6 紫陽花の少女の選択
駅の前で陰陽師三人を見て、澄は訪ねた。
「たぬきって……どういうことですか? ……私を狙っているのは、化け狸なのですか?」
真弓はしまったと表情に出して、あとの二人は深くため息をついて呆れた。話してはならない事項だったのだろう。また化け狸と口に出している時点で、澄は事態の異様さに気付いている。
しばらく黙っていると葛は頷いて、打ち明けた。
「そうです。化け狸が貴方を狙っている」
「おい、葛っ!? 言っていいのかよ!?」
重光の非難に彼は険しい表情で話す。
「当然だ。……考えても見ろ。重光、可笑しくないか? 俺達を化かし、この子を安全に送るように差し向ける。あと、俺達にも関わらせない……いや、この子の安全を確保させたようにも思える。……あの重光を語った化け狸は、敵じゃないとしても味方でもない。
けど、やってることは
聞いて重光は口を閉じる。冷や汗を流して、二人の陰陽師は黙考し始める。澄も話を聞いて、顔を俯かせた。
彼の言っている内容に思い当たる
今までの一連の流れに、何度か抱く言葉にできない衝動。衝動が起きたあとに起きる空白の時間。何かを知っているはずなのに、話さぬ後輩の反応など。何者がから遠ざけようとする強い意志。それを、澄はここに来て強く感じてきていた。
葛は澄を恐る恐る尋ねる。
「……高島澄さん。貴方は本当に何者なのですか?」
その問に紫陽花の少女は胸を掴み、顔を上げて苦しげに息を吐く。
「……それは……それは私が一番聞きたいっ!」
苦しげでボロボロと流す涙を見て、三人は息を呑んだ。澄は両手で胸を掴みながら話す。
「なんで、覚えてないんだ! なんで、こうも悲しくなる時があるんだ!?
知らないのに、わからないのに……!! ねぇ、誰……? 私は……私を守ろうとする人は……誰なんだっ!?」
澄自身が覚えてなくても、体と心は覚えていた。ボロボロと流す涙を見て重光と葛は戸惑う。真弓は口を開こうとする前に、ビクッと震えて駅の方を見る。異様な気配に三人も気付いて振り返る。利用者が駅を出入りしているだけで、変わった部分はない。
「……今の……なに?」
真弓が呆然と呟き、澄は駅を見つめ続けてている。紫陽花の少女は直感が訴えるのか、無意識に呟く。
「……駅に入らないと……」
澄は駆け出した。
「っ! おい、やめろ。今の駅は異様だ!」
重光が制止を呼びかけるが、彼女は止まることはない。葛は舌打ちをして澄を追いかけた。澄は駅の中に入り、バッグからカードケースを出す。葛もちょうど居合わせており、改札を通ろうとする彼女を見て顔色を変える。
「やめろ!」
地面を勢いよく蹴って、葛は澄に手を伸ばしていく。しかし、彼女の方が早く改札にICカードが触れようとする。葛から見て、紫陽花の少女は消えていた。
しかし、澄からは見て周囲の風景がすぐに切り替わり、異なる場所にいた。
雰囲気も全く異なる。昭和初期を思わせる古い駅の改札口。駅の看板には『きさらぎ』と書かれていて、掲示板に張られているポスターは昭和前期のもの。中は昭和レトロの趣きがある駅だった。
改札口は昔ながらの手動であり、彼女は改札を抜ける前にすぐに立ち止まった。
「……えっ、ここ……」
きさらぎ駅と書かれた看板を見て、澄は目を丸くした。有名になったネットの怪談と言われる。だが、怪談と言われるほどにおどろおどろしい雰囲気はなく、中は清潔に保たれている。
事務室のカウンターから人が顔を出してくる。鬼仮面をした駅員の男だった。
澄はビクッとするが、相手は穏やかに声をかけてきた。
「おおっ、こんにちは」
「……えっ、あっ……はい……こんにちは」
挨拶されて、澄は頭を下げる。
「おいで」
鬼仮面の駅員は手招きをしてくる。澄は警戒心を顕にするが、男の手にしている二つ折りのゲームで一気に警戒心が薄れた。当時にしては最新の機種であり、画面はポケットなボールで魔物を捕まえるゲームだからだ。
きさらぎ駅の中でゲームをしているというかなりの大物だ。
恐る恐る彼女は鬼仮面駅員の前に来る。事務室にいる相手は、ゲームのレポートをして中断をした。彼女と向き合い、鬼仮面駅員は明るく笑う。
「いやはや、申し訳ない。つい厳選作業に夢中になってしまった」
「……ええっと、あの、ここは?」
「ああ、ここはきさらぎ駅だが、普通のきさらぎ駅よりここは特殊な場所なのだ。簡単に言うならば、三途の川現し世バージョンだな。拙僧はここの駅員をしているのだ」
簡単に場所と人物紹介を聞いた。
一人称が拙僧でゲームをしている鬼の仮面の駅員。濃い人物に澄は何も言えなくなる。事務室の中から見えるが、整えられているように見えてかなりゲームの機器がある。
使い込まれているゲーム機器も多いが、まだ使えそうなものが多い。鬼駅員はかなりのゲーマーらしい。
「……ゲーム、好きなのですか?」
「うむ、さいっこーに好きだ。拙僧、今配管工事の服を着たキャラがカートでレースするのにハマっていてな。妻も同じゲームが好きで、ゾンビ討伐ゲームを一緒にやるくらい好きだな。妻はアクション系が得意なのだ!」
自慢気に惚気も語られ、澄は
明らかに人間でないとわかっているが、あまりにも人間臭い。しかも、奥さんがいるらしく、所帯持ちで更に人間味が湧く。
彼女に鬼仮面の駅員は顔を見て話し出す。
「そなたがここに来たの、偶然では無い。拙僧は頼まれてそなたをここに招いた」
「まね……いた?」
「そうだ。時折、刑期を終えた元組織の者が入り込んでくることもあるが、そなたは違う。まだ所属している身故に、ここに入れられ招き入れることができた」
「組織……? 所属……?」
意味わからないことを言われ、澄は混乱をした。覚えてない身としては鬼仮面の駅員の話は意味不明だ。聞こうとする前に、相手は核心を吐き出す。
「拙僧は上司の命により、そなたの抱える問題の解決の手助けを命じられた。
拙僧の管理しているホームにある電車に乗ればいい。停車する駅に、そなたの求めるものがある」
澄は目を丸した。問題とは今起きている現状でもあり、彼女が覚えていない空白の時間。澄は胸を掴んで、鬼仮面に問う。
「──それに乗れば、私の時々悲しくなる気持ちと空白の時間が何なのかがわかるのですか?」
「わかる。だが、わかるには、そなたの覚悟ある選択肢が必要だ」
即答されるが、後から続いた言葉に澄は息を呑む。覚悟と聞いて、思い浮かぶことは一つしかない。彼は彼女の予想通りの内容を吐き出した。
「そなたが選択する。つまり、本当に怖いものと立ち向わなくてはならないからだ」
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