3 策動を狂わす酔狂言な男
治重。彼女は瞬きをして思い出す。幸徳井治重。とある会社の社長をしており、ここ最近有名になってきた人物だ。■■は彼が陰陽師だとは思わなかった。
「社長の幸徳井治重……!? なんでここに」
「知られているとは光栄だ。おい、このお嬢さんを丁重に縛りなさい」
治重が一人の札の男を一瞥する。その札の男は縄をもって、■■を縛ろうとした。
彼女は逃げようとするが、周囲に取り押さえられてしまう。素手の部分をさわられて、彼女は気付く。札を張られている人々の手が冷たいのだ。
間近で見ると瞬きもせずに、こちらを見ており生気を感じさせない。生きていないのだ。彼女は縛られてしまった後だが気付く。
「……まさか、彼らは名取の社の被害者!?」
彼女の発言に治重は小首を少し傾げる。
「名取の社……? あのナナシ様のことか。そうだその通り。その存在を認知していると言うことは、やはり君は僕のような存在に守られていたか」
知っているようで、一言で多く察したとは社長の名は肩書きではない。治重は怪異を操る陰陽師の一人だ。この際に彼女は聞いた。
「名取の社は何なの。ナナシ様って何。何で私を狙うのっ!?」
ある程度は知っているが、知らされてないことも多くある。■■の発言に相手は考え、頷いた。
「よいだろう。最後の機会として教えてあげよう。
君の言う名取の社。ナナシ様は山奥で封印された祠で見つけた存在だ。かのものは大昔に零落した神だという。そのナナシ様は名前を失い、器を失い嘆いていた。そこで我々は器探しを手伝いつつ、ナナシ様は妖怪を操る力を与えてくださったのだ。……そのナナシ様をおろす器として君が良いのだ」
彼女は驚かなかった。直文が推測した情報そのままだからだ。だが、土御門と幸徳井は名字が違う。他の陰陽家に負けぬようにといったが、何が違うのか彼女は気になる。怪しまれるかもしれないが、彼女はあえて聞いてみた。
「……私を使って何をするのですかっ。他の陰陽家と何で争っているのですかっ!」
問いに治重は驚き、眉間にシワを作る。
「……やはり、君は別の一派に囲われていたか」
勘違いをしている。彼女は違うと言おうとしたが治重は手を伸ばしてくる。汗を流して、焦りを見せていた。
「……早く君をナナシ様の元へ連れていこう。そしてはやく我らの権威を!」
気になる言葉を言っていたが、そんな場合ではない。大きな手に彼女は下がろうとする。取り押さえられて動けなかった。空いた窓から何か放り込まれる。二人の間に落ちてくる。桃の色の玉であり、勢いよくピンク色の煙が吹き出した。
治重も煙に包まれた。
桃の香り。彼女には覚えがある。入浴する際に、直文が魔除けのために組織から取り寄せてくれた桃のバスボム。彼女を取り押さえていた周囲の札の人々はよろけて、床に倒れる。部屋には桃の香りとピンク一色の煙で充満していた。
周囲を見回していると、誰かに抱えられる。
「ちょっとお口チャックしててね」
知っている声に彼女は一瞬だけ驚いた。彼女はその誰かと共に部屋を出て廊下に出る。空いている窓から、勢いよく外へと出ていった。
地面を軽やかに着地する。雑草が生え放題であり、彼女は嫌な予感がした。誰かは彼女を抱えて、敷地内の出口に向かって走る。茶色く錆びた門が見えた。抱えた彼は軽々と飛び越えてその目の前に来る。
■■を下ろして、印を手で組み始めた。
「
組むのが終えると波紋が広がり、陰陽師のいた場所を包む。彼は振り返って笑顔を見せた。
「ヤッホー☆ はなびちゃん。訳あり林檎のように傷付いてなくて何よりだ」
「寺尾さん……!」
「俺のことは茂吉やもっくんでもいいのにー」
頬を膨らませる彼に■■は戸惑う。茂吉は軽く謝って表情を笑顔に戻した。動かないように指示をされる。彼はいつの間にか手に小刀を手にしており、縛られた縄を切ってくれていた。切られている間、彼女は何処に移されて何処にいたのを確認する。
錆びた門の表札を見て彼女は顔を青ざめた。
