1 本格的な夏の始まり
じーっと、蝉が鳴く。昔に比べて少ないのは気の所為ではない。年々蝉が減少していくが、日本の暑さは増している。
2011年7月下旬。梅雨は過ぎたが、じめじめの時期は終わらない。
多くの人が汗を流して働く。そして、この時期はこんちには台風シーズン。日本列島に台風一家ならぬ、多くの台風が一過していく。
既に学生の服に切り替わっており、6月の熱くなった頃だろうにはプール開きが行われただろう。泳ぎが好きな子には天国、苦手な子には地獄だ。体育の授業が行われる期間、ある少女にとっては再び地獄が訪れてその地獄を乗り越えた。
廊下で澄と依乃は、真っ白になって壁に寄りかかっている奈央を見た。立てかけらた板のように寄りかかっており、二人の苦笑を誘う。奈央は喋らず、白い魂を口から吐き出しているように見えた。
後輩の燃え尽き加減に、澄はもう一人の後輩に聞く。
「ねぇ、はなび。奈央の燃え尽き加減が前より酷いんだけど……」
「期末テストに向けて、だいぶ稲内さんにしごかれて……いえ、今回ばかりは奈央ちゃんの自業自得というか……」
依乃は詳細を話した。
今回行われた期末テストに向けて、奈央はしごいてもらうように八一がドン引くほどのスライディング土下座をして頼み込んだらしい。
スパルタとなった理由は、今回の向日葵少女の苦手分野が、教科書での難しい部分であったからだ。理数英が難しい問題に重なったのもあり、見事な山場。現在、奈央が真っ白なのは九死に一生スペシャルを行ってきた所作である。
運動部であり勉強する時間も少なく、疲れもあって勉強に取り組む姿勢にならなかった。が、八一の愛の鞭で勉強をさせられた。彼女が八一に勉強で扱かれたことによってら学力テストや小テストに良い結果出ている。
奈央の親からも八一は信頼されて、勉強を見るのを任されていた。奈央は気力を取り戻したのか、ゆっくりと姿勢を正しし涙目で二人に向く。
「はなびちゃん……先輩……私……私上半期乗り越えたよぉぉ──っ!」
わんわんと泣いて、奈央は二人に抱きつく。校風は緩いとはいえ、三人の通う学校はかなり勉強ができる。置いてかれても面倒は見てくれるが、奈央は置いていかれてくない故に頑張って走っている。抱き着かれて、澄は優しく頭を撫でた。
「よしよし、奈央。よく頑張った」
依乃も奈央の背中を軽く叩く。
「奈央ちゃんは頑張ったよ。すっごく良くできました」
褒められて、奈央は涙を拭いて頷く。
「ううっ、先輩。はなびちゃん、ありがとう……」
奈央は二人から離れて、二人に顔を向ける。
「ねぇ、二人ともどうだった? 先輩は大丈夫でした?」
依乃は苦笑をする。
「今回の数学は難しかったから……平均点を超えててもそう高くないかも。先輩はどうでした?」
「あはは、私は社会かな。法律系の文面がややこしくて……今回もできるかどうかも不安だよ」
答える澄に、奈央は不思議そうに聞く。
「澄先輩。文系ですよね? 将来何になりたいんでしたっけ」
「司法書士。国家資格だね。将来安定した職に付きたくて、こっちかなって。奈央はスポーツトレーナーだっけ?」
「はい! 走るのが好きなので、ジムで鍛えている人の手助けをしたいなって!
……っていっても、まず国家資格を取らないとならないので……苦手な分野を勉強勉強ですけど……」
苦笑したあと、奈央はにこやかに依乃に話しかける。
「はなびちゃんは言わずもがな! だよね!」
「うん、花火師! 女性の人でもなれているから……花火を自分の手で作ってみたいんだ」
「はなびちゃんは、その夢応援してくれる人。近くにいるもんね!」
「奈央ちゃんだって、稲内さんにお世話になってるくせにさ」
「それはそれ、これはこれ!」
それぞれの夢を口に出して、談笑をしている。
明るく話す二人を見て、澄は笑うのをやめた。二人は明確な夢を持っており、しっかりと足に地をつけてその道を歩んでいる。自分も持っているはずなのだがと澄は考えるが、二人の後輩の近くにいるある二人の存在に気付く。
久田直文と稲内八一。この二人の
「こういうのなんていうんだっけ……末永く爆発しろっていうんだっけ?
もう、幸せそうで何よりだよ!」
先輩から言われて嬉しそうに答えるかと思いきや、後輩達は少しだけ悲しそうに笑う。言われて照れるのかと彼女は予想していたが、予想外の反応に澄は目を丸くする。
全ての事情を知る二人してみれば、先輩である澄の精神状態を気にしてしまう。不安気に奈央は澄に聞く。
「……先輩は、幸せですか?」
「……えっ、急にどうしたんだい? 奈央」
「聞きたくなったのです。……先輩は今幸せですか?」
いつもの明るい後輩が真剣で切なげそうに聞く。普段を知る澄にとって、あまり見ない反応だ。心配になるが考える前に、先に澄は答える。
「ああ、日々が充実しているから幸せだよ。いい後輩に恵まれて、充実した学校生活に優しい家族。これ以上、幸せなことあるかい?」
衣食住も充実しており、これ以上何を望めというのか。澄は、この先の夢は自分で見つけるつもりだ。笑顔で答えて見せて、奈央はより苦しげな顔をした。何かあったのだろうかと聞く前に、依乃が話し出す。
「先輩の言う通りですね。今が幸せです」
「あ、ああ……」
依乃に遮られた。澄は聞かない方がいいと察して、それ以上聞かない。
三人は別々の部活にいく。
演劇部の澄はいつものように発声練習と筋トレ。次の演劇の練習をしつつ、少ない部員と共に改善点を話す。部活を取り組んでいるうちに、休憩に入る。
劇の役の配置とセリフを確認しているうちに、澄は窓から空を見る。白い雲が夕日の光に染められており、空の色も青から橙色へと変わっていく。
日がくれつつあり、もう陸上部と化学部の方は部活が終わっている頃だろうと考えた。澄は後輩の質問を思い出す。幸せかどうか。考えようとする前に、心の何処かで欠けている物を感じた。空白とも言える心の穴だ。
澄の頬に雫が伝い、気付いて頬に触れる。
「──あれ?」
手が濡れていた。目頭が熱くなっており、何度か雫が肌に伝う。泣いているのだとすぐにわかって目を拭こうとするもまた出てくる。澄は胸を両手で掴んでしゃがむ。
「……前にも感じていたけど……この空白は……穴は……寂しさは……何なんだ……」
顔を俯かせて、抱いている疑問を吐き出してボロボロと流していた。
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