に住み、こちら側に来ようとする悪い妖怪を捕食してくれる益を出す妖怪でもあります。稀に入り込んでくる人を食うことはあれど、魂までは食わないです。となると、よほど
妖怪でも、人間でも、魂を無下に扱うことは禁じられている。幽霊悪霊、人の魂を食う行為こそ死者の
「その匂いの元となるものはどこにありますか!?」
「ふふっ、実は準備済みなんです」
ポケットからハッカのスプレーを出すが、それを背後から手に取る人がいた。
「そうそう、匂いは昔から虫除けとかに使われてるけど、魔除けの効果もあるんだよ。香水も魔除けとして使われた時期もあるしな。おっ、いい香り」
スプレーの蓋を器用片手で開け、安吾の首の後ろに振りかける人物。その人物の説明を聞いて、二人は言葉を失った。聞き覚えのある相方の声に安吾は笑みを引きつらせる。
「あっ、ぼくぼく。おかえりなさーい☆」
啄木は片手にスニーカーを持ち、安吾の後ろにいた。
仮面は頭の上にずらしてつけている。どこからと言うまでもない。玄関から出たとはいえ、家の裏口の存在を忘れてはならない。啄木はスプレーを近くの棚の上に置く。
「たたいまんごー♪ ……──ふんっ!」
安吾の頭上目掛けて拳骨がはいった。
ゴツンと音が聞こえ、安吾は頭を押さえて
「目ぇ離して、気配を消して、やるかどうか確かめてみたら、案の定だなぁ?」
安吾は痛みに震えながら、声を出す。
「と……
「こんな基礎中の基礎に嵌まるなよ。ばかもんが。三善さんも安吾の言葉に乗るんじゃない」
相方に容赦ない様子に真弓は引きつつも、啄木に顔を向ける。
「あ、あの……私は本当に
安吾は涙目で真弓を見つめた。彼女からの願いに啄木は黙る。いくら信用問題があるとはいえ、彼は今の状態で外出はさせたくなかった。駄目だと答えようと、口を開こうとすると。
「
真弓は自身の胸の上に手を置いて、啄木を真っ直ぐと見る。
「私がこの身をかけてあの妖怪を倒します」
誰かを守ろうとする覚悟を決めた表情だ。
力強い瞳には優しさを感じさせるが、啄木は一瞬だけ苦しげな表情になる。命をかけて守ろうとする姿勢は、彼にとってトラウマを
「あんな雑魚に負けると?」
絶対零度の声色が出て、真弓はびくっと震える。心底から湧き出る怒りを制御しつつ、啄木は眉間に
「負ける前提で話を進めるな。負けないし、殺されるわけ無いだろ」
純然たる真実を吐き出し、蹲っている相方に目を向ける。
「安吾。いつまでそう蹲っているんだ。お前は三善さんを守れ。外に出る準備をしろ」
相方の言葉に安吾は微笑み、痛みがなかったかのように立ち上がる。
「ええ、はい。わかりましたよ」
嬉しそうに返事をし、安吾は部屋に足を向ける。困惑している真弓に顔を向け、啄木は宣言をする。
「三善さんの言葉通り。戦いを見せて強さを証明してみせよう。無傷であの女郎蜘蛛を倒す」
迫力に負けて彼女は黙りながら頷く。無傷という宣言を聞いて、本当かどうか疑わしい。真弓は本気にさせてしまったことだけは理解した。
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