7 任務

 真夜中の下田しもだの港町。とおるは提灯を片手に町を歩いていた。着物を着て、大きな町の通りを歩いている。背後から足音が聞きこえ、彼女はすぐに振り返る。物陰にすぐに隠れたのか、姿は見えない。

 しかし、とおるはただの少女ではない。彼女は気配を物陰から感じた。

 大きな通りを通って、人気のない町外れへと移動する。背後から複数の足音が聞こえた。とおるは驚いて振り向く前に口を押さえられて、腕も取り押さえられる。彼女の背後には背の高い外人の男がおり、その相手が押さえていた。

 当時の軍服を着ており、腰に軍刀をたずさえている。亜米利加あめりか政府に命じられた部隊のようだ。同じ服を着た外国人の男性が六人ぐらいやってきてた。目の前に来た三人がとおるを目視する。彼らは下卑げびた笑いを浮かべる。


〈なんだ。魔物とのハーフと聞いたから身構えたが、そんな大したことはなかったな〉

〈見たとこ、かなりいい女じゃないか。ここでやってもバレないよな?〉

〈おいおい、イエローモンキーのハーフだぞ!? 感染しないのかっ!〉


 三人の背後には、身隠しの仮面をかぶった茂吉が音を立てずに降りてくる。片手には鋭く長い針があった。


【とおる。目をつぶって】


 普通の人にはわからぬ暗号で茂吉は伝え、とおるは言われたとおりに目をつぶる。

 軍人の彼らは彼女に手を伸ばそうとして びくっと動きを止めて目を見開いた。静かに三人は地面に倒れる。後ろから思いっきり心臓まで刺して殺した。必殺とも言えるがえげつないとも言う。身隠しの仮面により、外人は茂吉の姿が見えない。

 唐突に倒れた姿に残りの軍人は困惑をした。


〈な、何が起きたんだ……!?〉

〈お、おい、まさか……この女が仕掛けたんじゃあ……いっ!?〉


 とおるは捕まえている男の足を踏んで、腕の掴む力を弱めさせて振り払う。自由になった両腕で男を掴んで、背負投げをした。地面に叩きつけられて男は驚く。彼女は茂吉のところまで飛び下がる。彼の後ろに立ってとおるは人避けの結界の術を使ったのち、話し出す。


〈私達を舐めてかかりすぎてはないでしょうか? 皆様〉


 同じ言語を喋り、彼らは驚愕をして見せる。


〈っ! 俺たちと同じように喋れるのか……!?〉

〈なんてこった! 嘘だろ!?〉


 本気で喋れるとは思わなかったらしい。情報に制限をかけているため、詳しく流れない。茂吉は背負い投げされた男に目線を向ける。


〈こんな罠にかかるなんて、お間抜けなんじゃないかな? 吸血鬼さん〉


 残りの二人は再び驚愕する。ゆっくりと起き上がり、砂を払って二人を見た。


〈……はぁ、どうやら私達は偽の情報を掴まされたようだ〉


 白い牙を剥き出しに瞳を人でないものに変える。冷静に対処しており、二人は百年は長く生きている吸血鬼と判断した。仲間の彼らが吸血鬼を見て驚く様子がないのは、探りを入れようとしている間諜かんちょうだからだ。

 相手の発言に茂吉は苦笑する。


〈まさか本当に食いつくとは思わなかったよ。まあ、俺達の素性をあまり出してないから、食いつきやすかったんだろうけどね〉


 一部しか知られておらず、外国の妖怪や精霊は強い者かトップしか知らない。死んでも口には出してはならない故に、周囲には伝わらない。それもこれも禁忌を犯そうとする相手を仕留めるためである。

 この吸血鬼も禁忌を犯そうとしており、茂吉はため息をつく。


〈……たださ。君の真祖からも始末してもいい話が来てるんだ。これって、つまり、君達は触れてはならない禁忌に触れてるのわかる?〉


 軽く聞くが、吸血鬼は唇を噛む。


〈我々が生きながらえるためだ。その方法の手身近に貴様達の組織があった。それをちらつかせ、亜米利加あめりか政府の人間に半妖を手に入れるようにそそのかした。はっ、たかが半妖が我ら吸血鬼にやれるとでも思ったか!?〉

