7 啄木の相方

 昼は真弓は冷蔵庫にあるお弁当を食べる。お弁当箱を洗って片付ける。無論、飲み干した冷茶が入った容器も洗って水切りかごにおいてある。

 その後はどう過ごそうかと考えながら、テレビのチャンネルを切りかえていく。

 何気なくやっていた再放送のサスペンスを流しながらぼうっと見た。時間は午後となり、サスペンスの終わりに近づくと。


「おや、お暇ですか?」


 後ろから声が聞こえ、真弓は驚いて振り向く。

 緑色に見える黒髪をしたおかっぱの男性がいた。啄木とは別の分類で整った顔立ちをしている。長い髪を一つ結びにして、微笑みを浮かべている。目は薄く目を閉じられており、糸目のように見えた。上半身は黒の長袖を着て、下は白いスラックスを穿いている。

 啄木と同じ歳の男性のようだ。いつの間にかいた相手に真弓は驚いた。驚いた様子に、男性は申し訳無さそうに謝罪をした。


「ああ、驚かせて申し訳ありません。話には聞いておりますよ。僕は鷹坂安吾たかさかあんごと申します。佐久山啄木とは同僚でバディを組ませていただいております」

「は、はじめまして……三善真弓です……」


 いつの間に、彼女の後ろにいたのだろうか。気配を感じさせなかった安吾に、真弓は心臓をドキドキと飛び上がらせていた。

 真弓はリモコンでテレビ画面を黒くする。安吾は口を開く。


「僕も一応ここの住人でして、先にご挨拶させていだきました。とはいえ、ここには引っ越してきたばかりなので荷造りやら生活必需品の買い物であまり顔を出せません。同じように他の仲間は表の方で忙しくしているので、挨拶が遅れるやもしれません。失礼をします」

「い、いえ! む、むしろ、人がいたことに驚きです……」


 人気を感じさない雰囲気であった故に、人の存在があった。真弓の話に安吾は頭を掻いて苦笑をする。


「他のお恥ずかしながら、僕は基本仕事の関係で僕は籠もりっぱなしなんです。たまに、相棒から表に出ろと言われることがありますが……いやはや……」

「……籠もりっぱなし?」


 不思議そうに聞く彼女に、安吾は答える。


「占術でもの探ししているようなものです。ああ、何でしたら、占術道具でも見てみます?」

「えっ、いいのですか!? 見たいです!」


 真弓の元気な返事に、安吾はにこやかに笑う。陰陽師とは本来星の動きや観測をして物事を占う。日本古来の天文学者とも言えよう。陰陽師の見習いでもある彼女は、占術を学び直すいい機会として安吾の部屋についていった。





 安吾はドアノブを回して、自室のドアを開けた。

 日光が入る部屋には手に数えられるほどのダンボールがあり、部屋の中央には真弓にとって見覚えのある盤があった。


「あっ、式占しきせん。しかも、太乙式たいいつしき……!?」

「おや、一目見ただけでわかるとは流石です。遁甲式とんこんしき六任式りくじんしきもありますがみますか?」


 安吾はダンボールから一枚の式盤を出す。真弓は何度も頷いた。

 中央には北斗七星が掘られており、魔法陣のように五つの円が掘られており円を囲うようにざまざまな形の四角形が円にくっつき囲う。円の中には、四神を形作るための星の呼び名。また十二神将、十二月将、十二支の文字が書かれている。

 四角にも同じように書かれているが、一本の線で作られた記号と鬼門や人門などの文字が八つの長細い四角に書かれていた。

 安吾から見覚えのある式盤を渡され、真弓は嬉しそうに微笑む。


「わぁ……」

「三善さん。占術できませんか? どうせなら、啄木の事を占ってやってください」


 急な頼みに、真弓は戸惑う。


「えっ、占い……? できますが……何を占ってほしいのですか?」

「そうですねぇ。例えば、これからのあいつの今後とか」


 意地悪そうに笑う安吾に、真弓は意味わからず首を縦に振る。太乙式の式盤を丁寧にしまったあと、真弓は六壬式の回転式の式盤を手にする。

 啄木のことをある程度聞いたあと、真弓は占い始めた。

 陰陽師は式占しきせんでも占うが、主に六壬式を使用する。真弓は式盤を利用して教わった通りに、啄木の今後を占っていく。

 携帯の写真に保存してある内容を引き出して調べ、更に式盤を操作していく。操作していく最中、真弓は啄木を思い浮かべた。医師と聞いて、想像に白衣姿の啄木の後ろ姿が現れた。


