4 怪談の村1

 啄木は倒れていく相方に見ながら、肩を上下させる。《ぶっ》と笑われて以来、安吾から声がかかってくる様子はなかった。

 生き物や思いがある場所ならば、安吾は容易に転移や声掛けができる。啄木は車の中でも聞こえぬように声をかけたり、直接携帯からもかけた。結果反応なし。

 安吾は連絡を無視して、『継紅美村』の中で水ようかんをもらっていたのだ。相方もとに近付き、啄木は両襟えりぐりをつかむ。


「おい、背後。今までどこで油売ってた」

「っ……てぇー! 僕は安吾です! この唐変木とうへんぼく! 

剛速球の飴玉投げなくてもいいでしょう!?」

「誰が唐変木とうへんぼくだ!! 携帯で何度も連絡やメールをしたはずだぞ!」

「そんなまさ……」


 ポケットから携帯を出す。ガラケーではあるが、一見からしてお年寄りかんたん携帯のようだ。パカッと開いてみると、二桁による連絡という表示がある。メールも何件かあり、その全てが啄木からであった。

 安吾は分かりやすく、口角を上げて口を噤む。分かりやすく汗を一筋流し、啄木はニッコリと微笑む。


「連絡したよなぁ? 出ない理由によっては許そうと思ったけど、お前は何をしてたんだ?」


 勢いよく携帯を折りたたみ、安吾は潔く笑う。


「……美味しい夏の和菓子水ようかんをたしなんでました!」

「素直であれば、許されるってわけでもないからな!? この、バンゴー!!」

「だから、僕はあん……!」


 親指を立てる相方の頭に啄木はチョップを入れ、定番の返しをさえぎった。



 片手で安吾の頭を畳の上につけさせ、啄木も土下座をして頭を下げていた。


「相方ともども、見苦しい所を見せて本当にすみません」

「い、いえ、お気になさらず」


 困惑するおじさんとおばさんだが、同席している三人も同じような反応をしている。客人である啄木たちの目の前には茶請けの水ようかんとお茶がある。長机を囲むように座っている。

 相方の処遇を考えつつ、啄木は頭を上げた。


「お気遣い、ありがとうございます。こいつとは知り合いで、先に目的地にいかせたつもりなのですが、……まさか道草食って人様のお家でご迷惑をかけていたなんて。すみません」

「……いえいえ、まさかご友人だとは思わなかった……」


 おじさんの言葉に啄木は笑い、隣りにいる安吾はぐすんと鼻をすする。啄木は安吾の頭から手を放した。おじさんは苦笑しながら地図を出す。


「早速だが……ここから出るにはまず山の道を登らなくてはならなんだが……」


 地図を開きながら、全員は説明を聞く。

 啄木はボイスレコーダーのアプリをこっそりと起動させた。地図にはあたかも静岡県の山中にあるように『継紅美村』の名称と地形があった。恐らく、『継紅美村』という現象の周囲では機器や地図にもある程度改変が起きたのだ。

 陰陽師の三人がどこまで把握しているのかは不明。しかし、重光と葛は地図を見て察しがついた顔をしていた。真弓は驚いたように見ているが、把握はしきれてないようだ。

 おじさんの言っている内容は簡潔に言うと『この先、暗くなると明かりのない道となる。今からでは遅く朝方に出ていったほうが安全である』と。説明をしおえ、おじさんは申し訳無さそうに話す。


「だから、ここで一泊していったほうが──」

「お気持ちは嬉しいですが大丈夫ですよ。俺以外の三人は先を急ぐ用事があるので、先に来た道に戻らせます。手間を惜しむことはありません」


 さえぎって啄木は話し、おじさんとおばさんがあんぐりとさせた。真弓達は調査が目的であり、啄木と安吾は村の破壊だ。怪談の性質上、長居はさせたくない。

 すぐに切り替えて、おじさんは慌てる。


「そ、そうか。案内はいらないか」

「あっ、でも、もしこの地元特有の何かがあるなら見せてもらいませんか?

土産にできれば自慢したいというか……」

「それは構いません! 悪いが持ってきてほしい」


 啄木の言葉におじさんたちは嬉しそうにし、おじさんがおばさんに持ってくるように声をかけた。

 その間、怪談の内容通りにおじさんが『継紅美村』の起源や昔は『噤箕村』であるという話をする。その場にいる陰陽師の三人は興味津々に聞く。ボイスレコーダーのアプリを起動させ、必要な部分を聞き終えるとこっそりと切る。

