4 神社での一息

 状況整理のために、茂吉は話を始めた。


「まず、直文と君は引き離されたけどあいつは無事だよ。現在、別の場所で直文は君とは違う陰陽師とやりあってる」


 彼の所在を聞いて肩の力を抜く。直文は強いがやはり■■は心配であり、茂吉に聞いた。


「無事ならよかったのですが……神社の中にいて大丈夫なのですか?」


 彼女のいた心霊スポットから距離は離れていない。草薙神社は分かりやすい場所にある為、普通に探せば見つけやすい。茂吉は「大丈夫」と笑う。


「ここ祭神さんが境内に余計な力が入ってこれないようにしたから心配はない。あと陰陽師でも見つけにくいように、俺が囮の式神を飛ばした。あの幸徳井ってやつは今頃動物園の方まで追いかけているんじゃないかな」


 面白おかしそうに言う。あの治重は本当に陰陽師なのか、■■は疑わしく茂吉に尋ねた。


「寺尾さん。幸徳井治重は本当に陰陽師なのですか?」

「うん、正真正銘のね。陰陽家安倍氏の末裔かつ賀茂氏の陰陽道を受け継ぐもの。まあ、安倍氏と賀茂氏だけじゃない他の陰陽家もバチバチしてるけどねぇ」


 茂吉は何処からか飲料水を出して、ペットボトルの蓋を開けた。直文は陰陽家の争いについて、深くは語ってなかった。今の茂吉に聞けば、教えてくれるかもしれない。


「寺尾さん。私に陰陽師の争い事について詳しく教えてくれませんか?」


 飲もうとするのをやめて、■■に目を細める。


「……詳しく聞くってことは、この件について深く関わるよ? 向こうにとっての機密事項も話すことになるから、後戻りが難しくなる。それでも聞きたい?」


 この先も危険な目に遭うと忠告しているのだ。だが、溝も承知だと彼女は真っ直ぐと見つめて頷く。巻き込まれている以上、知らなくてはならないのが筋だと少女は考えた。覚悟ある姿勢に茂吉は褒めたくなってにっこりと頷く。


「うん、いいよ。教えてあげるよう。けど、一から簡単に話すけど状況整理もするから長くなる。いいね?」


 ■■は首を縦に振ると、茂吉は教えてくれた。

 前提として覚えていてほしいと最初に言われる。

 今の時代、表に陰陽師はいない。だが、裏側で陰陽師は生きていると。

 今の陰陽師は表立って目立つことはない。明治政府によって、陰陽師は居場所がなくなった。その為、残ったものは秘密裏に陰陽師の形態を守ろうと、組織を作り上げた。現在は陰陽師協会と名をあげて運営をしている。裏側で妖怪や悪霊を退散しているのだと。


 そこまでは良いと茂吉は笑うが、すぐに笑みを消した。


 事の始まりは昭和の中期。

 ある県の山奥にて、一人の陰陽師が小さな祠を見つけたのが始まりだ。土御門家の陰陽師だった。その祠には不思議な力が宿っており、その力に魅入られた陰陽師は各陰陽家からある不満を持つものを集めた。陰陽師の存在を世間に認知させる。また妖怪と悪霊の存在を人々の目に見えるようにする。我々の陰陽師の権威を復活させる。表立って陰陽師として活動したい者達が集まってきたのだ。


 一派と言うが、それは各陰陽師家のことではない。復権派と穏健派。このような派閥だ。


 またタイミング悪く土御門の家が『変生の法』を作り出す。これを切っ掛けに、その祠の主を復権派は祭り上げてこの二つが争いを始まり、この争いは今現在まで行われている。

 また祭り上げられた祠の主は力をつけ、各地で名取の社として顕現するようになった。器ほしさに人間の名を奪っている。また被害にあった人々は名を奪われて人として死に、死んだ妖怪の魂を入れて式神になっている。彼女が見た札の男達は陰陽師の式神になっているのだ。


 被害者の一人。

 はなびちゃんと愛称で呼ばれる名無しの少女の■■■■。名を奪われたあと、怪異か名取の社自らの手で連れ去られるはずだった。直文が影から防いでいたお陰で、五年間無事だった。流石に煮えを燃やした名取の社と復権派が動き出して、■■を狙った。


 目的は陰陽師の権威を復活させ、名取の社を利用すること。また力を手にいれるために、強い妖怪を死者の国から呼び寄せようとしている。


 名取の社の器として最高の器が■■であるのだ。幸徳井治重は陰陽師の権威を取り戻そうとしている一派の一人。力強い陰陽師で重鎮の一人。目的を果たそうとついに重い腰をあげたのだ。

