2 日本平の策動

「……えっ、仲間!?」


 間をおいて■■は驚く。いきなり保護から仲間へと昇格したこと。またアルバイトとして雇われる。唐突な優遇に驚くしかない。直文は訂正と説明が入る。


「アルバイトとして正式に雇うのは来年だ。来年になったら、君の両親に話は通しておく。ああ、就職なら俺達の組織で働けるように手配しておくよ。あと、口座も作っておいてね」


 お金を稼げる楽しさに一瞬だけ溺れかけた。彼女は口座を作っておくようにと聞いて固まる。アルバイトは現金で貰う印象があった。口座さえ作れば振り込む場所もあるだろう。だが、問題は額だ。


「あの、時給何円ですか?」

「はいはーい、俺に任せてねー。ええっと」


 茂吉が声をあげて、携帯画面を操作して見せる。そこに乗っている額に彼女は唖然とした。学生が余裕綽々で遊べる額がそこに乗っているのだ。時給はないが、仕事の度大きな額が振り込まれるのだろう。

 彼は画面見せながらにっこりとしていた。


「言っておくけど、これはほんとーに適正額ね。あと、自分の命を守るために保険の加入はしておくようにね。来年になったら書類を送るよ。接客か事務系のアルバイトって形で書類は送られるから、最初見るときは困惑しないでね。はなびちゃん」

「は、はぁ…………えっ? 命を守る? 保険?」


 キョトンとする彼女に、茂吉は普通の笑みを作る。


「守りはするけど、直文も俺もパーペキに守れる訳じゃない。俺達の組織は普通の人間には本当に危ない場所なの。その為の適正額に福利厚生だ。無論、組織が運営している保険会社を薦めるよ。福利厚生とその他の保険もちゃんとしてるからね。これが俺たちが君に出来る責任の取り方かな」


 説明を聞いて、■■は納得した。

 危険な目に■■は遭っているが、仲間になった場合は頻度が増すだろう。怪我や死亡した場合、何処からか補填をしなくてはならない。つまり、勝手に巻き込む以上、彼らも責任を取ろうとしているのだ。

 当たり前だとしても厚待遇である。己のせいで名前を奪われたのに、守ろうとして責任を取ろうとしてくれるのだ。■■は頭を下げて、二人に感謝した。


「すみません。ありがとう、ございます」


 直文は優しく笑う。


「はなびちゃんは巻き込まれただけなんだ。だから、こっちに責任を持たせて」


 優しい彼に彼女はまた感謝を言った。




 このあと、お昼を取る。

 直文と■■はかき揚げの定食を頼む。茂吉はメニューにある食べ物とデザートの全部を頼んだ。店員は一瞬だけ驚くが、茂吉の食べる姿を見て呆然としていた。食べ終えたら次のメニューが運ばれて食べられていく。周囲の客も唖然としていた。それを作る料理人も驚いている。

 すべてを完食し終えると、周囲からは拍手と褒め称える声が上がった。茂吉は照れるが、直文は呆れる。■■は他人の振りをしてお水を飲み続けていた。




 店を出ると、茂吉とは別れる。食べ歩きで久能山の麓へ向かう為にロープウェイへと向かっていくらしい。二人はホテルの庭を散策させて貰うことにした。見事な絶景に■■は表情を輝かせている。直文は風景を見つめて優しく笑った。


「夜もいいが、やっぱり昼の方がいいな」

「直文さん。夜の日本平を知っているのですか?」

「ちょっと前にね。日本平の祭にいったことがあるんだ。花火が打ち上がる祭りは、必ず行くようにしている。日本平の花火は見たのはここ最近ぐらいかな?」


 彼の新しい感覚はわからないが、花火のお祭りに必ず来ているらしい。

 東京の河川敷で■■は、初めて花火を見た日を覚えている。物心ついた頃だが、空には多くの大輪の花が咲いては散っていた。

 川に映っている花火と空の花火が同時に動いていたのだ。儚く散っているのに、花火と言う花の名前の癖に火薬臭い。けれども、華やかで空の花は見映えて彼女を魅了させた。

 あの花が好きだ。彼女は声をだして昔にあった屋号の名を叫んだのを、思い出しながら話す。


「花火はいいですよね! 私はとても大好きです。あんなに綺麗なものは遠くからでも近くからでも見ちゃいます」


 ■■の顔が明るい笑顔で満たされる。熱中するほど好きなのだ。夏になると小さな花火をねだるほどに。好きな理由は彼女はわからない。好きなものは好きなのだとしか、言えなかった。

