2 旅行のお知らせ

 京都駅前に冬弥の運転する車がつく。三人は車から降り、車の戸を閉じた。真弓は見慣れた京都タワーを見つめ、息をつく。離れるのは名残惜しいが、真弓は今のうちに今日の風景を目に焼き付けようと周囲を見つめた。

 車窓が開き、冬弥は三人に声をかける。


「三人とも、今日はおおきに」

「いえ、寧ろ詫びの品にお菓子を買ってもらって申し訳ないです」


 葛は苦笑して、手にしている袋を見る。啄木の分も入っており、冬弥曰く怪しんだ詫びとよろしくの意味合いを込めているとのこと。

 冬弥は首を横に振る。


「気にするなって。それよりも……革命派の残党に変な動きはないか?」


 聞かれ、重光は首を横に振り小声で離す。


「いや、ない。……というか、叔父さんこそ大丈夫なのか? 二重スパイなんて真似してるのに……」

「大丈夫だ。今、弱りきってる革命派にスパイを察せられる力なんてない。俺のいない間、大半の人間が何者かの襲撃で亡くなったり行方不明になったり……襲撃あとたたりのごとく事故で派の一部の人間が亡くなってるんだからな」


 話を聞いた葛と真弓は顔を見合わせる。


「……お兄ちゃん。あの事件はかなり衝撃だったよね」

「ああ、革命派とはいえど協会の運営を担ってた一人の幸徳井春重が失ったのは痛手だし、かなり騒ぎになってたもんな」


 三善兄妹は、革命派で起きた悲劇を耳にした日は覚えている。

 革命派──またを復権派はある存在の襲撃でなくなっていた。

 一部は首を切られ、一部は行方不明。一部は心臓発作で何人かが亡くなり、一部は不幸な事故で亡くなっている。その襲撃者は不明であり、一日で引き起こされた復権派の悲劇は退魔師の世界でもかなり衝撃となっている。噂では神に祟られたのだというが、陰陽師である彼らからしたら洒落にならない。

 冬弥は真剣に三人に離す。


「重光。葛くん、真弓ちゃん。もし革命派の残党を負うならば、名前を奪われていた少女を見つけ出せ。名取りの社で失った名前を取り戻したとしても、恐らくその少女はまだ器であり続けるようなんだ。……今でも残党はその少女を狙っている」

「名は?」


 重光は聞くと、冬弥はその少女の名を教える。


有里依乃ありさとよりの。この少女を見つけ次第、出来れば保護してほしい」


 名を聞き、重光は頷く。


「わかった。叔父さん。……あまり無理しないでくれよ」


 甥の優しい言葉に冬弥は微笑み、三善兄妹に朗らかに告げた。


「葛くん、真弓ちゃん。俺の甥っ子を頼むな!」

「叔父さん。いいから、じゃあな! 元気で!」


 顔を赤くする甥っ子に冬弥は笑いながら手を振り、車の窓が閉じられる。三人は冬弥の車を見えなくなるまで見送った。

 三人は駅に入り、券売機の前に立つ。重光は三人分の切符を買いに券売機に並び、葛はバス停の時間を調べようとスマホを出す。

 息をついていると、バッグから着信音が聞こえてくる。真弓は慌てて二折りの携帯を出すと、着信表示には『啄木さん』と乗っていた。真弓は表情を明るくさせて、二折り携帯を開いて耳に当てる。


「っもしもし、啄木さん?」


 喜色の表情を描いて、電話に出る。


《もしもし、真弓。元気か?》

「うん、元気! 用事も終わって、静岡に戻ってくるし、重光さんの叔父さんからお土産貰っちゃった。啄木さんの分もあるよ!」

《そうか。ありがとう。お疲れ様。ああ、そうだ。明後日から三日間、予定はないか?》

「予定……? 私はないけど、お兄ちゃんたちはあるかな? ちょっと聞いてみるね」


 電話を話し、券売機で切符を買い終えた重光と調べ終えた兄に声をかける。予定があるかどうかを聞いていると、重光は首を横に振り、葛は申し訳なさそうに謝ってくる。

 二人は社会人であり、仕事がある。学生である真弓は夏休みの真っ最中だ。返事を聞き、真弓は再度電話に出る。


「ごめんなさい。兄と重光さんは仕事があって無理みたいです」

《そうか。じゃあ、二人はまた別の機会に声をかけよう。実はその三日間で伊豆半島にあるホテルに泊まることになったんだ。海水浴もできるし美味しいご飯も食べれるし、温泉にも入れる。夏休みの宿題を持ってくれば、その宿題見てやることもできるけどどうだ?》