 そして今に至ると、茂吉は話す。

 この話を聞いて名無しの彼女はあることに気付く。


「……あれ、何で、直文さん達の組織がこの話の中に入ってないのですか?」


 疑問を口にすると、茂吉は陽気に笑う。


「だって、本来なら俺達組織はこの問題に関しては蚊帳の外なんだもん。けど、復権派が禁忌を破りすぎたから、俺達が動いたの」


 禁忌。

 彼女は今までの話を思い出して、死者や魂がキーワードになっていることを感じた。彼は立ち上がって、彼女の目の前に立つ。


「なおくんがなっかなか打ち明けないから、俺が打ち明けるね」


 彼は丁寧に会釈をした。


「改めて、初めまして。■■■■さん。俺達はあの世、または地獄、冥府、黄泉と言う場所にある組織。国家公認裏組織所属。輪廻を保つもの『桜花』。その組織に仕える半妖の一人寺尾茂吉です。よろしくお願い致します」


 軽さはなく、丁寧な自己紹介であった。だが、その自己紹介の中に幾つかの重要な情報がある。あの世公認の裏組織。輪廻の巡りを保つ。幾つかの情報と今までの話が噛み合い、名無しの彼女は言葉を失う。

 言葉を失った少女に茂吉は笑った。


「はなびちゃん。呆然としてどうしたのー? そんなに衝撃的だった?」

「……衝撃的もなにも、そんなヤバイ組織だったなんて……」


 地獄直属の組織だとは考えられなかった。茂吉はいたずらっ子の微笑みを浮かべる。


「だーから、あの金額と忠告だよ。俺達のような特殊な半妖じゃなく、君は人なんだから自分の命大事にね。あと、国家公認って言うけど国の税金でまかなってる組織じゃないからね。脅して、互いに不干渉って約束をしているだけ。俺達、皆の税金どろぼーじゃないよっ☆」


 きゃっと茂吉は笑う。組織の資金源の元が気になるが、闇が深いような気がして、■■は聞くのをやめる。茂吉はポケットから携帯を出して時間を見た。


「おっ、もうそろそろ動いた方がいいかも。ねぇ、はなびちゃん。デートしない?」

「へっ!?」


 唐突のお誘いに驚く■■に、茂吉は楽しそうに笑う。


「なあんて冗談だよ。本当にしたら、直文に何されるのかわからないもん。代わりに、ちょっと美術鑑賞につきあってよ」


 少女は美術館と聞いて、近場で一つしか思い浮かばなかった。

 草薙神社の前にタクシーを呼んで、彼らは乗り込む。彼の言う目的地は自転車があれば楽だが、徒歩だと時間がかかる。故にタクシーを利用した。彼女は直文の心配をしながら外を見ている。

 ■■に茂吉の声がかかった。


「ねぇ、はなびちゃん。目的地に着くまでの間、ちょっと簡単なおとぎ話をしようか。これはなおくんの想い人に基づいた話です」

「聞かせてください」

「即答で草。じゃあ、簡単に話すねぇー」


 聞くなら、彼の居ないうちに聞いた方がいい。名無しの少女は考えて、茂吉が話すまで待つ。■■の待つ姿勢に面白そうに笑って、彼は話し出した。


【昔、ある廃村の神社で一人の女の子が倒れていました。その女の子は名前と記憶を忘れており、自分が何者なのかわかっておりませんでした。そんな彼女が廃村の外に出ようとしますが、弾かれて外に出れません。理由がわからないでいると、遠くから声がかかりました。

 彼女は元いた場所に戻るも、ある青年がいます。その青年は表情がピクリとも動かない無表情な人。彼は直文と名乗り、彼女が当の昔に死んでいる人だと教えられました。死んで何かしらの原因でこの村から離れられないと。彼女はショックを受けて泣き、彼は配慮のなさに謝ります。無神経なことをいってしまて傷付けてしまった詫びに、彼女を必ず成仏させることを約束しました。

 色々とわかるまでの間、彼女と彼は交流していきます。組織の話、今の外の話。ここに出られるようになったら、花火を見る約束をするしました。交流していくうちに、お互いに惹かれあっていきます。

 やがて直文は彼女に自分のことを打ち明けて、笑顔を見せたのです。その彼女も無表情だった彼が笑ったことを喜んだでしょう。

 ですが、ある日、彼女が廃村の神社で化け物を封じていた封印の要だとわかってしまったのです。直文は彼女を助けるには封印から解放して、化け物を倒すしかないとわかっていました。直文はとても強いので化け物はすぐに倒れて、彼女を解放して成仏させたのでした】


 簡単に話終えて、茂吉は■■に顔を向ける。


「おしまい。多少の割愛と脚色もあるけど、そこはプライバシーのなんちゃらで納得してね」


 不満に思わない。何か理由があるのだと■■は察したが、一つだけ気になることがある。


「あの、寺尾さん。一つだけ質問いいですか。その人は花火を見れたのですか……?」


 彼はきょとんと瞬きをしたのち、笑顔になってゆっくりと首を縦に振る。■■の表情は明るくなる。良かったと思うと同時に、何故か■■は嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る