2 怪談の元へ

 真弓はただ手伝いたかった。しかし、啄木の組織の規則を忘れていたせいか、叱られた。

 忘れないように何度も小声で、規則の内容を言っていく。四人は車に揺られながら、目的の場所まで道路を走る。 

 いくつもの集落と道路を走らせ、興津より山の中へと向かう。車線も一車線だけとなり、やってくる車の譲り合いをしながら走らせる。

 真弓は規則を口で小声で唱えている間、気になった。啄木がどうやって『継紅美村』のことを知ったのか。

 製茶工場と地元の樽川たるかわという名前の川が見えてくる中、メガネを拭いている啄木に顔を向けた。


「啄木さん。どうやって、継紅美村のことを知ったの?」

「ん? ああ、そういうのは陰陽師協会と退魔師と一緒だよ。依頼とか任務を受けて、事前に調査する。こちらの独自の調査方法で実態を把握し、原因を解消する。怪談がわかるだけで現場までは把握してないから、もう一度現場検証するんだ」


 メガネを拭き終え、啄木はメガネをかける。メガネ拭きをケースからバッグへと仕舞う。

 独自の調査方法とは組織に関連する為、言えないのだ。真弓は組織の協力者という立場も兼ねている故に、二人にも話せない。二人は任務をこなしながら依乃を探している。遭遇はしたが、真弓は組織の協力者として口を噤んでいる。

 妹は兄達に罪悪感は抱く。だが、陰陽師協会に疑心から今も黙っていた。


「悪いな。真弓、そう深刻そうな顔をさせてさ」


 急に啄木から謝罪され、真弓は驚いて振り返る。啄木は申し訳無さそうな顔をしていた。顔に出ていたらしく、真弓は顔を押さえた。


「色々と背負わせちゃってるから、本当申し訳ないと思っているんだ。辛かったら本当に言ってくれ」

「気にしないで。啄木さん。これは私が決めたことだから、やり通さないと!」


 真弓の言葉に啄木は仕方なさそうに笑う。


「無茶、するなよ」


 啄木は苦笑していると、重光はカーブミラーを通して不思議そうに聞いてくる。


「啄木さんと真弓ちゃん……旅行に行ってから何かだいぶ仲良くなったように感じるけど……」

「はっはっ、真弓のような問題児をほっとけないでみていると、いつの間にか仲良くなってるだろう」


 苦労がにじみ出る声で笑う啄木に、重光は超絶納得して何度も頷いていた。真弓は身に覚えがありすぎて、黙っているしかない。自覚して反省しているようで、真弓は自分でも少しは成長したのではないかと考えていると。


「もうちょっと、一息おいて考えることしような」

「うっ、はい……」


 また顔に出ていたらしく、真弓は頷いた。

 啄木とはちゃんと対面する前に一度あった。正体がバレて日付が立った後に、『まがりかどさん』の出来事に関する記憶が返却されて真弓は驚愕をした。変化した状態であっており、喋っていた。また『一息おいて考える』はその時に言われた。

 第一印象はあまり良くないが、記憶を忘れてよかったと真弓はホッとしている。忘れていなければ、啄木のような優しい人を苦手になっていたと。

 啄木はスマホを出し、電話帳のアプリを起動させた。


「悪い。三人とも、仲間と連絡していいか?」

「構いませんよ。どうぞ」


 重光が返すと、啄木はスマホを操作し耳に当てる。啄木は沈黙したまま、真弓は隣から聞こえる電話の音を聞く。何度もスマホを操作し、耳に当てる。次第に啄木は渋い顔をしていき、スマホから耳を放す。

 二桁ほどかけていただろうか、啄木はスマホを操作しメールのアプリを起動させた。

 何度かメールをうち、送信している。しばらくして啄木は深くため息をつく。


「悪い……仲間が出なかった」

「そういうこともあるよ。啄木さん」


 なだめて真弓は気を取り直して啄木に聞く。


「ところで、啄木さん。『継紅美村』の怪談ってマイナーだって重光さんは言ってたけど……なんでそんな物がこの静岡の山に生まれるものなのかな。生まれるのなら、もっとメジャーなものだと思うけど……」

「まあ、年季が経ってる怪談じゃないし、比較的に新しい創作怪談だ。生まれにくいといえば、生まれにくいけど……やっぱ、原因は時代の流れにあるとしか言いようがない」

「……あっ、インターネットとスマホ。ここ最近スマホとかパソコンが普及ふきゅうしてきたのが、要因?」

「そっ、片手で操作できるパソなんて魅力的だ。多くのものを見られるようになったしな」


 啄木はスマホを見せ、掲示板のサイトを見せる。そこには『継紅美村』の怪談の内容が載っていた。真弓は自身の携帯がまだ折りたたみ式のガラケーだ。羨ましくてスマホを見るがすぐに首を横に振った。

 話を聞いた葛が眉間にしわを作り、悩ましげに語る。


「……けど、人が集まっている場所で怪異は生まれやすいですよね?

