8 狸の化かしあい

 茂吉は車を走らせ、浜名湖大橋を渡ろうとしていく。その時、遠くに空から一人の大男が降り立つ。筋肉隆々としている大男であるが、見かけだけのハリボテであると茂吉は見抜く。

 彼は不敵に微笑み、ゴミを助手席に置く。シートベルトを外して半ドアにしておく。

 ギアを操作して、アクセルを強く踏み出した。車は勢いよく進み速度は限界にまで達する。茂吉はすぐにドアを開けて車から飛び降りた。

 一人の大男にめがけて車はツッコみ、爆発する。事前に爆弾を仕込んでおいたようだ。茂吉は道路に着地をするが、飛び出した勢いを利用して飛び上がる。軽やかに新体操の技を決めて、蛍光灯の上へと乗ってみせた。


「寺尾茂吉。十点! なぁんちゃって」


 楽しそうに笑い、蛍光灯から飛び降りて着地した。車は燃えており、大きな男の姿はない。元の姿に戻り、共に焼けている。並走して飛んてきた鳥は、道路に降り立ち姿を変えた。

 狸の姿をしたスーツの獣人が降りてくる。茂吉の姿を見て目を丸くし、間抜けた顔になる。


[お前……]


 人形ではない血の繋がった兄弟高久に、茂吉は無邪気に滑稽な自己紹介をし始めた。


「やぁ、元気そうだね。中兄さん! 俺だよ、俺。あの時の会合であんたを家に帰した末の末っ子の弟だよ☆ ハジメマシテー♪ かわいいかわいい弟の寺尾茂吉だよー☆ 他の仲間さんと、他の身内さんにもハジメマシテー☆ 俺と中兄さん、同類だから仲良くしよーね♡」


 わざとらしく煽り立てて、酔狂言すいきょうげんな男を演じて見せる。

 高久は苛立ちを見せ、茂吉を指差し否定する。


[ありえない。ありえねぇぞ! こんな男が、末の弟だと!? 半分は人の血を引いている穢れた存在じゃねぇかっ! そんなのに……俺は押さえつけられて……!]

「ええ、否定するの……? ちゅー兄さん。俺、折角の兄弟水入らずの話をしたかったのにこーんなにずらりと悪い奴らと他の身内を連れてきてさ。

しかも、俺の大切な女の子を狙ってきて……酷いよ。俺が一人残らず始末しちゃったけどさ。こんなのってないよ。ううっ、俺悲しい。しくしく」


 わざとらしく泣き真似をしてみせ、今までしてきた妨害を白状する。白状された内容に高久の顔にはいくつかの青筋ができている。


[……とおるという女が捕まらないのは……お前が……お前が今まで邪魔じゃまをしてきたからかっ!?]


 泣く演技をやめて、茂吉は黙って微笑む。何も答えぬが高久は肯定と受け取り、苛立ちを見せ始める。


[この……野郎……! お前らっ、こいつを始末するぞ!]


 彼の声に反応して空の鳥は彼の周囲に降り立ち、本性を現した。狸の獣人がそれぞれ銃や刀などを手にしている。複数人の人数に囲まれている一人だけの茂吉の姿を見つめ、高久は嘲笑あざわらう。


[はっはっ! こちらは十二人。たかが一人で、俺達一人で勝てると思っているのか。さあ、やれっ!]

 

 狸たちは駆け出す。

 馬鹿にされているのを茂吉は無視をし、笑顔を消す。ふぅと深呼吸をして拳を作って足を広げる。彼は目を瞑り、雰囲気を張り詰めた。

 相手は変わった雰囲気に気付くのは、近づいた瞬間だ。彼は目を開け、目に見えない勢いで片足を前に踏み出し固いコンクリートに足跡をつける。コンクリートに複数のヒビが入っていく。襲いかかろうとした狸たちの足場が傾いていった。

 

[っわっ……なっ!?]


 茂吉の目の前で狸たちは傾いて落ち行く足場から逃げようとする。道路にしがみつくもの、何とか逃げ切ったものに、湖に落ちていく一部の狸もいた。

 助かる見込みはない。


風刃ふうじん


 言霊と共に茂吉は指を鳴らすと、その場にいる者たちの髪と服が荒れるほど強い風が吹く。


[ぎっ!]

[がっ!?]

