🎐4−4章 半妖と少女の海の思い出

1 重光の伯父と父

「……兄貴。なんで重光たちにあないな仕事をよこした? あれは、個人で対応する問題やない。数十人でのチームで対応する任務や! あんたは自分の息子にあないな無茶な指名を寄越すんか!?」


 部屋の中で怒号が響き、机が強く叩かれる音が聞こえた。

 ここは京都のとある地区。そこの伝統のある屋敷の大きな居間では土御門冬弥が、兄である春章にクレームをつけていた。居間から少し離れた部屋では、重光と三善兄弟がいる。彼らがいるのは土御門重光の実家だ。

 居間からも響く声に重光は静かに茶を飲みながら、謝罪のジェスチャーをする。三善兄妹は気にしないと苦笑し、土御門の兄と弟の話を聞いていた。

 春章の声が不思議そうな声が聞こえた。


「私は重光の知り合いが実力者と聞いて指名した。現に、仕事はうまく行っただろう」

「……だとしても、やめろ。あいつが見極めができる仕事をさせたれ。

それに、重光から聞いたぞ。『建物の浄化を頼みたい。お前でもできる仕事だ』と言ってたそうやな。そう言葉巧みにあいつのコンプレックスを刺激させて指名を引き受けさした。そう感じるんやけど?」


 冬弥の問を彼の兄は受け流す。


「どう捉えても構わない」

「っ……あんた。自分の息子に変生の法を受けさせてへんのをまだ後悔してるやろ。

『変生の法を受けさせず、普通の人として生きさせたい』

生む前の重光の母親、兄貴の伴侶……俺たちの幼馴染唯華ゆいかの頼みで願いだってこと忘れてせへんよな?」

「忘れてはいない。だが、私の息子という立場でありながら、まだ実力が伴ってないのが気がかりなだけだ。もう成人しながらもまだろくに私と冬弥に並び立つような陰陽師になってへんとは……」


 冷徹な春章の言葉に、重光は目を丸くした。重光の父親は息子を自分の子として見ておらず、下の存在として見ている。聞いていた三善兄妹は言葉を失うと、だんっと強い音が響く。


「ええ加減にせえ! 前から言うてるやろ!?

兄貴でも言ってええいことと悪いことがある。重光に顔を合わしたら謝れ!」


 弟の言葉に、春章は呆れたようにため息をつく。


「なぜ、私が謝らなくてはならない」


 その一言でさらに怒号が響いた。


「っ……! いくら俺が兄貴に弟として可愛がられたとしても、俺は重光の叔父であいつの父親代わりの存在や。言うとくが、いつまでも俺は重光の味方や。俺は兄貴の味方とちがうし、味方はしいひん。今後の厳しい任務は俺と俺のつてが引き受ける。重光に引き受けさせんな!」


 勢いよく立ち上がり、冬弥が居間から退室する。


 ドタドタと廊下を歩く音は大きい。

 離れていても聞こえる会話。葛は気まずそうに湯呑のお茶を飲み、真弓は肩を縮こませる。重光はお茶菓子を食べ終えて二人に謝る。


「悪い。実家まで来たのに」

「いや……むしろ、実家に来たの、大丈夫か?」


 葛が心配そうに聞く。

 重光は父親との関係はよくなく、良い目で見られていない。変生の法を受けてない葛に対し、春章の当たりはきつくないがそっけないぐらいだ。重光は湯呑を手にし仕方なさそうにため息をつく。


「来とうなかった。けど、今回の件で叔父さんから呼ばれたなら行くしかあらへん。……今回の仕事の指名は俺の判断も悪かったけど、あのクソ親父も悪い。……ほんまの父親がおじさんだったら良かったのに」


 お茶を飲んでいると、部屋の前に誰かが通り過ぎていく。その足音の主は春章だ。春章を睨むように重光は襖の前を見つめる。その睨みを無視をし、春章は通り過ぎていく。

 しばらくして父親の重圧がなくなり、重光は睨むのをやめてため息をつく。真弓は悲しそう呟いた。


「……会長。重光さんを見ぃひんね」

「どーせ、俺は出来の悪い息子やさかいな。……俺を生んでくれた母さんに謝れ」


 苛立つ彼に三善兄妹は何も言えない。

 重光と三善兄妹は幼い頃からの付き合いがある。重光の叔父と三善兄妹の親が仲良かったからだ。会長である春章も良くしてくれたが、真弓だけが優遇されていた。真弓にとっても、兄だけが優遇されないのが不満があった。彼女は故郷といえど、京都から離れていたほうが楽である。

