8 紫陽花の少女と隠神刑部の関係

 学校関係者として、茂吉は学校に入る。保健室の先生に直文が掛け合って茂吉を入れてくれた。

 澄がいなくて一部が騒いだ。一目のつかない場所で倒れていたと直文が職員に話して誤魔化した。体調が悪く、疲れも相まって倒れたのだと判断して澄が所属する部活の先生にも声をかけてる。

 状況を直文が落ち着かせている間、茂吉は近くの椅子に座っている。履き替えたスリッパでかつかつと足音を鳴らす。保健室に先生は別の用事でいない。

 ベッドに寝かせた澄を見ながら茂吉は息を吐く。保健室の戸が空いて、人が入る。彼は此処に来るのが誰なのかは、予想がついていた。いつものように明るく笑って挨拶をした。


「やっ☆ はなびちゃん、田中ちゃん! どうも寺尾茂吉くんだよー♪」


 茂吉の挨拶に、依乃と奈央は複雑そうな顔をする。その顔を見て彼はきょとんとした。


「あれれ? なんか、元気なさそうだぞー?

これは、お歌のお兄さんのように元気よく挨拶し直さないといけないかな?」

「そうではありません」


 依乃の真剣な声が響く。二人は茂吉の目の前に来た。


「寺尾さん。貴方は昔の澄先輩を知っているのですよね?」


 予想外の質問に茂吉は目を見張って黙る。

 茂吉と澄がどんな間柄なのか、知らないと言えない質問だ。

 奈央は過去で会ったとはいえ、顔までは見えていない。あの時の彼女も変化をして、ある程度誤魔化せていたはずだ。どう答えようかあぐねるが、依乃と奈央は既に仲間だ。不誠実な対応はしてはならないだろう。

 仕方がないと溜息をついて、二人の顔を見た。


「……答える前に質問。君達、俺と彼女の関係を知ってて聞いているんだよね。誰から聞いたの?」

「八一さんです」


 奈央が素直に答える。

 茂吉は自身の失態に頭を掻いた。不自然な記憶が記憶の消し方をすれば、身近にいる仲間に聞くのは当然だ。自分だけを忘れるように仕向けたのは失敗だと茂吉は再び息を吐く。彼女達に非はなく、誤魔化しても意味はないと悟り、茂吉は素直に打ち明ける。


「そうだよ。俺は昔の彼女を知っている。……知っての通り、恋人同士だったからね」


 言いにくそうに依乃の質問に答えた。

 本当なのだと、二人は改めて実感した。先輩の澄は組織の一員であり元半妖。茂吉の恋人であった。しかし、二人にはまだ疑問がある。恋人同士であるならば、何故記憶を消す必要があるのか。親しいならば、消さなくてもいいはずだと。

 真実を聞こうとすると無事ではすまない。八一からの言葉を思い出しつつ、注意をしながら奈央は茂吉に聞いた。


「……なんで、澄先輩の記憶を消す必要があるのですか?」


 核心を突く質問だ。無邪気な微笑みを浮かべて、茂吉は二人に答えた。


「だって、昔の彼女は俺が殺したんだもん♪」


 二人は言葉を失い、時を忘れた。

 彼の一言で過去で何が起きたのか、わからない。だが、茂吉の思い出させたくない気持ちがわかる気がした。

 向日葵の少女は深く聞こうと口を開きかけた瞬間、多くの針が周囲を囲っているように感じる。依乃も感じたらしく、茂吉を見る。笑みを保ったまま、笑ってない両目は二人の少女を映す。


「これ以上、聞かないでほしいなぁー♫

それに、彼女に俺を思い出させる真似をしたら殺すよ?」


 殺気。対峙して依乃は八一の言葉を理解する。

 茂吉は絶対に思い出させたくないのだ。直文と側にいてほしいと頼んできた彼が、殺気を向けるほどに思い出させたくない理由がある。花火の少女は理解して頷く。


「……わかりました。これ以上は聞きません」

「はなびちゃん!?」


 驚く友人に依乃は真剣に話す。


「奈央ちゃん。寺尾さんは、本当に澄先輩を思って言っているんだよ。嘘じゃないよ」

「でも……」


 不満げな彼女に茂吉を見る。彼は満足そうに笑って頷いていた。


「ありがとう。賢い子は好感があるよ。あっ、これ乙女ゲーじゃあ好感度が上がったかな。じゃあね♪ 俺、もう行くからねー♪」


 ふざけながら立ち上がって、二人に手を振った。ゆっくりと戸が開いて閉ざされていく。

 タイミングを見計らっていたのか、澄は目を開けた。ゆっくりと起き上がる音に気付いて、奈央が振り向いて駆け寄った。


「先輩っ!」

「……あれ? 奈央、はなび……?」


 彼女は周囲を見回して、目を丸くしていく。


「……えっ、あれ? えっ!? なんで、私は保健室にいるんだ!?

確か、お手洗いに行って、用事があって外に出たのはわかるんだけど……」


 雲鏡外うんきょうがいについても、茂吉に助けられた出来事も忘れている。昔の澄を殺したから記憶を消した。殺した理由がわからない。茂吉が澄を大切に思っているの嘘ではない。二人の間に何かあったのは間違いないのだ。

 先輩の忘れている様子を見て、奈央は拳を握る。


「……こんなの……こんなのないよ……!」


 記憶を忘れている間のもどかしく辛い気持ちを、奈央はよく知っているからだ。後輩が悲しいかとをしていると気付いて、澄は優しく声をかけた。


「奈央、どうした? ……何か、嫌なことがあったのかい?」

「……っ~! 先輩はどうしてそう優しいのですかぁ……!」

「えっ? 奈央、本当にどう……わっ」


 涙目で飛びつく奈央を彼女は受け止める。依乃は恐る恐る聞いた。


「……先輩、大丈夫ですか? 何処か痛いところはありませんか……?」

「……痛いところかい?」


 聞かれて澄は考えるが、すぐに首を横に振る。


「いいや、ないよ」

「……なら、良かったです」


 ほっと依乃は胸を撫で下ろすが、澄はボロっと涙を流した。それに気付いた二人は息を呑む。自分が泣き出していると、彼女は気付いて自身の目のふちを触る。その手も震えており、体が震えていると理解して澄は空笑いをする。


「あれ……? ……あっ、ははっ、あれ、なんで? なんで、震えてる?

なんで……涙が出るんだ……?」


 わからないまま、彼女は涙を流した自身で体を抱きしめた。奈央は何も言えず、彼女を抱きしめる。依乃は目を伏せて、切なげに沈黙をした。



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