 

 落ちていく狸たちが見えない何かに切りつけられており、多くの血を流しながら湖へと落ちていく。黄泉比良坂よもつひらさかの湖へと落ちて無事なわけない。湖に溺れる狸を狙う一つの大きな魚影があり、浮ぼうとしている狸を引きずり込んだ。そのまま上がってこない。

 茂吉を襲おうとしたほとんどの狸は、半分ほど減る。

 息をついて、茂吉はにこやかに口を動かす。


「ここが、黄泉比良坂よもつひらさかで良かったよ。人の世界だと器物損害になるし、ここだとある程度は影響でない。俺、凄いでしょう。人の姿でこれだけの力を出せるんだよ。変化したらもっと力出るけど、俺より上の上はいるからあんまり自慢できないんだけどねぇー」


 変化して狸の耳と尾を見せて、服装も戦闘用に変える。笑みは保ったまま、彼は笑ってない目で無邪気に訪ねた。


「ねっねっ、一つ聞いていい? お前達はとおるって女の子の存在を誰から聞いた? 悪路王って奴から?」


 彼の質問に高久は驚く。


[……そうだ、あのお方から聞いた。何故、お前があの方を知っている……?]

「こっちから遭遇してきたんだよー♪ どこであったのさ☆」

[そこまで教えると?]


 茂吉は手に斧を収める。


「教えてくれるとは思ってないさ。ただ、利用されてんのが哀れだなぁって思っただけ」

[はっ? 利用だと……──っ!]


 高久が目を見張る。

 相手は明らかに悪路王に利用されていた。それを高久は気付かなかった。背後に茂吉が立っており、高久の目線の先にはいない。笑みを深くして茂吉は口を動かす。


「まあどうでもいい。俺はただ殺るだけだから」


 駆け出して、残っている狸達の胴体の半分に断ち切っていく。綺麗な断面が見えるほど、すっぱりと切れて地面に倒れていく。狸たちは何が起きたのか、理解できていない。高久は振り向くと茂吉は斧を振るって、刃先を近付けた。

 斧の一振りを高久は食らったが、高久の体は木の葉へと変化していく。茂吉はすぐに木の葉を斧で振り払う。コートの裏についている手斧を手にして、振り返り様に投げつける。


[っ!]


 背後に現れて高久は顔を横にずらして避ける。

 瞬時に足を地につけ直し高久は茂吉の顔にめがけて、勢いよく拳を向ける。茂吉は空いている片手を広げて、拳を受け止め掴む。軽々と高久を持ち上げて、湖へと投げ飛ばした。高久は湖に投げ飛ばされる前に、鳥へと変化して翼をはためかせて空へと逃げる。

 

 圧倒的な力の差に高久は逃げ出そうとしていた。高を括り、痛い目を見たからだ。


 無様な逃げる姿に茂吉は笑うのをやめ、斧を強くに握る。


 逃がすつもりはない。茂吉は何かを呟くと橋から飛び降りる。ぱしゃんと浅い水溜りの足を入れる音がした。茂吉は容易に海の上を走っていく。


 彼は鳥を追いながら昔を思い出す。まだ組織に属していたとおるが幼い頃。何も知らない無邪気な笑顔で、好奇心のまま飛んでいる鳥を追いかけていた。

 ほんのつかの間だが笑う。あの頃は楽しくも、心穏やかであったと。

 走っているうちに、高久は陸地へと辿り着きそうになる。視界を遮られる前に、茂吉は手斧を掴んで狙いを定めて勢いよく投げつけた。手斧は正確に空を飛ぶ鳥に当たっていく。


[ぎぃあ!?]


 変化した高久は斧にささり、変化が解かれて本性を表す。高久は陸地へと落ちていく。落下地点は浜松のガーデンパーク近くにあるホテルのゴルフ場だ。茂吉は走る速度を上げて陸地へと飛び上がった。

 ゴルフ場に入ると、遠くに一人の男が高久の首を軽々と掴んでいる。その姿を目撃して茂吉は一瞬だけ目を見開き、目つきを鋭くして身構える。

 角は生やしてはない完全な人の姿。格好はダンディな服装へと変化していた。高久は苦しげな表情である。血を浴びて意識が曖昧だったとはいえ、茂吉ははっきりとその相手を覚えていた。相手は格好がダサいと言われ、格好を直したのだろう。

 茂吉は険しい顔をしながら男に近付いていく。近づいたのに彼の存在に気付いて、男は顔を向けて明るく笑う。


「おお、狸くん。あのときは良くもやってくれたな!」

「……悪路王」


 火傷や斧でやられた様子はない。悪路王は高久の首を片手で掴んで軽々と持ち上げていた。



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