1 港の夏祭り 始まり
「あっちゃー、ナナシヤロー。ネットに進出する気だなぁ」
ノートパソコンを開きながら、茂吉はちゃんねる系と呼ばれるサイトを見ていた。書き込まれていくスレのコメントの画面が見える。食材の入ったマイバッグを手にしながら、直文はジト目を見つめた。
「何で、お前が彼女の家に上がり込んでいるんだよ。茂吉」
「なおくん、おっ邪魔してまーす♪」
茂吉はリビングにある椅子に座って手を振る。■■は苦笑しながら冷茶を出す。
「実は直文さんに用があると申しまして。ちょうど直文さんは買い物に出ていましたので、待っててもらいました」
「……はなびちゃん。茂吉の対応してくれてありがとう。大変だったでしょう?」
彼女は愛想よく笑って誤魔化す。
来るまでの間、直文の話を根掘り葉掘り聞いていたので、逆に問題なかった。茂吉は冷茶を飲んでぷはーとわざとらしく声を出し、直文に話しかけた。
「はなびちゃんの言う通り、用事があるから来たんだよ。で、用事の本題がこれ」
二人はちゃんねる系掲示板に書かれているスレを見る。茂吉の言葉の通り、ナナシについて載っていた。
■■■■■。かつて彼女を狙った陰陽師の名は黒く塗り潰されている。彼女は■■の名を出してみるものの、発音すらもできず虚のまま。直文はじっと見つめて瞳から光を消し、無表情となる。
「×××××。見つけて必ず殺す」
聞かせてはならない言葉。人をも殺す絶対零度の声色。聞いたことのない怖い声を彼女は聞く。ガクブルと体を震わせる彼女を見て、茂吉が相方の背中を強く叩いた。直文は相方に怒る前に彼女を見て意図を察し、慌てて表情を元に戻して謝る。
「ごめん。つい」
「もー、なおくんは彼女の件になると
茂吉は掲示板のサイトを閉じて、彼らにスマホの画面を見せる。有名なSNSのアプリを触った。茂吉のアカウント画面にとんだ。フォロワーとフォローの数がえげつない。彼女は同じようにアカウントを持っているが、茂吉ほどではない。その本人は両手でピースサインを作る。
「俺、一応顔を出してないゲームの実況動画を配信しているからよろぴくね☆ 俺の名前は
何が問題なのかと彼女は思ったが、直文は真剣な顔をしている。
「これは、不味いな」
「だろ? 便利になった分、情報伝達が早くなった。まあ掲示板や人の間で語られているなら、ともかくだ。こんなにグローバルになると拡散がヤバい」
彼女は戸惑うが、直文から妖怪の生まれ方を教わったのを思い出す。人によって語り生まれるものもいる。人の手によって創作された怪談の怪異は、話そのものが本体と言える。SNSによって拡散され、人によって語り継がれるとなると。ナナシ様の存在がより強くなるのではないのか。
「ナナシが強くなると言うことですか?」
彼女は質問をすると、直文は首を横に振る。
「ちょっと違うかな。強くなるというより、創作怪談の怪異に変じる可能性があるんだ。創作が本体の場合。倒せたとしても相手が怪談の怪異として復活する可能性がある。どんな風に誕生するかわからない以上、いたちごっこだ。これが俺達が
最初彼女が怪異に遭遇していたとき、名取の社が怪異に変ずる可能性を話していた。■■は思い当たり、身を震わせる。名取の社が『柘植矢さん』と『死因:入園』と同じ存在になる。筍のように生えてくる可能性があるのだ。
大変なことになると彼女は考えるものの、茂吉は「大丈夫!」と声をあげた。
「海外と日本のハッカー、桜花にも腕利きのハッカーの数人がもうナナシ関連話題は消すように動いてくれているさっ。話題を忘れるように術を仕込んで文字を投稿してあるしね!」
行動が早いと感心するが、彼女はふっと疑問が出る。
「組織はともかく、その他のハッカーはどうやって動かしたのですか?」
「えっ、これ」
茂吉は人差し指と親指の先をくっつけて、お金のジェスチャーを作る。察するに、巨額の金が動いたのだろう。お金ほしさに動く人も多い。ハッカーならばネット世界で組織『桜花』の存在に辿り着くのではないかと思った。茂吉は彼女の疑問を読んだかのように答える。