「……じゃあ、占っていきます……」


 想像の彼は勝手に振り返って真弓と目を合わせる。何かを悟り呆れた顔を啄木はすると、彼女に向かって手を伸ばした。


「……っ!?」


 真弓は驚いて占術をやめて、身後ろに下がる。安吾は「やば」と呟いた瞬間、ピキッと音がした。バキン、と。勢いよく音を立てて、式盤は真っ二つに割れた。勝手に式盤が割れた現象に真弓は目を疑う。


「……えっ……えええええぇぇっ!?」


 まさかの式盤が壊れた。真弓は下手な操作も衝撃を与える扱いをしていない。安吾はひきった笑みを浮かべた。


「あー、ヤバいですね」

「えっ、ちょ……えっ!? 今さっき、想像した啄木さんが勝手に振り返って……!」


 安吾は申し訳無さそうに頭を下げた。


「すみません。三善さん。どうやら、啄木に干渉を防がれたようです」


 干渉を防ぐと聞かされて、真弓は言葉を失う。占いの干渉を防ぐとは聞いたことないからだ。


「占いは判断や起こらざる未来を予測するもの。あいつは対象に思念を向けられたら弾き返す護符を持ち歩いているんです。三善さんならいけるかなぁーと思ったら駄目でしたね。啄木が帰ってきたら、僕が怒られますね……。よっと」


 安吾は近くにあるバッグと財布を手にした。


「……えっ? どこに行くのですか?」


 にこやかに顔を向ける。


「しばらく外に出て行きます。ご安心を、三善さんが悪くないと啄木は察するでしょうから! では、さらば!」


 安吾はドアを開けたまま、部屋を出る。残された真弓は玄関が閉じられた音を聞いた。

 バチンッと外から強い音が聞こえ、ものの数秒で玄関の開く音がした。

 玄関のドアは勢いよく閉じられる。

 投げ捨てる音に引きずる音。足音には圧が含まれていた。空いている部屋の入口から啄木が現れる。真弓を見て、啄木は申し訳無さそうに頭を下げた。


「三善さん。ただいま。それと、うちの相方がごめんな」

「……えっ、おかえり、なさい。……えっと、鷹坂さんは?」


 聞いた瞬間に啄木は引きずっていたものを見せる。首根っこを掴まれて、冷や汗を流している安吾がいた。頬には季節外れの紅葉が咲き乱れており、目が潤んでいた。


「あははっ……三善さん。ただいま……」


 挨拶をする相棒に啄木はにらむ。


「ただいまじゃない。お前、彼女に何式占しきせんさせてんだよ。本当の陰陽師の占いはまじもんな正確な未来を出すんだぞ。あんまり余計なものを調べさせるんじゃない。マンゴー」

「僕は菴羅あんまじゃあありません!」

「マンゴーの和名はあまり知られていないのだから、高度なツッコミはやめろ。バカ。彼女を利用して俺の占いをしようとするな。タンゴ」

「僕は安吾です! ……ですが、啄木。何か帰るの早くないですか……?」

「お前、引きこもり過ぎて、俺の勤務形態を忘れてない?」

「………………………………………………あっ!」


 思い出したらしく、安吾は開眼してはっとする。

 病院と医師と曜日によって異なる。ましてや啄木は今いる病院に長居するつもりはない。気付いた相棒の赤くなった頬を啄木は引っ張った。


「今回ばかりはお前のミスだ。この馬ンゴー!」

「いっ、イダダダァァァッ!?」


 更につねられて悲鳴を上げる。啄木は頬をつねるのをやめて相棒を解放した。頬を擦りながら、安吾は泣きそうである。更に赤くなった頬を見て、真弓はたしなめる。


「あ、あの……流石にビンタした場所をつねらなくても」


 啄木は安吾をにらみ付けた。


「三善さん。こいつは常習犯なんだよ。占いで俺の秘密を見ようとしたり、俺の水筒の中身を養命酒ようめいしゅにしようとしたり、おにぎりをウコンを粉末にしたものにしたり……まだまだある。

夏には背中から保冷剤を入れられて、誕生日には帰ってきた瞬間にパイをぶつけられたんだぞ? こんなのまだ序の口。しかも、家のシェアハウスにはあと問題児が二人ほどいて、そいつらが共謀してやらかすこともある。仕置すれば、しばらくは大人しくなるけどな」


 早口で相棒の所業を語る最中、怒りを隠せてない。相当やらかしているらしく、真弓は啄木に同情するしかなかった。


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