1 任務のためならえんやこら

 八月下旬。東海のJとRがつく列車の音を聞きながら、佐久山啄木は一枚の紙を見て拍子抜けた顔で振り返る。


「……まさか、俺の任務と真弓たちの仕事が被るとは」


 三人も同じことを思ったらしく、苦笑を浮かべていた。

 三善真弓。三善葛、土御門重光。彼らは啄木とともにある寺から出る。

 静岡市清水区興津おきつ清見町きよみちょう。幼少期の徳川家康が勉学に励んだとされる寺の清見寺せいけんじから、四人はともに出てきた。

 真弓たちは清見寺の境内で待つ依頼人との接触。啄木は拝観という名目で、清見寺の庭園にある木々の木霊からの依頼を受けに来たのだ。

 寺内から出てくると、依頼人と接触した真弓たちを見かける。真弓が真っ先に気付いて声をかけた。啄木は関わるのをやめようとしたが、腕を引かれて仕方なく共に依頼人の話を聞いた。

 ほぼ目的の一致に啄木は驚かずにはいられない。依頼人の話を聞いて仕事で被っている旨を打ち明けて協力することになった。

 葛が啄木に質問をする。


「啄木さんは目的が一緒といいますが……突如現れた村の調査ですが……」

「俺はその架空・・の村の破壊を任務にしてんだ。だから、ある一点において葛たちの依頼は達成されている」


 三人は思わず「えっ」と声を上げ、啄木は教えた。


「その村の名前は『継紅美村』。創作の怪談だよ」

「あの『継紅美村』? またマイナーな怪談があの山の中に……」


 驚く重光だが、詳しい内容を知らぬ葛と真弓は不思議そうであった。


「重光。それって犬鳴村伝説と同じような感じか?」


 葛は聞く。犬鳴村伝説とは誰もが名を知る有名な都市伝説だ。犬鳴村は陰陽師や退魔師でも手を焼くものであり、封印や浄化を何度も繰り返している。

 聞かれ、重光は首を横に振る。


「いや、犬鳴村伝説より曰くつきじゃない。どちらかというと『迷い家』の要素が強いな」


 訪れた者に富をもたらすと言われる山中にある幻の家。あるいはその迷い家を訪れた者についての総称といえる『迷い家』である。東北の遠野ではマヨイガと呼称されるが、重光はあまりいい顔をしない。


「……ただし、『迷い家』よりも善いものではない。ですよね、啄木さん」

「ああ、重光の言葉通りだな」


 重光の言うとおりであり、啄木は厄介そうに頷く。

 継紅美村は血を抜き取られるだけならいいが、その場面を見る、または血の竹細工という村の伝統を漏らしたものの『口を噤む』のだ。

 怪談を知っている人間ならば逃げられるが、知らない人間は村に囚われて、口を継ぐまれる。よろしいものではない。

 啄木はすでに魂が囚われている故に、動き出したのだ。安吾は一足先に村の場所に行っている。三人が受けた依頼は村の実態の調査であるが、啄木から教えられ村の調査というが目的が達成されたようなもの。

 三人に向き、啄木は話す。


「とはいえ、村に行ってきた証拠がなければ依頼の達成とは言えない。商売敵というわけでもないから、ここは協力というのはどうだ?」

「えっ、いいのですか!? 啄木さん!」


 驚愕する葛に、啄木は首を縦に振る。


「ありがとうございます!」


 三人からすると思ってもない申し出であろう。喜ぶ三人に、啄木は真弓に声をかける。


「真弓、ちょっといいか?」

「えっ? 何、啄木さん」


 彼女は駆け寄ると啄木がかがみ、小声で話す。


「村は犬鳴村伝説ほどじゃないにしろ、厄介さがある。人の魂が囚われているから、村で何が起こるのかはわからない。証拠を取ったあとは、お前は二人を連れてすぐに去れ」


 真弓は啄木の正体を知っており、協力者という立場にいる。人だと危険である可能性もあるため、遠ざける協力をするように行ったが──真弓は表情を明るくさせて胸を叩く。


「なら、私も手伝うよ! 啄木さん!」

「話聞いてた!?」


 申し出に啄木はツッコミを入れる。彼は忘れていた。真弓が正義感の強いじゃじゃ馬娘であることを。兄やその友人すらも手を焼く問題児であることを。

 啄木の注意に少女は目を丸くしていた。


「なんで!?」

「なんでじゃない。真弓。俺の目的聞いてたか!?