 すると、戸が勢いよく開く。そこには、血眼になって重光を凝視ぎょうしする彼の叔父の重光がいた。


「しげちゃんは出来悪ない!! しげちゃんは俺の甥っ子世界一ィィィィ!」

「実家といえど、大声やめろ!」


 ツッコミを入れる重光に、冬弥は泣きながら勢いよく抱きつき頬擦りをする。


「しげちゃん。かんにんえ~。ほんまは実家に来とうなかったやろうに。ほんまは兄貴に、クレームとしげちゃんの謝罪をしてもらおう思うとったのに失敗してかんにんなぁ。苦しめてごめんなぁ、しげちゃん」

「え、ええから。ええから叔父はん……はなれてぇ……」


 成人男性が涙目で頬擦りされながら謝罪をするおっさんの絵面はきつい。

 冬弥は離れ、ポケットからハンカチを出し、顔の醜態を拭う。拭い終えると、冬弥は三人に頭を下げた。


「本当に悪い。重光、葛くん、真弓ちゃん。実家に呼んで悪かった。あまり兄貴にいい印象ないのに、更に居心地悪くした。……俺が弟だからと聞くと慢心していたようだ。本当に申し訳ない」

「いえ、気になさらないでください。今回の件の丁幽さんの件は大変ではありましたが……その、俺達の知り合いのおかげで解決したわけですし」


 葛はいい、三人は複雑な感情を抱いていた。実際に解決したのは啄木でもあるからだ。彼がいなければ、問題解決に至らなかった。

 知り合いと聞き、冬弥は怪訝けげんそうに聞く。


「……ところで、その佐久山啄木くん? が、問題を解決したんだろう。本当にその彼を信用してええの……?」


 真弓は自信満々に頷く。


「大丈夫です。啄木さんは私達を何度も助けてくれました。私達の問題に深く関わろうとしているわけではありませんし、干渉する気もないようです」


 あとの二人は頷くが、冬弥は不安げに聞く。


「しげちゃんから見せてもらった名刺、名前や会社を見た。退魔師の界隈でも知っている人は知っていた。会社に行ってみて調べてみたら、実際にあったけど……本当に信じていいかがわからないぞ」


 騙されている可能性もあると言っているのであろう。冬弥の指摘に葛と重光は口をとじる。二人は僅かに疑心を抱いているが、真弓は首を横にふる。


「啄木さんは信頼できる人です。会長なんかよりも、とっても信用できます」


 といいきり、冬弥と重光は目を丸くした。少女の中では、助けてくれた啄木の恩と信頼が強かった。葛は慌て始め、真弓に注意をする。


「アホ。真弓。ここ、会長の実家だぞ……!」

「……っでも、お兄ちゃん。あんなふうに重光さんを悪く言わへんでも……!」

「……俺も同じこと思ってるけど、口に出すな」

「おにいだって、口に出してるよっ……!」


 三善兄妹が喧嘩する前に、重光が二人の肩に手をおいて喧嘩を制した。


「はい、そこまでな。怒ってくれるのは嬉しい。ありがとうな。けど、ここは実家だし、二人が使用人と親父の友人からけったいな目で見られたくない。……静かにしてくれ」


 感謝と注意を受け、二人は黙る。納得いかないのは叔父の冬弥も同じであり、苦笑を浮かべた。


「申し訳ない。うん、けど、真弓ちゃんが言うなら、その佐久山啄木さんは本当に大丈夫だろう。……けど、信頼も信用ない兄の代わりに謝るよ。悪かった」


 頭を下げる冬弥に、三人は慌てた。


「そんな、冬弥さんが謝らないでください。ねっ、お兄ちゃん!」

「そうです。冬弥さんが謝らなくてもいいです! な、重光!」

「あのクソ親父。やっぱ、しばく」


 青筋立てて拳を鳴らす重光。静かにキレている。

 叔父に頭を下げさせたのが許せないらしい。立ち上がろうとする重光に、三善兄妹は「それは、あかん!」と声を上げて身を押さえた。自分のために怒ってくれる甥っ子に対し、冬弥は複雑に笑って鎮めに入った。




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