3 継紅村へようこそ

「全員、怪談の内容を覚えているか? ここは、俺が対応する。三人は静かに見ていてほしい」

「あっ、啄木さ……」


 真弓が声をかける前に、啄木はシートベルトを外していた。ドアを開けて啄木は道路から降る。白い軽トラックに向かって、大きく手を降った。


「おーい、すみません。おーい!」


 手を降るとトラックの運転手は気付いたらしく車で近付く。車の窓を開けて顔を出す。半袖と麦わら帽をしている普通のおじさんである。


「ん? どうしたんだ?」


 優しげなおじさんであるが、現れたのが怪談とは思えない普通の人間である。人間に化けた怪異や妖怪は知っているが、見た目と気配は人間と遜色そんしょくなく、真弓は困惑してしまった。啄木は困ったように手を振った訳を話す。


「実は俺たち、実は温泉のある村に向かいたいのですが、道を間違えてしまったんです。ここから、大きな場所に出れる道路とかありますか?」


 嘘と真実を織り交ぜて話す様子に、真弓が貫禄かんろくを感じてしまった。おじさんは悩ましげにあごを触る。


「うーん……このあたりの道路はないが、村から出れる道路がある。一旦、俺たち村に入ってみたらどうだ? 案内してやるよ」

「よろしいのですか? ありがとうございます。連れに話しかけてきますね!」


 啄木がドアを開けて後部座席に戻ってきた。シートベルトをつけながら話す。


「というわけで、あのおじさんが軽トラで案内してくれるらしい」

「啄木さん。なんで、啄木さんだけで対応したの?」

「ああ、あのおじさん自体が暗示の術式のようなものだからさ。恐らく、怪談通りに話を進ませるようなものだな。おじさんに声をかけた時点でいわば怪談のとりこだ」


 真弓だけでなく、二人も驚く。


「あの、啄木さんは怪異の暗示は大丈夫なのですか?」


 不安げに聞く重光に、啄木は頷いて眼鏡を触る。


「一応、眼鏡に暗示封じもかけてあるし、暗示が効かないように事前に防いでるしな。こういうのは場数を踏んでいる奴のほうがいい」


 葛と重光は感心するが、真弓は元々効かないのだと直感した。啄木は神獣の血を引いており、ある程度の呪詛や力を受け付けないのだろう。故に、三人に暗示がかからないように率先した。実際はわからないが、真弓は気遣いに感謝をした。


「ありがとう。啄木さん」

「気にするな」


 啄木はメガネをかけ直し、前の軽トラが動くのを見る。


「重光。白い軽トラが動いた。ついていってくれ」

「はい」


 重光はエンジンを起動させて、白い軽トラのあとをついていく。

 白い軽トラックは離れないように気遣って走っている。その様子から本当に怪談なのかと、真弓は疑いたくなった。

 走っている中、啄木から声がかかる。


「三人共いいか? まず、名前は言うな。個人の縁を辿って捕えようとする。後、話を合わせるように。俺ができるだけ誘導しておく。証拠を取ったらすぐに村からでろ。俺が札を渡すから、車につけて来た道を戻ればいい。そうすれば、村から外に出れる」

「……啄木さんはどうするの?」


 真剣に聞く真弓に、啄木はすぐに答える。


「架空の村の破壊をする。出れる方法は確保してあるから大丈夫。それに、人らしく見えても、あれは怪談だ。人に害が出ているから、破壊工作の任務が回ってきたんだ」


 はっきりという彼に、真弓は何も言わない。明確に任務であり、啄木は組織側の人間として来ているのだ。啄木の素性を知らない葛は感嘆する。


「割り切れているなんてすごいですね……。俺なら躊躇ちゅうちょしますよ」

「人の姿をしてるなら、尚更酷いことはできないって。葛の躊躇する方が正常な反応だ。俺はこういうことには慣れてるからさ」


 こういうことには慣れている意味を聞こうとして、真弓は口を閉じた。彼の正体知ってる上に、考えればわかること。流石にわからないような鈍感ではない。

 彼の言葉からどれだけ啄木が人を手にかけてきたのか。察しはつかないが、数え切れないほどであると把握はできる。四百歳も生きているならばどれだけと考えている真弓に、重光から声をかかる。