怪談の破壊! 三人にとっては本当に危険なんだ。わかりやすく言うと『爆発処理班でもない専門性のないやつが爆弾を解体するか』ってことだよ。俺の手伝いをするってことはそういうことっ!」

「一応、その手の専門だよ。私は!」

「葛と重光はともかく、お前は資格すら持ってない実習生だろっ。実績をまともに詰めない奴に任せられる作業じゃない。あーもう……そーいや、お前はそういうやつだった……!」


 啄木は頭を抱え、ガックリと項垂れた。言っても聞かない上に下手なことを喋りそうな真弓に、啄木は心底困り果てる。真弓は言い返されて、不満げに人差し指をつつき合う。

 葛と重光は深い訳を知らない。しかし、真弓がまた変な出来事に首を突っ込もうとしているのは察しがついたらしい。呆れながら葛は妹に声をかけた。


「真弓。啄木さんを手伝いたいみたいだけど、俺からも言わせてもらう。やめとけ。啄木さんのしようとしていることは至難の業だぞ。多分、啄木さんも前準備と計画をしてから臨もうとしているはずだ。邪魔はやめとけ」


 間違ってはないが、真弓は啄木の真の力を知る故に首を横に振る。


「っお兄ちゃん。啄木さんは前準備なくても凄い人だよ! だって、あの札は啄木さんのちか──ふごっ!!」


 早速やらかそうとしている真弓の口を手で塞ぎ、啄木は焦りを見せて笑顔を浮かべた。


「そりゃあ、札は何枚が持ってきてるけど、それでも怪談の破壊は難しいからなぁ!? 

まあ、確かに前準備はしているけど、まだ『継紅美村』の実態はわかってないんだ!

だから、わからずに怪談をなきものにするには暴論だ! 怪談を壊す近道が見つかるかもしれないから、協力頼むな! 葛、重光!」

「「えっ……あっはい……」」


 勢いよく取り繕う理由を述べたあと、葛と重光は勢いに呆然としながら首を縦に振る。


《ぶっ……》


 啄木の耳元で笑う声が聞こえた。安吾の笑い声であり、近くにいるのである。今までのやり取りを見聞きしていたらしい。口を抑えて震えて笑っていることは間違いなく、啄木はすべてを終えたあと安吾を締めると決めた。




 村は山の中にある。興津川の上流の山の中で見かけたという話があり、重光の運転する車で四人は向かっていた。興津川の上流。和田島という地区よりも上流であり、県境近くにあるようだ。

 後部座席で啄木は眉間にしわを寄せて腕を組んでいる。真弓は赤くなった額を両手で押さえていた。

 バラそうになった件で一喝し、啄木はデコピンで許した。かなり痛かったのか、今でも痛そうに押さえている。真弓が両瞼りょうまぶたを開ければ涙目が現れた。


「いたい……」


 彼女の様子に啄木は溜息をついていた。


「前に言ったこと、忘れたのか」

「わ、忘れてなんか…………………………いえ……ゴメンナサイ……」


 忘れていたようで真弓は素直に謝る。すぐに謝れるのは大切であるが、大切なことを忘れてしまうのはよろしくない。啄木は呆れつつ、再度注意をした。


「いいか。絶対に忘れるな。破ったら、この先協力させない。勉強もこの先ずっと見ないからな」

「……はい、ごめんなさい」


 協力者解消をちらつかせると、真弓は落ち込んだ。落ち込ませた彼女の姿を見て、罪悪感を抱きつつも啄木は今後の予定を頭の中で組み直していく。正体を知ってまで仲良くなりたいのであれば、バラしてはならない重要さを身に染みてほしかった。二人のやり取りを見聞きし、葛が話しかけてきた。


「……啄木さん。また真弓がなにかやらかしました?」

「俺の仕事に首を突っ込む気満々で、危険だからやめろと言ってるのに真弓が諦めてないから叱ったんだ」


 気持ちを見透かして言うと、彼女はビクッとして震える。葛は呆れて妹に声をかけた。


「真弓。お前さ、手伝いたいのはわかるけど自分の力量を考えられるようになれよ……」

「うっ、ごめんなさい……」


 兄からも叱られ、本当に真弓は大人しくなる。啄木はついた途端に、本当に大人しくなるのか不安があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る