7 継紅美村の破壊

 三人とともに外に出て、真弓は家に向く。啄木は家の前から飛び去って、彼女は鳥の式神を投げて屋根上に漂わせる。いんを組み、真弓は真言を唱える。


「オン ガルダヤ ソワカ。迦楼羅天よ。力をお借りします。不浄だけを焼き払えたまえ!」


 大きな火の鳥が現れ、家を包んで家全体を燃やした。家全体がガタガタと揺れきしむように声を上げる。建物は悲鳴を上げることない。建物はなだれ込むように倒壊した。炎が消えると焦げたあとだけがあり、家の姿は跡形もない。 

 今までの様子に真弓は納得した。


「っ啄木さんの言うとおり、この家も怪異の一部だ……!」


 真弓は迦楼羅天の炎で住人の家を焼くように言われた。啄木自身も燃やす仕事もやるが、抵抗せぬように真っ先に村の住人を仕留めにかかるようだ。放火の頼みに真弓は戸惑う。啄木から怪異の中にいるようなもの故に、焼き祓ってもいいと言われている。また焼き祓うも、くさびを緩める一計でもあると。

 周囲を見回すと、火の移った形跡はない。継紅美村のような山中にある村で強い火を放てば、木に燃え移って火事になる可能性がある。


《火は不思議な力で燃え移っていない! のではなく、この怪異がそうさせたくないのです》

「ひゃぁ!? あっ、鷹坂さん!?」


 耳元で聞こえる声に驚く真弓に、クスクスと笑う声が聞こえた。


《驚かせてすみません。基本的にこの怪異はセオリー通りに進ませたいんです。破壊とか燃やすとか、そんな場違いなことはもっての外なんでしょう》

「な、なるほど。……ところで、鷹坂さん。私に何かようですか?」


 慣れない状況に恐る恐る聞くと。


《ナビゲートです。啄木から頼まれて、貴方を一軒一軒案内するように言われてます》


 安吾に教えられ、真弓はキョトンとする。


「えっ、家は見えているのですから、近くにある家から術を使えばいいのでは?」

《では、啄木が起こしてる殺人事件を目撃したいですか? それとも、擬似的な放火殺人事件、放火魔だと言われる体験したいならおすすめしますが》

「ごめんなさい。ナビゲートしてください」


 安吾に勧められるが、謝罪してナビゲートを頼んだ。真弓は精神的苦痛となるものは御免被ごめんこうむりたい。

 家の前をさり、安吾の指示通りに道を走って進んでいく。遠くから怒声と悲鳴が聞こえた。火事の騒ぎで駆けつける人間もいる。


「おい、さっき、おじさんとおばさんの家がもっ──!?」

「っなに!? なんな──!?」


 近くから聞こえる慌てた声が途絶え、声なき悲鳴も届く。声のしない方向に真弓は顔を向けず、安吾の案内に従う。

 啄木がやっているのだ。不都合にならぬよう、啄木が始末しているのであろう。

 走り続けて案内された家の前につくと、明かりだけがついている。窓から荒れたあとが見えるが、血はなく。強盗が荒らしたあとしか見えなかった。殺人事件の意味を知り、真弓は苦しげな顔をする。土肥の海岸での出来事を思い出したからだ。怪異と自覚なき人形を躊躇なく殺れることに、真弓は苦しさを感じた。


「……啄木さんは、本当に人を……殺し慣れているんだ」

《──嫌悪しますか? 三善さん。これが終わったあと啄木に言えば、記憶を消してくれますよ》

「……いいえ、鷹坂さん。しませんよ」


 首を横に振り、いんを組む。


「私は、彼を知りたくて同行したんです。この苦しさは、きっと必要なものです」

《相互理解は難しいですよ?》

「……理解ではなく、これは妥協です」

《ほう?》


 彼女の耳元では安吾の興味深そうな声が聞こえた。真弓は式神を放ち、真言を唱えて力を発言させる。家が鳥の形をした炎に包まれ、建物はきしむように声を上げた。

 燃える炎を見ながら真弓は彼の姿を思い浮かべ話す。


「当然、私は人が死ぬのは嫌いです。啄木さんには人を殺してほしくない。けど、彼は理由と決まりがあってしている。人殺しがいいとは言わないけれど……私は彼のしてることをとがめることは出来ません。

