5 怪談の村2

 夕暮れ時。兄と重光から叱られ、真弓は兄達の札の貼った車を見送る。啄木が真弓が手伝わせない理由はわかっている。手が掛かるからではない。真弓自身が、いや平和な日本に住む普通の人ならば見るに耐えない。彼らがやろうとしていることは、その見るに耐えないこと。

 車が離れていくのを見ていると、啄木は手を降るのをやめた。


「……今からすること……何だかわかるだろ? 今なら安吾に頼んで、外に出れるようにしてやるから……すぐに村からでろ」


 優しい忠告を受け、真弓は首を横に振る。


「ううん、いかない。私は啄木さんのすることを見たい」

「お前……けどな」


 考えあぐねている啄木に相方の安吾が間に入る。


「三善さん。わかっていると思いますが、貴方にとっては見るに堪えない出来事です。

これからする村の破壊の方法。それは健全な人からするととてもよろしくないこと。

僕達は自身の力を使うとしても、やり方はエグいでしょう。それでも、貴方はこの村で起こる惨状を見る覚悟ありますか?」

「……見ます」


 間をおいて、真弓は安吾の顔を見て答えた。安吾は糸目になっているまぶた開けて、目を見開いて何度か瞬きをする。真弓は啄木が欲しいものを作る為に、彼を理解したいのだ。無理してでも知りたい姿勢に安吾は苦笑する。