「真弓ちゃん。どうした?」

「な、なんでないよ!」


 慌てている彼女を啄木はじっと見つめ、視線を前に向け「おっ」と声を上げる。


「目的地が見えてきた。全員、気を引き締めろ」


 啄木の真剣な声に、真弓は前を向いて表情を真剣なものに変えた。

 竹林と木々を抜けた道路の出口を抜けると、のどかな棚田と畑が見えた。家々は昭和を漂わせるおもむきだ。電柱のコンクリートや整えられたコンクリートの道路から平成へいせいの初期頃の雰囲気も感じられる。

 都市部や町の文明の流れに遅れているように感じた。時代の流れの遅さと差が田舎だと思わせる。

 棚田の稲が伸びており、遠くからでも風に揺れて見えた。老人が歩いているのも見え、自転車に乗る普通の人もいた。

 目の前にあるのは普通の田舎の村と言える場所である。少し坂を上り、おじさんの家の近くに停車した。

 家は一階建ての少し古びた一軒家であり、昔ながらの瓦に外壁にはトタン板が使われている。少し大きめの畑が近くにある家であった。

 重光の車も近くに停車させ、四人は車から降りる。怪談の村とは思えない風景に、三人は呆然としていると。

 おじさんから声がかかる。


「お兄さん達、どうだい。『継紅美村』は」


 本当に『継紅美村』であることに三人は驚き、啄木は感嘆したように首を動かして周囲を見回す。手慣れたように、演技をして見せた。


「すっごく綺麗な村ですね! こんな場所があったとはもったいない」

「はっはっ、流石に喧伝したいがその件を自治体の内で揉めていてね……」

「えっ、それって、かなり根深い問題では……?」

「いやぁ、そうなんだよ。問題が思った以上に複雑なんだよ。けど、お兄さんもそう言ってくれるのは嬉しいよ」

 

 おじさんの言葉に、真弓は違和感を覚えた。啄木も気付いたらしく、不思議そうに聞く。


「……『も』?」

「ああ、お兄さんたちとは別にここに観光に来た物好きなお兄さんが来たんだ。

今は、俺の家でくつろいでいるんですよ」


 物好きなお兄さん。そんな人物がいるのかと、四人は驚いている。だか啄木は直ぐに思い当たるらしく驚くのをやめて、片手で顔を押さえた。深い深い為息を吐いた後、手を外して額に青筋を立てる。


「すみません。そいつに会わせてくれませんか? 多分、俺の知り合いです」

「ん、そうなのかい? じゃあ、あ………………あっ……あっ……会ってみるかい?」


 驚くおじさんは啄木を見て、顔色を真っ青にして身を縮こませた。

 笑っているが目が笑っていない。彼が息を吐くごとに、その場に重みを感じさせる。雰囲気からもピリピリとしたものを感じる。

 三人は啄木を見て、びくっと震えて涙目で三人は共に身を縮こませた。真弓は兄に駆け寄り抱きつき、葛も妹を抱きしめていた。重光はそんな二人を抱きしめ、涙目となっている。

 啄木はその場で怯えている彼らを無視して、にこやかに答える。


「よろしくおねがいします。ちょっとお話したいので」

「は、はい……」


 おじさんは慌てて中に入っていく。

 四人はくつを脱いで上がる。

 家の床や家具も年季があり、匂いは野菜や漬物の匂いがする。家の中は田舎のじっちゃんとばっちゃんが住むような家である。おじさんに居間の入口に案内され、四人が今で見たものとは。


「いやぁ、奥さん。すみませんねー。この水ようかん美味しいです!」

「ふふっ、気に入ってくれて嬉しいわぁ」

「僕、甘いものに目がないのでこれは本当に美味しいですよー! 美味美味ですよぉー!」


 緑色に見える黒髪のおかっぱで一つ結びをした糸目の男性が、満足げに水ようかんをほのぼのと食べている。

 冷たいお茶の湯呑を手にし飲んで、「ぷはぁ」と満足げに笑う。啄木はポケットからのど飴を出し、綺麗な投球フォームを取る。


「──この、蛮語ばんご! 呑気に茶をもらってんじゃねぇーっ!」

「あだっ!?」


 のど飴が勢いよく投げられ、鷹坂安吾の額にクリーンヒットし後ろに倒れた。




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