だって、彼のする人殺しそれは超越した立場からのもので、啄木さん自身が抱えるべきものなんでしょう? 他人が口出しできるものじゃない。助けたいと思っても多分できないと思います。……ううん、その前に啄木さんはきっと救いの手を拒む。

……鷹坂さんも、ううん、きっと啄木さんの所属している半妖の皆さんが同じ思いだ」


 炎が消え、家が跡形もなくなる。

 いんを組むのをやめ、振り返った。


「だから、妥協です。……啄木さんだって妥協してます」


 彼女知っている。啄木が自身が陰陽師であることに不満を持っていることを。やめさせたいだろうが、彼は彼女を理解し不満を飲みこんで妥協している。

 彼の立場と心情を理解してこそ、真弓も妥協した。


《……妥協、ですか。なるほど、三善さんもあいつを思ってくれてるんですね。嬉しいです》


 嬉しそうな安吾の声を聞いた後、遠くから炎が上がっているのが見えた。遠くからでもわかる清浄な気配に、啄木がしているのだと真弓は把握する。

 頬を叩いて、安吾に声をかけた。


「鷹坂さん。啄木さんがやり終えた場所の家の案内。よろしくおねがいします!」

《ええ、わかりました──》


 楽しげに笑いながら安吾は了承した。




 その一方。自ら放ったで建物を燃やしている啄木。建物のきしんだ悲鳴を聞きながらわなわなと全身を震わせて、さやを収めた太刀を強く握っていた。


「……っあの、バンゴー……! わざと会話をこっちに流しやがって……真弓のプライバシーも考えろ!」


 わざと啄木に真弓との会話を流していた。あえて聞かせ安吾は相方の反応を楽しんでいる。からかいだけでなく、発破はっぱもかけているのだろうと啄木は察しがついていた。少しでも彼女の気持ちに応えろと。

 啄木は人とに建物が跡形もなくなった。


「……余計なお世話だ。安吾」


 相方のお節介に啄木は頭を掻いて、空へと浮かび目的となる家へと向かう。

 見下ろすと安吾に案内されながら真弓が家に向かっている。何度も続く火事騒ぎを聞いて、慌てない人間は居ない。火事を見に来る野次馬もいる。

 近くに真弓と遭遇しそうな村人の二人がいた。啄木は彼らの目の前に降り立つ。啄木が降りてきた事に、村人はびっくりした。


「っ!? なんだ!? おま」

白滅びゃくめつ


 有無言わさせず啄木は言霊を吐いて抜刀をする。白い二つの線が瞬時に描かれて消える。村人の腹と胴体を斬り裂いた。切られた箇所から血は出ず、代わりに灰色の灰となって風の中に消えていく。


「あっ………ああ! なんだ、何なんだこれは!?」

「し、沈む。いや……いやぁぁ……!!」


 遠くからも慌てる声と悲鳴が聞こえた。啄木ではなく、安吾も村人の始末をしているのだ。

 彼はその人物が出てきた家の方向に首を向けた。家が数メートルほど見え手から白い炎をだす。


災祓さいはいほむら


 白い炎をとばし、かつて主がいたであろう家に入る。白い炎柱があがり、きしむ悲鳴が響く。

 建物が倒壊する音が聞こえ、炎の勢いが瞬時に増して消える。啄木や安吾は村人が真弓に遭遇する前に始末をし、家を無人にさせていた。同時に啄木が放火し、怪異の存在維持を緩めている。している行為そのものが悪人であり、啄木は苦笑を浮かべた。


「噤むどころか、逆に噤まれるとは思わなかっただろうな」


 笑うのをやめ、気配を追う。指で数を数える程度であり、周囲の空気が僅かに変化を感じる。

 土地には土地特有の空気と香りがある。地元の香りと言える茶畑の香りが僅かに風にのって、鼻の奥を通った。綻びができているらしい。ある気配が一人の人間を追っている気を感じ、啄木は刀をさやに収めて空へと舞う。

 気付いているのか定かではないが、真弓の背後から一人の男が追ってきている。


「……そりゃ、放火してるを目撃してれば追うよな」


 仕方なさそうに言い、その男に向かって勢いよく飛ぶ。啄木は男の心臓に向かって刀を突き刺し消滅させる。真弓に気付かれる前に空へと舞い戻り、彼は自身の役目に戻った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る