6 怪談の村3

 啄木に斜めに斬り付けられ、おじさんの脇腹とおばさんの腕が落ちる。おじさんの脇腹の傷は浅い。が、二人の斬られた箇所から血は出てこなかった。

 赤い血は出てこない。真弓はてっきり赤い血が出るかと思ったが、全く出ないことに驚く。おじさんとおばさんは脇腹と腕を見て、血が出てない様子に驚いた。

 怪談の村の住人であり、生者ではない。舞台装置の人形のようなもので、血は流れてないのだ。おじさんとおばさんは、切れた腕と脇腹の傷を見え顔色を変える。


「えっ……ひっ……血が……血がでてない……!? なんで……なんで!?」


 困惑している二人の反応から、彼ら自身が怪異の一部だと気付いてないようだ。ケラケラと笑いながら、安吾は切り落とされた腕を拾う。


「おや、自身が怪談の怪異の一部に気づいてないとは、これは滑稽こっけいですね」


 切り裂かれた箇所にむけて口を大きく開く。


「いただきます」


 がぶりと、その腕をかじった。安吾の行為に啄木以外の人物は言葉を失う。切り落とされたおばさんの腕を一口かじり、咀嚼そしゃくをしている。人が人を食べるように見えるが、安吾が食べているのは怪異である。安吾は考えながら口を動かし飲み込む音とともに、喉仏が動く。


「ふむ……この瘴気の具合と僅かに感じる生の気……取り込んだ数は魂の数は八人。ここの怪談の村の住人は二十人。元々の住人は十二人。怪談の内容通りに取り込まれたもの、目覚めたのがバレて口を噤まれたものを住人にしているようですね。ですが、もう怪異の一部に成り果てています。まだ人であるうちは、手をかけたほうが良さそうですね」


 解析したように話す。震えながら腰をついているおじさんとおばさんに顔を向ける。状況の把握ができず恐怖の感情も相まって、声を出せずに動けなくなっている。安吾は二人ににこやかな笑顔を向けて、切り落とした腕をおばさんの近くに投げ捨てた。


「というわけで、恨むなら今のうちにしてくださいね?

僕、そういう憎しみから絶望に変わるところが好きなんです♪ 玄闇天げんあんてん


 言霊を使用すると、おじさんとおばさんの影が大きくなり濃くなっていく。深淵の闇の色となると、沼のように二人の体が沈んでいく。


「ご安心を。ただ瘴気の源流に飲まれて分解される。溶けるように消えるだけですよー」

「「なっ!?」」


 明るく話し、おじさんとおばさんは困惑させた。足掻いて影から離れようとするが、固定されているようで動かない。沈む勢いは増していくばかりだ。啄木は呆れて、刀をさやに収めて相方に声をかけた。


「おい、サンゴ。真弓が見てるだろ」

「あ、ん、ごですよ。啄木」


 名前を言いながらリズムよく人指し指を振り、いつもの返し文句を言う。安吾は真弓を一瞥し、笑みを消して相方に注意をした。


「よろしくないものだとしてもです、啄木。彼女が協力者なら、尚更僕達がどんな組織なのか実感させないと駄目でしょう。僕らは人でなしでろくでなしの化け物。彼女にも僕達の危険性を把握させないとだめでしょう」

「違う!」


 啄木はその言葉に何も言えなかったが、真弓は耳に入れて拒否感が沸き否定した。人の血を半分引いていなくとも、啄木は人の心を持つ人だと真弓は接して知っている。真っすぐと安吾に告げた。


「啄木さんは人だよ。鷹坂さん。人でなしでろくでなしの化け物じゃない。それは……貴方も同じのはず……です」


 している行いを見ている故に、後半から段々と声が小さくなる。安吾は瞬きをした後に、仕方なさそうに笑う。


「いいんですよ。三善さん。僕の気遣いは感謝しますが、お気になさらず。言動行動がアレなんですから、そう言い切れなくても仕方ないです」


 気遣いをされて、真弓は申し訳なく顔をうつむかせた。安吾は闇に飲まれつつあるおじさんとおばさんを見る。下半身まで沈んでおり、切り落とされた手首も影に飲まれていった。


「はい、では、長話はここまで。ばいばぁーい、です☆」


 安吾は目を細め、手首を下に動かす。どぼんと音がした。おじさんとおばさんは自らの影に飲まれ、影は家の証明にあたって消える。今まで見てきて光景が真弓にはきつく、今になって異様さに気持ち悪さと辛さが襲いかかる。啄木に助けを求める目線を送ろうとした。


