9 ep 守らなければならぬ

 保健室の前で気配を潜めて、狸の彼は彼女達の会話を聞いていた。澄に打ち明ける様子はないとホッとし、廊下を歩いて保健室前を去る。事務室へと向かう。入校許可証を返すためだ。関係者といえど、澄に関わる必要はない。事務室でネームプレートを返して、玄関からくつを履き替えた。外を出て背伸びをして校門に向かう。

 近くに知り合いがいて彼は笑う。


「あっ、やっほー、文田先生。いや、なおくんだね! 見送りかな? わざわざありがとー☆」

「打ち明けた場合、依乃達を殺そうと考えただろう」


 聞かれて、茂吉は黙って瞬きをした。

 この場に人がいないのが救いであった。茂吉は笑みを保ったまま笑わない瞳の奥に刃を研ぎ、直文は動じずに無表情で淡々と対峙していた。この場に普通の人間が通ろうとは思わない。狸の彼ははぁと息を吐いて頭を掻く。


「もー心配性だなぁ。なおくんは。有里ちゃんたちをそんなことするわけ無いだろー?」

「今は、だろ? 打ち明けた場合、相応の処遇をするつもりなんだろう」

「ひゅー☆ 流石、なおくん。わかってるー☆」

「彼女達は普通の人間で仲間だ。やめろ」


 直文の忠告に茂吉はニンマリと微笑み。


「──神すらも受け入れる器と狐憑きが普通の人間とカテゴリーされるのかい? なおくん」


 瞬間、周囲の空気が更に冷ややかとなる。直文は依乃を普通の人間として生きさせたい故に、彼の言葉は地雷であった。

 直文は眉間にしわを寄せ、一歩踏み出そうとすると。


「イラついているからって明らかな挑発やめろ、茂吉。直文も怒りを抑えろ。彼女達が普通じゃなくなったから、私達が保護したんだろう」


 校門の方から声が聞こえ、二人は顔を向けた。校門の近くにバイクが停めてある。バイクに寄りかかったライダースーツの男性が二人を険しい顔でみていた。

 八一だ。校門を軽々と越えて、二人の近くに来る。八一がいるとは思わなかったのだろう。二人は驚いており、茂吉は思わず尋ねてしまった。


「八一。なんでここに」

「高島澄がさらわれたと情報が流れて、嫌な予感がしたから。まあ茂吉がここにいるってことは、彼女は助かったんだろう。……それに、私にも打ち明けた責任があるからここに来たんだよ」


 八一は二人の間に入り、茂吉と話す。


「狸側の状況は本部の情報網で知った。だからこそ、落ち着け。状況が状況だからイラつくのもわかるけど、殺そうと思うのは過剰だぞ。茂吉」


 冷静な声に直文の怒りも治まっていく。茂吉の方はまだ落ち着いてはないが、八一が彼に水を掛ける発言をした。


「高島澄……澄ちゃんの後輩が人知れずに死んだとしたら、誰よりも先輩である彼女が悲しむ。それに、私達はお前を敵と認定したくない」


 茂吉は目を大きく見開いて真顔となる。だいぶ効いたらしく息を吐いて、殺気を解いた。切なげに笑って二人に謝る。


「……そうだね。うん、俺が馬鹿だった。ごめん。八一、直文もごめん」

「……茂吉。お前……」


 茂吉は直文の肩に手をおいて、背中を向けて去る。彼は小さく言霊を呟き、風景に溶けて消えた。




 ゆっくりとコンクリートの地面に茂吉は降り立つ。ヘリポートのあるビルの上にいる。葵タワーと呼ばれる場所で転移の印をつけておいた。全方位から静岡市しずおかしの町並みが見え、彼はため息をつく。

 八一の指摘は正しい。直文の気持ちは間違ってはない。依乃と奈央を本当に殺したいわけではない。彼女達に発した言葉は半分本当だとしても半分は脅しだ。目を閉じて、彼は空を見る。青空は見えるものの、雲が空を覆い尽くそうとしている。

 彼は目を閉じて、彼女の姿を思い出し願う。


 怯えて、嫌悪する姿。自分に向けてくれればいい。ただあの子が人として幸せになればいいと。


 目を開けて駅を見ると、駅の駐車に数台の黒い車が見えた。鏡の中の学校で見た男たち──だけではなく、見知らぬ人間もいた。中には狸だけではなく、普通の人間もいる。高久が裏稼業の人間とつるんでいた噂は流れては来ていたが、本当らしい。


「──高久のやつ……まだ諦めてなかったか……」


 彼は舌打ちをして見続ける。茂吉は気づいていなかった。彼の影がいびつな笑みを浮かべていると。





 茂吉と一触即発いっしょくそくはつになりそうになったあと。八一に直文から感謝の言葉がかかる。


「ありがとう。八一。助かった」

「気にするな気にするな。お互い様だ」


 軽く返すが、急いで来てくれたのは間違いない。直文は真剣な顔をする。


「……だが、今後は茂吉の動向を見守ったほうがいい。今回の件であいつは余計に心を乱している。……何をしでかすかわからないぞ」


 澄に関して、危うさを見せ始めているのだ。直文に頷き、頭を掻く。


「だな。俺と啄木も手が空いてるからできるけど……これ以上悪い転がらないでほしいよな」


 茂吉の今後を彼は心配をする。

 直文は長年相方をしており、八一と啄木と仲はいい。三人は茂吉と澄の間に何があったのかを知る。上司の方からも命令で茂吉の様子を見守るように言われた。狸の件がなければ、茂吉と引き合わせてある程度話させるつもりであった。タイミングが悪かったのもあり、申し訳なく八一は直文に話す。


「悪い。私がもう少し気を回していればよかった」

「ううん、八一は悪くないよ。……ただ、今回はタイミングが悪すぎた」


 色々とタイミングが悪すぎた。

 隠神刑部いぬがみぎょうぶ眷属けんぞくの一人である狸が独断で金長狸きんちょうたぬきの半妖を狙う。狙われている澄は己が組織の半妖だと思い出すことはない。茂吉は澄にその記憶を思い出させたくはない。半妖の組織については上位の眷属けんぞくの一部しか知らず、高久のような下は知らない。

 間違いなく組織について教えた外的要因が関わっているはずだ。追う任務を元々請け負っているはずの茂吉は心を乱している。彼が会合に潜入した任務は、元々外的要因の尻尾を掴むためだ。

 険しい顔をして直文は息を吐く。


「……なんだろうな。あまりいい予感がしない」


 八一は黙って頷いた。




🌧️ 🌧️ 🌧️


お読みいただき、ありがとうございます。

楽しかった。面白かった。応援したい。

と本作を少しでも気に入って頂けましたら、作品のフォローと星入力による評価をしていただけると幸いです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る