 三人が聞いている間、おばさんがその工芸品を持ってきて赤い竹細工の伝統工芸を見せる。

 啄木はシャッター音が出ないスマホを用いて、カメラでこっそりと工芸品の写真を取った。

 小箱や虫籠。灯籠などがあり、真っ赤に塗られたものがあった。血のように美しい紅でありこの紅を長く継いでいるのならば、普通の村であろう。

 陰陽師の三人はわからないが、半妖である啄木と安吾はわかる。以下に塗料で誤魔化そうにも、血独特の臭いが混じってる。

 おじさんの話し方は普通ではあるが、怪談通りに話を進ませようとする。

 引っ張られるものを感じるが、啄木と安吾は屁でもないようにお茶を飲んでいた。しかし、おじさんの暗示が聞いているのか、陰陽師の三人は興味深そうに聞いている。

 暗示にかからぬように術をかけているはずが、全く防ぎきれていない。魂を取り込んだことにより、影響が強まっているようだ。

 抵抗力がある人間ですらも引き込まれてしまう可能性が高い。三人の長居は危険と判断し、啄木は両手を出す。


「解」


 啄木は小さく呟くと勢いよく手を叩き、今の部屋に音を響かせる。

 パンっと響いた音に、陰陽師の三人はビクッと体を震わせて驚く。おじさんとおばさんも目を丸くしており、啄木ははっとしたように真弓たちに声をかけた。


「っそうだよ! 時間! 三人共、そろそろ店が締まるんじゃないかっ!?」

「えっ……あっ、ああ! そういえば、そうでした!」


 葛は一瞬躊躇をしたが、すぐに取り繕う。暗示に飲み込まれかけていたが、啄木により正気を取り戻した。重光もうなずき、立ち上がる。


「っすみません。ゆっくりとさせていただきました。真弓ちゃんも」

「えっ、あっ、はい!」


 真弓が立ち上がると客人である啄木たちも立ち上がった。おばさんが立ち上がろうとする前に、安吾が声をかけて制する。


「啄木が見送ります。おじさんとおばさん、もう少し村について聞かせてもらいませんか? 先程の話を聞いて、もっと詳しく知りたくなりました!」

「えっ、あ、ああ……」


 頷くおじさんとおばさん。安吾が時間を稼いでくれるらしく、啄木は内心で感謝をする。三人は軽く頭を下げて、玄関にあるくつを履く。

 啄木もあとから履いて、外に出ていく。車の前につくと、三人は深いため息をついて危機感を示した。重光は冷や汗を流して、建物を見る。


「っなんだよ!? あのおじさんは……! 暗示封じを事前にしてたのに……全く効いてない……!」


 葛は吹き出している額の汗を手で拭って、啄木に訪ねた。


「っ啄木さん。もしかして、この村全体が怪談通りに進ませようとしているのですかっ!?」

「ああ……けど、流石にあの影響力はまずい。退魔師が防護服並の術をまとわなくてはならない」


 啄木の言葉に、真弓が驚きの声を上げた。


「えっ、それって、放射線を浴び続けると良くないやつに似てるってこと……!?」


 真弓の口から放射線をが出るとは思わず、啄木を含めた三人は言葉を失った。また放射線を浴びることによる人体の影響まで把握していることに、三人は衝撃を受けている。

 啄木は彼女の額に手を当てる。


「大丈夫か? やっぱりさっき変なもの食べたからか?」

「……っ! 失礼だよ、啄木さん! ニュース! ニュースでやってたの見たの。ここ最近、私もニュース見てるんだから! 世間を知るの大切でしょ?」

「なるほど。でも、テレビの言うこともあまり鵜呑うのみにするなよ。マスコミがまともな報道してるとは限らない。まあ、そんなことよりも……手を出せ」


 注意をし終え、啄木は手を出すように指示を出す。バッグから巾着を出す。巾着から三つの薄い黄色の飴玉の入った小袋を出して、三人のてのひらに乗せた。桃味の飴であり、魔除けの効果があるように作った。


「これ、舐めるように。ヨモツヘグイのいわれを逆手に取ったようなものだ。この飴玉をなめ続けている間は現世との繋がりが強くなる。いわば、くさびだ」

「……流石、啄木さん。準備が早い」


 重光は尊敬の眼差しを向けて、飴玉を口にする。葛も後に続いてなめるが、真弓は飴玉と啄木を交互に見つめてなにか言いたげであった。

 明らかに手伝いたいという顔をしている。

 気持ちは嬉しいが、真弓には見せられない上に普通の人間では危ない作業でもある。村に来る前に、真弓は手伝いたいといった。絶対に駄目だとしてもついてくる彼女だ。啄木は仕方なさそうにため息を吐き、根負けしたように話す。


「……っはぁ……葛、重光。悪い。真弓もここに残って手伝ってもらっていいか?」

「えっ、啄木さん!?」


 真弓だけではなく、重光と葛も驚いていた。白椿の陰陽少女に目を向け、啄木は仕方なさそうに頷く。


「術で二人の目を誤魔化すような悪知恵を働かせるよりも、実戦を見せたほうが良い知恵つくからな」


 言われて真弓はビクッと体を震わせ、あからさまに目をそらす。


「ま、まままさか! そんなことするつもりないわぁ……!」

「わかりやすいし、動揺が激しいぞ。真弓……」


 突っ込むほどに真弓は動揺している。

 後に、兄と重光の説教が村中に木霊していた。





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