「……あれ? 啄木……さん?」


 赤い顔をした啄木がいた。


「……えっ、あっ……ああ。悪い」


 啄木は気付いて気まずそうな顔をする。彼は彼女に近づいて頭に手を伸ばしかけ、すぐに手を引っ込めた


「悪い、少し照れた。それに、ありがとう。俺をまだ人としてみてくれて。……でも、無理するな。見てて良くないのは確かだ。今ならまだ間に合う。安吾に頼んで外に出そうか?」


 真弓は、相手が異形の妖怪ならば死に様は平気であろう。しかし、完全な人の形である場合はあまり見れない。

 啄木は彼女が見たくないと知っている。気遣いを受け、真弓は啄木の引っ込んだ手を掴んだ。急に掴まれ、啄木は驚いていた。両手を強く握りながら、彼の顔を見て黙って首を横に振った。

 視界は潤んで涙目になりながらも、真っ直ぐと言葉ではなく行動で返事を送る。

 首を横に振られ、啄木は仕方なさそうに溜め息をついて躊躇ためらいなく彼女の頭をなでた。


「わかった。けど、辛いなら目をそむけろよ。いくら怪異でも見た目が人間ならきついんだからな」


 優しい声に真弓はゆっくりと頷き、啄木は頭から手を放した。

 悪霊や怨霊はまだ化け物の雰囲気を出している。人間に擬態している妖怪や人の姿に近い相手なら真弓は相手できる。

 しかし、今回のような例。怪異の自覚がない普通の人間といえる存在。精神的にもストレスがかかる。現に真弓は先程の二人の反応を見て、辛く感じた。安吾がえげつないせいという指摘は正解でもある。

 啄木は口仮面を外す。


「だが、これでここの『継紅美村』の存在維持に綻びができた。力あるやつはこういう伝承系の怪談はセオリーってやつを無視して、素っ頓狂とんきょうなことをすればいいのさ」

「……素っ頓狂とんきょう? 例えば?」


 恐る恐る尋ねる真弓に、啄木は深く深くため息を吐き。


「……式神を使った『姦姦蛇螺かんかんだら』に対する全裸フルチン五千人鬼ごっこ。しかも、どこまでも追尾してく嫌な仕様で『姦姦蛇螺かんかんだら』を半泣きにさせたこととか。

『きさらぎ駅』を某遊園地並みの装飾にしてエレクトリカルなパレードにしたこととか。

あと、『ヤマノケ』を女と見待ち構えるほどの男装した男の娘おとこのこの式神を用意して、ヤマノケから『ヤラナイカ』に変化させたこととか。

そんなばかもん三人の素頓狂すっとんきょうな話ならできるけど」

「なんかツッコミどころが多い話だよっ!? 本当に素っ頓狂とんきょっ……!」


 パワーワードの連続に真弓はツッコミ、啄木も自分で話題を振りながらも何度も渋々と頷いている。また啄木が話した馬鹿野郎三人は真弓は心当たりがあり、安吾に目を向ける。


「僕が式神を使った『姦姦蛇螺かんかんだら』に対する全裸フルチン五千人鬼ごっこした張本人です☆ テヘ☆」


 安吾は舌を出し、片目でウインクをして片手でVサインをしている。全く反省していない相方に、啄木は手にしている仮面を投げて顔に命中させた。仮面はからんと落ちて、光の粒子となって消える。声を出さずに両手で顔をおさて、安吾はしゃがんでうずくまった。

 反省せぬ相方に啄木は眉間にしわを寄せる。


「このクソインゴ。やることやれ!」

「って……! クソインゴってなんですか!? だから、僕は安吾です!」


 顔を押さえつつ安吾はいつものように返し、風景に溶けて消えていく。どんなに残酷な行為をしても、二人の根はわかっていない。恐ろしくもあり、逆に安心してしまう。真弓は空笑いをした。


「……あ、相変わらずだね……鷹坂さんは」


 反応に困りながらてきとうな言葉を出すと、啄木は頷く。


「まーな。さて、真弓。くさびを緩めるために、お前には頼みたいことがある」

「頼みたいこと? 私にできることかな?」


 やれることならば、彼女は啄木の手助けをしたい。啄木は頷き、頼み事の詳細を話した。



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