「お金は動いているけど、お金をもっとせびろうとしたハッカーや俺達の存在を知ろうした人は、容赦なく妖怪の世界へボッシューットの呪いをかけてる。妖怪の皆も人間を有効活用するだろうから、大丈ブイさ!」
Vサインをしながら明るく答える。妖怪の世界へ落とすという意味なのだろう。有効活用についてはあえて聞かない。詳しく聞くなと直感と直文の目線から訴えられている。
噂が立たぬように、ナナシ関連の話題をこっそりと揉み消していく。被害者がでないようにしてくれるのは安心だ。安心できるといっても、彼女の命は安全ではない。まだナナシは■■を狙っており、他者の人の名前を奪っている。直文も同じことを考えていたのか、口に出していた。
「サイトに書かれているのが本当なら相手は名前を奪って魂を取り込んでいる。早期発見が望ましいが、相手は馬鹿じゃない。俺達の正体が知られている以上、仕掛けてくるのは明白」
直文は一瞬だけ考えて、呟く。
「……誘き出してみるか」
相方に反応し、茂吉は面白そうに微笑む。
「へぇ、直文。策があるんだ?」
「一応は。策と言えるのかはわからないが、相手を
テーブルの近くにおいてある袋を見つめる。七月の二十九日、三十日、三十一日。清水の港の近くで祭りが開催される日にちであった。
昼頃。清水の港の近くにさつき通りとありふれた名前の道がある。私鉄の上りの終点駅の前辺りから通行規制が入り、ある橋まで歩行者天国となった。商業施設の近くには屋台が並ぶ。祭りがなければ、普通の工場地帯がある港町。だが、ここは年に一回行われる祭りで活気が湧く。一日目、二日目にて総踊りが始まり、祭りの最後の日は花火が上がる。
彼女たちは家を出て、踊りの仲間たちと一緒にいる。この通りで踊るリハーサルは既に済んでいた。事前の準備もしおえる。本番までに時間があり、各自で昼食をとることになった。
■■と奈央と澄。直文と茂吉の五人は港にあるの商業施設の方へと向かう。新鮮な魚を食べようと、店の中にある魚屋を目指すことになった。
夏に見合った私服ではあるが、日差しは暑く飲み物と汗を拭くタオルは必須だ。
海辺の近くとは言え、熱いのものはあつい。浴衣に着替えるのは、花火を打ち上げる日。つまり、お祭りの最終日。奈央は商業施設の前でキョロキョロと見回して、直文に聞く。
「あの、直文さん。サングラスとフードの人はどこにいるのですか?」
「えっ、まさか、あいつはまだ皆に自己紹介してないのか?」
奈央の言葉に驚く。頷いている向日葵の少女に直文は呆れを見せた。奈央の言うサングラスとフードの男の人なのだろう。彼女の予想ではあるが、あの人は恥ずかしがり屋なのかと思った。直文は後からくると教えられて、奈央は少し残念そうである。何故気にかけるのかを彼女は聞いた。
「奈央ちゃん。気にかけるなんてどうしたの?」
「……うん。実はね。あの人、私が疲れてくる度タオルとか飲み物とくれて、気にかけてくれるのっ! あんなことするのは、イケメンに違いない!」
拳を握る友達に、■■は呆れを見せた。イケメンや色恋沙汰を好むのはわかるが、過度に好みすぎているような気もする。しかも、顔を見ないでイケメン判定とは緩すぎる気もする。澄は後輩に注意をした。
「奈央。タオルとか飲み物とかは皆に配っているし、別に奈央を気にかけている訳じゃなかったよ?」
「うっ、た、確かにそうですが……澄センパーイ。夢くらい見せてくださぁいっ……」
奈央の妄想が若干入っていたらしい。茂吉は四人に声をかける。
「四人ともー、ご飯どうする? でないと、俺。適当にお店決めちゃうよ」
全員が茂吉に向いて言葉を失う。
両腕にぶら下がった多くのお土産の袋。地元の製菓と食品とか加工品を買っており、多くの缶詰めが入った袋を多く持っている。手が震えている様子はなく、余裕そうに茂吉は両手のソフトクリームを食べながら無邪気に話す。
「海辺で食べるソフトクリーム、サイコーだね♪」
「もっくん……」
呆れを見せる直文。茂吉はソフトクリームを食べ終えて、あざとく笑って見せた。
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