 直文は一瞬だけ瞠目して、泣きそうになりながら破顔する。


「ああ、そっか。うん……ふふっ、そっか。なら、良かったよ」


 何で嬉しそうなのかはわからない。■■は朝に感じた疑問を口に滑らせていた。


「直文さんには、大切な人がいたのですか?」


 疑問に直文は驚いて、照れ臭そうに笑う。


「うん、居たよ。けど、もう彼女は昔の人。もう会えない」


 やっぱり昔の彼女が好きなのだと■■は解った。諦める前にどんな人なのか聞いておく。


「どんな人なのですか?」


 直文はじっと■■を見つめる。見つめ続けられて名無しの彼女は戸惑い、同じように見つめた。彼の瞳は今は黒い。変化をすると金色になる。姿が変わるだけで、直文は変わってないのに不思議な魅力を■■は感じていた。吸い込まれかけていると、彼は無邪気に笑って彼女の額をこづく。


「秘密だ」

「えっ!?」


 コツンとつかれ間抜けた声を出す。直文は笑いながら手をポケットに引っ込めた。


「言うと俺自身色々と大変になるから言わない。けど、大丈夫。あの子は大切な人ではあるけど近くにいる。元気にしている」


 意味はわからなかったが、不思議と■■の胸の内にあるモヤモヤとした気持ちがなくなった。理由も名無しの彼女はわからない。戸惑いだけが残り■■は聞く。


「……それは、どういうことですか?」

「そのままの意味だね」


 余計に名無しの少女は混乱した。はぐらかされたわけではない。どういう事なのかと考えて、少女は歩き出す。ポケットにあるお守りが熱くなり、■■は驚いて取り出した。


「っ、直文さん。お守りが……えっ」


 直文の姿はない。

 影も形もなく、バッグから大きな震えを感じた。慌てて取り出す。携帯のバイブであり着信画面に直文と名が乗っていた。彼女は操作をして電話に出る。


「もしもし、直文さん!」

《もしもし、君はまだそこにいるかい?》


 冷静な声色に彼女は安心して頷き、答える。


「はい。まだホテルの庭にいます」

《そうか。……君の言うとおり、移転される際に名取の社を見たよ》


 直文の言葉に■■は息を呑む。名取りの社。少女が名前を奪われる原因となった存在だ。怪異関連には慣れているのか、電話からは落ち着いている声が響く。


《相手はどうやら俺と君を離れ離れにしたかったようだ。君だけを手元に手繰り寄せるつもりが、お守りが発動して間違って俺が飛ばされたようだね。今、俺は薄暗い変な部屋にいるよ》

「そ、そんなこと可能なのですか?」

《条件さえあれば可能だ。それに、ここは日本平。神話かつ心霊スポット、神社がそれなりにある山だ。術が達者で力量がある人物なら可能だろう》


 電話越しの彼は一息をついて話す。


《まず、君一人では危険だ。茂吉と合流する為に、久能山に向かってくれ。徳川公が奉られている神域にいれば、多少の術も跳ね返せるはずだ。不安ならば東照宮へ入るんだ。いいね?》

「……直文さんはっ?」

《俺は相手を追い詰める。茂吉にも連絡しておくから急ぐんだ。じゃあ、また後で会おう》


 電話が切られた。音だけが響き、彼女は携帯を不安げに見るが急いでしまう。恐らく、お守りだけでは守りきれないと言う意味なのだろう。

 ■■は久能山に向かうロープウェイ乗り場へ行く。その前に、チケットを買わなくてはならず券売機と売り場に向かうと混んでいた。

 観光地なだけあり、人は多くチケット売り場には多く人が並んでいる。彼女は手早く住む券売機の方へと並ぼうとしたとき、瞬きをした。

 一回目の瞬きで、小さな社が遠くに見えた。

 二回目で消えるが、お守りが入っているポケットからぶちっと音が聞こえる。

 三回目では周囲が歪んでいるように見えた。

 四回目の瞬きで、薄暗く埃っぽい部屋にいる。

 外から室内に変わった。

 埃や土臭く、物が古い。床は破片だらけ。周囲は割れた窓ガラスから日差しが入り込む。

 廃墟だが、彼女の周囲にはキョンシーのように顔に札を張られた男女が十人ほどいた。彼らの目に生気はなく、ただこちらをじっと見続けている。


「やっと、最高の器が我々の元に来た」


 声が聞こえ、顔を向ける。男女は歩み寄ってくるスーツの男にたいして道を開けた。四十代ほどの男だ。年相応に顔は整っているが、目には怪しいものしか宿ってない。■■は見覚えがある人物であった。彼は丁寧に頭を下げる。


「初めまして、お嬢さん。僕は賀茂系の陰陽道を受け継ぐもの幸徳井家の治重。こう見えても陰陽師をしております」


 穏やかに挨拶をしてきた。

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