日本平でも有名な心霊スポット。ヤのつく人が購入した噂があり、曰く付きな噂が多く流れている。
「あ、彼処の廃墟はまだ警備会社に入ってるしまだ機能しているから所有者の一族は生きてるだろうね。敷地内に入ったら不法侵入だから気を付けないとね。まあ、俺達はカメラに映らないように術は施してあるけどね! ほい、解けた」
軽く言い、彼女を解放した。振りかえって感謝を言う前に、茂吉から彼女のバッグを渡される。また感謝を言おうと口を動かそうとする。が、門の方からガタガタと音がした。茂吉は一瞬だけ見てあちゃーとわざとらしく呆れる。■■は振り返ると、言葉を失った。
ピンクの煙から抜け出した札の男女が三人がいる。門を飛び越えようとするが茂吉の張った壁に跳ね返された。門を開けようと揺らすが、動かず開かない。歯を食い縛り、息を荒くして涎を垂らしている。異常な光景に茂吉はぷんすこと擬音をだしながら怒る。
「もう、女の子を怖がらせるなんていけないぞぉ!」
ふざけて怒っているのは見て明白であり、小刀がいつの間にか無くしており、ポケットから数珠を出す。彼は門の前に来ると構えだす。
手と数珠が眩い光を放ち始めて、茂吉は不敵に笑った。
「今見せよう。伝説の陰陽師安倍晴明と僧侶の弘法大師の弟子、修験者の天狗の直伝。組織で金剛石の如く磨いてきたこの力っ!!」
「情報量が多い、情報量が多いですっ!」
彼女の突っ込みを無視して、茂吉は手を勢いよく翳した。
「破ぁぁ──!」
彼の手からは太い光のビームが放たれた。
門から出ようとした三体を飲み込む。ビームを浴びた三体は体が焼失していく。ビームが消え、札の男女は跡形もなく消えていた。目からビームはともかく、手からビームで札の男女を倒してしまったのだ。■■は呆然とし、茂吉は数珠をしまいにこやかに笑う。
「いやぁ、寺生まれも役に立つもんだねぇ」
いや関係ないだろうと、名無しの少女に突っ込む気力もない。茂吉は彼女の方に手をおいて、木葉を手にして無邪気に話す。
「一旦、安全な場所までほいっと移動するから、ちょっとの間目を閉じててね。はい、深呼吸して肩の力を抜いてから目を閉じる」
「はっ、はい!」
茂吉の言われた通り、深呼吸をして肩の力を抜いて彼女は目を閉じる。小さな呟きが聞こえて、風が吹く。肩から手が離れて声がかかった。
「いいよー。目を開けてOKだ」
言われた通りに目を開ける。彼女の知っている神社の鳥居の前にいた。入口には歴史を感じさせる石の鳥居がある。入口の近くには日本の英雄日本武尊の像があった。その神社の名前を■■は言う。
「草薙神社!」
「ピンポーン。この一帯で強い神様は日本武尊だからね。ここの御祭神さんとはもうアポはとってあるから、安全になるまでここにいてもいいって。挨拶として参拝していこっか!」
二人は鳥居を潜り、境内にはいる。手水舎にて手と口を清めて門を潜る。獅子と狛犬に出迎えられた。本社の前に来て賽銭を用意して彼女たちは参拝する。
鈴を鳴らして、ニ礼二拍手一礼。
彼女は感謝と失礼を謝罪して顔をあげる。参拝を終えた。人気は少なく、ちょうど社務所の前で茂吉はお守りを買い、彼女に二つ渡される。
「これ、なおくんと君の分。後、これ。なおくんからのお守りね。託されたから」
「あ、ありがとうございます……」
お守りを受け取り、更に直文のお守りを貰う。二人は境内にあるベンチに座る。持っていた直文の群青色のお守りを出すと、お守りが切り裂かれたように裂けていた。
茂吉はお守りを見て、声を出した。
「これはやられたねぇ。俺が処理しておくね」
使い物にならないお守りを引き取り、ポケットにしまう。貰った直文のお守りをしまうと、茂吉は話し出す。
「とりあえず、唐突に始まったから状況を整理しようか」
唐突に引き離されて、連れてこられたのだ。■■は状況の把握ができていない。彼の提案に彼女は頷いた。
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