7 思いのままに
澄は体を震わせ、血色を悪くした。
生きてきた誰かの日常を奪う、もしくは壊す。自分の誇れる誰かの功績を汚し、その誰かの悪評を広めること。人を苦しめ、人が死ぬ。澄にとっての本当に怖いものは、誰しもが普通に怖いもの。平気で出来る人間は、もはや人の姿をした何かだ。
駅員は気遣いながら話を続けた。
「自分の意志でやったわけではないが、やってしまった真実は消えない。今のそなたがやってないとしても思い出してしまえば、そなたはそれを責めるだろう」
澄は驚愕をする。
「……私が、それを、知らないところで……してしまっていた……っ?」
何処かの知らない時間で、澄は誰かを不幸にさせていた。
鬼仮面は何も言わない。組織からすれば肯定ともとれる言葉が出るだろうが、人からは否定な言葉が出る。現に彼女達の後輩は否定をしたくて堪らなかった。
顔色を悪くし、澄は身を縮こませて自分を抱き締める。
「だとしたら……私は……罰を……受けないと……裁かれないと……いけないじゃないかっ……」
「だが、そなたをそう苦しませない為に、そなたの記憶を消した者がいる」
彼女は驚いて顔を上げた。
鬼仮面の駅員は見てきたかのように語る。
「自分で自分を罰せぬように、自ら苦しい道に進まぬように、そなたの辛い記憶を思い出させぬように、あえて嫌われようとしてそなたを遠ざけようとしている。全ては高島澄という存在を普通の人として生きさせたいからだ」
「……私を普通の人として……?」
呆然と呟く澄に、駅員は頷いた。
「そうだとも。あやつの願いはそなたがただ人の日常の中で生きて笑っていてほしい。これだけなのだ。人としてそなたが死んだ場合、あやつは完全に消滅をし、そなたの次の人生の幸せを確約する契約をした」
絵空事とも言える内容を聞かされて、澄は声を発しなくなる。彼女が驚いたのは、絵空事といえど、駅員の話す内容をすんなりと受け入れられたことだ。彼女は目線をそらして、自分自身の手を悲しげに見た。
「……やっぱり、私は普通じゃなかったんだね……」
澄は薄々と自分が普通でないと気付いていた。ここまで来てやっと確信を得るが、得るだけで状況の解決に至らない。
駅員は冷徹に話す。
「それを自覚しても、そなたを想う者は止まらない。ならば、どうする?
そなたにとって、あやつは知らない人だ。気持ち悪いと思っていい、無視してもいい。逃げてもいい。嫌ってもいい。そなたがどう思おうとも、あやつはそなたの幸せだけを願う。
「……………………………………………………私は」
試練を与えるかのように聞かれ、腕を強く掴む。思う人の願いを潰すと言われるが、今の澄からしてみると思いやりではない。顔を上げて涙目になりながらも、身に抱える答えを述べた。
「私は、押し付けられているような気がします。……気持ちはわかります。気持ちは嬉しいです。でも、でも……! 私はその人に消えてほしいなんて思ってもない。自己犠牲も望んでない……!」
澄は自分が苦しむより、大切な人が苦しむ方が嫌だった。空白を抱えるよりも埋めたかった。ここで、誰かが自分の為に自己犠牲になっていると知ってしまった。彼女は犠牲をやめさせたい。
腕を掴むのをやめ、澄は思いのまま言い放つ。
「……私の抱えるべき苦しみは、私も抱えるべきだ。その人ばかりに背負わせていられない。思い出す云々の前に、私はその人に文句を言いにその電車に乗ります」
紫陽花の少女は潤んだ瞳で宣言した。
「……あっはっはっ!」
宣言を聞き、仮面の駅員は高らかに笑い始める。
「そうだ、そうだ! いいぞ、澄ちゃん。どうせならストレートも一発入れてこい!」
「えっ、あの、ストレートは……やりすぎじゃあ……」
「何をいうか! そなたの本心をあやつはちゃんと理解せずに行動しているのだぞ。あの捻くれ坊やをガツンッとやってこい!」
明るい駅員に澄は戸惑うが、背中を押されているのは間違いない。
「ありがとうございます!」
彼女は駅員に一礼をしたあと、駅のホームの入口へ向かう。澄は名を知っていることは気になったが、気にかけている余裕はなかった。
駅のホームに出ると、近くに二両編成の電車が扉を開けて彼女を入るのを待っていた。
見た目はステンレス製の現代してはありふれた電車だ。考えるより早く彼女は電車に乗る。アナウンスが響く。
【扉が閉まります。ご注意ください】
先程の駅員の声が響き、扉が閉まっていく。内装は普通の列車と変わらない。列車が動く前に彼女は
電車が動いていく。
列車の奥を見ると、トンネルがある。きさらぎ駅の話を乗っ取るとなると、
【
車掌もおらず、運転手もいない中電車が勝手に移動し始めていた。自動操縦は近未来であろうが、少女のいる場所はきさらぎ駅であり完全にオカルト。
澄は不可思議な現象を恐れず、静かに車窓を見ていた。
遠くに光が見えトンネルの出口が見えてくる。眩い光の中に突っ込み、澄は目を瞑った。
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