「……えっ!?」


 急なお誘いに、真弓は目を丸くした。動揺から首を左右に向けて、周囲を見る。

 泊まりで海水浴もあり、美味しいご飯も食べれて温泉もつく。豪華な待遇に困惑を示していると、背後から手を置かれる。

 振り返ってみると、兄の葛が優しく微笑んでいた。


「行って来い。真弓」

「……えっ、おにい」


 真弓はきょとんとしている。兄が優しく送り出してくれる言葉をくれる──。


《ちなみに、夏休み中、真弓の宿題を見てほしいと葛から頼まれていたから、今回誘ったのもある》


 かと思いきや、本当の理由を啄木から教えられた。真弓はあんぐりと口を開け、彼女の肩に置かれる手が強くなる。葛は笑顔であるが、ムカつきマークを浮かべているようにも見えた。


「今、夏休みの中盤だ。宿題。少しはやったかー?」

「えっ……あっ、あははっ……ぜんぜーん……」


 手つかずであり、妹は兄に空笑いする。電話からの啄木の溜息が聞こえてきた。妹のやってない宣言に、葛は低い声色で携帯に話しかけた。


「啄木さん。こってり絞ってやってください。これでもかときつく絞ってください」

《そのつもりだ。量によってはスパルタ度を決めようと思っていたところだ。……というか、わかったのが夏休みの終盤じゃなくてよかったな……》

「ええ、本当ですよ。ありがとうございます。では、啄木さん。妹をよろしくおねがいします」

《ああ、任された。一応、SNSやメールの方で必要なものを書いて送るよ。じゃあ、気をつけて帰ってこいよ》


 電話から聞こえる声は途切れる。真弓は涙目になって、携帯から耳を離す。兄を見ると、彼の背に般若が背負っているように見えた。


「真弓? 勉強、絶対にやれよ。絶対に、な? やれよ?」


 兄の怒気に妹は震える。

 彼女は小学生や中学生の頃から、葛と重光、または叔父の冬弥までも巻き込んで夏休みの宿題を手伝ってもらった前科がある。どれもが最終日前日という最悪な状態。葛も般若を背負うわけであった。






 シェアハウスのリビングにて。電話をしおえ、啄木はスマホを操作しメモで必要なものの下書きを打ち始める。終えたらコピペをし、三善兄妹に送信するつもりだ。

 リビングのソファには仲間がテレビを見ており、一人が啄木に声をかける。


「たくぼっくん。連絡し終えた?」


 ヘアバンドをした男性。隠神刑部いぬがみぎょうぶの半妖の寺尾茂吉である。話しかけられ、啄木は頷く。


「ああ、明日。真弓が土産を持ってくるだってさ」

「へぇ、本当に仲良くなったのか。啄木」

「疑心は完全には晴れてはないけど信頼はしてくれてる」


 スマホを手にして笑っていると、茂吉が指摘をする。


「それ、お前が辛いじゃん。信頼されてるけど、怪しまれてる。昔の思い人の妖怪が『変生の法』で人に転生して、お前と敵対する可能性がある。しかも、陰陽師と仲良くなっている」


 啄木が顔を向けると、彼は真顔であった。


「昔に言った事、もう一度言うよ。啄木。お前は何がしたいの?」


 茂吉に問われたことがある。

 啄木の目的はやや叶ってきているが、長期に渡る目的でもある。三人と交流をし、真弓と接し、啄木には色々と理解してきた。開いた古傷には再びかさぶたができて、癒えてきている。故に、躊躇ためらわず答えた。


「守りたい。あの日常を、あの空間を、あの時間を。彼女が大切だと思うもの、全てを」


 切なげに言うのではなく、力強く断言する。質問の答えを聞き、茂吉は口角を上げた。


「なんかくさい台詞だな」

「遠回りで難儀なんぎな誰かさんよりかはいいと思うが?」


 啄木から悪戯っ子のように微笑まれ、茂吉は目を見張ると不満げに顔をそらして黙る。茂吉の抱えていた問題を解決してから日が浅く、指摘されたくないのだ。

 勉強目的とはいえ、宿泊して観光もする。啄木はスマホを操作する指は軽やかだ。うきうきしながら、準備メモを作っていた。


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