「これは、たくぼっくんもたじたじですね」

「……まあ、真弓はぎゃーなか頑固だしな」

「啄木、でてますよ。方言」

「おっと……悪い。方言は控えめのつもりなんだけどな」


 口を押さえ、啄木は照れくさそうに笑う。ガラリと音がし、三人は玄関に向くとおじさん不安げに声をかけてきた。


「えっと、見送ったかい?」

「ええっ! あと、どうやら、彼女も村のことを知りたいらしいのです。ご迷惑でなければ、彼女も泊まっても構いませんか?」


 安吾がにこやかに対応をする。三人を見て、おじさんはにこやかに笑っている。


「そうか、そうか! では、三人分の着替えとお食事を用意しておこう!」


 足取りが軽い様子で家の中に入っていく。まるで、三人分の血が取れることを喜んでいるように見えた。

 三人分ほどの宿泊の場をすぐに用意できる。これを聞き、真弓は実感して違和をいだき怪しむ。先ほど村の話を聞いていて抱かなかった違和感だが、今ならばはっきりとわかる。

 おじさんが去ったあとは、啄木たちに話す。


「啄木さん……しっかり聞くとやっぱり怪しいね。まるで、私達を逃したくないみたい」

「ああ、理由くっけて村から出したくないんだ。恐らく、守りもなく外に出ればそいつは山のどこかに放り出される。崖とか、迷いやす山中とか──おっ」


 通知の音がし、啄木はスマホを出す。メッセージアプリらしく、啄木はメッセージを見る。ほっとしたように息を付き、啄木は画面を真弓に見せた。


「守りがあれば無事につく。ほら、こんな感じに」


 啄木が見せたのは、葛とのやり取りであった。先程の血の竹細工の写真とファイルが送られ、啄木の指示が書かれていた。

 証拠の写真と音声が添付され、外に出れたら写真を送るように指示が乗っていた。また葛からも外の写真が送られ、村に来る前に通った風景がある。

 地元にある樽川たるかわ。ライトに照らされた製茶工場、一車線しかない道路が証拠である。


「……電波通じるのですね……」

「ああ、俺達の組織の通信機にはちょちょいと術を施したんだ。霊界通信を応用してどこでも通じるように。あと、怪異が消えても証拠は残るような仕組みなんだ」


 とんでもない技術を聞かされ、羨ましくなった。

 スマホを操作し、啄木は文字を打ち込む。しばらくしていると打ち込みこみ終えたらしく、啄木はスマホをバッグにしまう。


「近くに先輩が住んでるから頼んで、近くに車を置いてもらうようにした。重光と葛にも伝えてある」


 先輩と聞き、真弓は不思議そうに聞く。


「啄木さん。その先輩はもしかして……?」

「ああ、俺と同じ半妖だ。真弓たちの経緯も知ってるし、ちゃんとかくまってくれる。あの二人に変なことはしないよ」


 ほっとして真弓は深呼吸をした。すぐに動こうとした気持ちが強く出ており、抑えるために一息おいて真弓は考える。村の破壊というスケールの大きいものは真弓ではできない。

 気持ちを鎮めたあと、彼に聞く。


「まず、何をすればいい? 啄木さん」


 啄木は一瞬目を丸くした後、微笑し真弓のできることを語り、この先の計画を話す。




 真弓たちは玄関に戻ってくる。戸を締めてくつを脱ぐ。彼女たちは玄関から上がった。

 玄関の戸の音に気付いて、おじさんは顔を出す。


「おや、もう村を見なくていいのかな」

「えっ、あっ、はい! のんびりとできました!」


 真弓の元気な声におじさんはにこやかに微笑む。


「そうか! では夕食にしよう! ささ、居間へ……お風呂もお布団も用意してありますよ!」


 おじさんに案内されて三人は居間へと向かっていく。



 後は、怪談通りの流れだ。夕食をもらい、お風呂に入り、三人は同じ部屋で用意された布団に入る。




 部屋を暗くして、三人は布団の中で寝息を立てた。寝たのを確認した後に部屋の戸が開く。

 おじさんとおばさんだ。二人は三人分の注射器を持って寝ている部屋に入ってきた。怪談通りの動きに真弓は息を呑む。

 おじさんとおばさんが話し合う。


「不思議な奴らだったな」

「ええ、まさか。二人も逃しちゃうなんて」

「けど、その分、三人から多めの血を取ればいい」

「そうね」

「……目覚めてないか」

「大丈夫よ、あなた。目覚めたら、いつものように口を噤ませればいいのよ」

「ああ、そうだ。我々村の伝統である竹細工は廃れさせてはならない。今でも血を使った技法を使っていることはバレてはならない」

「目覚めてくれたほうが、血が多く抜き取れるのだけど」

「都合よくいかないだろ」

「そうね」

「バレたらいつものように」

「口を噤む、のね」

「そうだ。やろう」

「そうね」


 三人は手慣れたように近づき、三人の腕に注射を刺していく。

 途端に、電子音がした。おじさんとおばさんがビクッと震えた瞬間に、部屋が明るくなる。明るい部屋には寝間着を着ていない啄木と真弓、安吾がいた。三人はそれぞれ身隠しの面をしており、土足で畳の上にいる。

 真弓はスマホを構えて啄木に顔を向けていた。


「……っ証拠、撮り終えたよ!」

「ナイス。取れれば、こっちのもんだ。さて」


 真弓と啄木は共に刀印とういんを組んで横に薙ぎ払うと、布団に寝ていた三人は姿が消えた。枕の上には人の形をした札だけが残っている。

 玄関から現れた真弓たちは入る前に仕掛けた式神だ。身隠しの面をして、更に安吾が姿を消す術を重ねて存在をバレないようにした。

 村の住人は人の姿をしているといえど、怪談の住人。身隠しの面をしている者を見えないのは普通の人間だけ。怪談の住人からは見えてしまう。

 三人は面を外し、安吾はにこやかに手を降る。


「ざーんねんでした。そちらは偽物。こちらが本物でーす」


 注射器を落とし、おじさんは震えるおばさんを守るように抱き締める。またおじさんも僅かに震えながらも、怒りの剣幕で問う。


「っ!? お前たち……一体……何者なんだ!?

何をしに来たんだ!?」


 震えている様子に真弓は哀れみをいだくが、動こうとする体と口を止めた。啄木から頼まれたのは、人を傷つけることではない。それは、真弓の手出しできない領域である。

 啄木は宙にさやに納めた刀を出す。


「聞く必要なんてない」


 さやから刀を抜いていく。


「喋る必要もない」


 彼はさやを宙に仕舞い、変化をした。真弓が瞬きをした瞬間、しゅんっと空を切る音がする。啄木が二人の目の前に立ち、太刀を振るい終えたあとであった。


「ただやられていろ」


 冷淡に、言葉が吐かれる。

 



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