いくら情報伝達が発達しているとはいえ、『継紅美村』の怪談の舞台は山ですし、条件が揃っていたとしてもこんな所では生まれにくいと思いますが……」


 怪談の怪異は条件が揃って生まれるものであり、創作話は本体である。生まれ方については、たけのこを連想してくれたほうが早い。啄木はスマホを操作し、重光の運営する『怪談図書館』のサイトを出してスマホの画面を葛に見せた。


「だから、そういうのも生まれやすくなったんだよ。姦姦蛇螺かんかんだら。ヤマノケ、山関連の創作の怪異も時代と共に生まれやすくなった。SNSの発展で諸々見やすくもなってるし、拡散もしやすい。それに、『継紅美村』のような神隠し系は現象に近い。例えるなら、この手の怪談はゲリラ豪雨と蜃気楼が混ざったような現象だ。たち悪いぞ」

「か、怪異なのに現象なの?」


 真弓は困惑していると、厄介そうに啄木は頷く。

 生物のようなものばかりと思っていたが、厄介なものもあるようだ。ヤマノケのような形をとるものならば対処法がある。影送りやリアルなどで執り行われる儀式などは種類によって対処をし、しないという方法を取ればいい。

 だが、『継紅美村』などの類する怪談は異界ものではない。初めて聞く分類に真弓はどう対処すればいいのか、考え始める。

 天気を変えられるのは、余程の実力者が神か神獣ほどの力を持つ妖怪ぐらいしかできない。だが、『継紅美村』は怪談であり、自然に影響を与えるものではない。しかし、周囲に影響を与える原因を封印か破壊すれば収まる。その手のものなのかと気になり、啄木に聞く。


「……啄木さん。そういうものって、原因を叩けば終わるものなのかな?」

「そうだ。『継紅美村』の原因となるものを排除すれば終わる」


 啄木は「ただ」と小声でなにかをつぶやく。その声は聞こえず、真弓は小首をかしげた。車を走らせているうちに、啄木は周囲を見回して「あっ」と声を上げる。


「あっ……よく見たらここ先輩の家の近くだ」

「えっ、啄木さんに先輩いたの?」


 長生きである彼に先輩がいたとは思えず、真弓は意外であった。心外だという顔をされ、啄木は話す。


「俺も慕ってる先輩ぐらいはいるさ。当然、後輩もいるぜ」

「……ところで、その近くに住んでいる人って男の人? 女の人?」


 性別が気になり、真弓は恐る恐る聞く。訪ねるとなると、どんな人なのか彼女は気になる。啄木は瞬きをし、怪しむように答える。


「……男で既婚者だけど……なにを不安がっているんだよ。真弓」


 指摘され、彼女は慌てた。


「な、なんでもないなんでもないよ!」

「……ならいいけど……──!」


 啄木はすぐに窓の外を見た。真弓も車の周囲の様子がおかしいと気付く。重光は車を止め、葛は真剣に外を見た。畑と家がある風景から、一変し竹林のある道路と奥が見えない道となった。

 何が起きたのかは陰陽師である彼らなら理解できる。条件が一致し、啄木たちは継紅美村へと向かう道に入ったのだ。

 スマホを持つ三人はすぐにマップのアプリを起動させる。真弓は啄木のスマホの画面を見させてもらう。

 位置情報を起動させ、啄木たちがいる位置を確認する。彼らがいるのは、間違いなく静岡の道路近くにいる。しかし、マップの地図の近くには書かれてないはずの名称が乗っていた。

 葛はマップに現れた名前に息を呑む。


「っ……これ、本当に現象だな」

「……唐突に現れたな……」


 重光は眉間にシワを寄せると、真弓はその村の名を口にする。


「『継紅美村』……」


 遠くから車のエンジン音が聞こえる。道路の奥を見ると白い軽トラが見え、真弓は息を呑んだ。



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