「二人共」


 吸血鬼の背後に人が降り立つ。

 降りてきたのは、仮面をした直文だ。その彼の両手には二人の人間。いや、足が砂のように消えていく者を人間というのか。吸血鬼は振り返って、驚愕をしていた。


〈……はっ……なっ!? ……わ、私達は……私達は! 弱点さえつかれなければ不死身だぞ……!? 何故、容易にやられている……!?〉


 動揺している吸血鬼の目の前に、勢いよくその亡骸に等しい吸血鬼を投げつけた。吸血鬼達は白目を剥いており、口から涎を出しながら体を砂と化していく。直文は不思議そうに彼らの言語で話した。


〈弱点をつかなければ我々が死なないと思っているのか?

吸血鬼にも吸血鬼の殺し方が多岐にわたるだろう〉

〈……魔殺しだと……!? ……そんな馬鹿……いや、関わってならない……まさか……お前たち……!?〉


 直文の手から吸血鬼の体が消えた。完全に死んだのだをみて、彼らがどういう組織なのか吸血鬼は悟ってしまった。吸血鬼は「ひっ」と情けない声を上げて、体をコウモリにして逃げていく。先程の余裕はないようだ。人間たちよりも、自分の保身に走る。

 直文は宙に浮いて、二人に声をかけた。


「俺は吸血鬼を仕留めてくる。二人はそこの人間の処遇を決めてくれ」


 背を向けて、勢いよく飛んでいく。

 茂吉は二人に振り返る。


〈さて、君達の処遇をどうするか、俺達が決めさせてもら──〉


 とおると茂吉は言葉をつまらせる。男の一人がポケットから小さな瓶を出していたからだ。透明な色であるからこそわかる。赤い液体が入っていた

 茂吉は声を荒げる。


「──おい、まさか吸血鬼の血かっ!?」

「……っ嘘!?」


 彼女は驚愕した。吸血鬼は噛まられるだけではなく、血を与えられても吸血鬼になる。血は先程の吸血鬼に与えられたものの可能性が高い。だが、瓶の量が多すぎる。吸血鬼に転化するなら一滴でいい。飲む量は多ければ多いほど、理性のない化け物に成り下がる。


〈っっ……くそっ!〉


 蓋を開ける男に茂吉は急いで走り出した。茂吉は瓶を叩き落として、吸血鬼の血を地面におとした。

 その赤い血は地面に染み込んで消える。

 とおるが走り出す。とおるが動き出した理由を察して、茂吉はもう一人の相手を見た。そのもう一人が血を飲んでいたからだ。とおるが手を伸ばしても遅かった。その男は瓶を落として、苦しみ出す。


「うっ……ぐっ……!?」


 手の爪が伸び、牙ができ始める。目も白目になり、肌から血管が浮き出ていた。その軍人はとおるを吹き飛ばす。彼女は静かに着地をして、顔をあげた。茂吉は男を地面に押さえつけて、血を飲んだ相手を見た。

 吸血鬼となった男は倒れた三人の死体に飛びかかった。

 一人の遺体の首筋に噛みつく。死んでまだ間もなく、吸血鬼となった相手からして、格好の餌だろう。血を飲み干し、更に遺体の首筋を噛んで血を飲み干す。

 変わり果てた同僚の姿をみて、生き残った男は怯えを隠せなかった。


〈れ、レオン……?〉


 声に反応して、吸血鬼は首筋から口を話して男に顔を向ける。口の端から血を流し、殺意を男に向けていた。


〈ひっ……!〉


 仲間めがけて、吸血鬼は飛びかかってくる。させまいと茂吉は変化をして駆け出した。仲間殺しに合うより、自分たちの手で亡くなったほうがまだ救いがあるからだ。彼は吸血鬼の心臓の上を掴み当てて言霊を使用した。


「……申し訳ないけど……宵光よいこう!」


 手から勢いよく黄色い光が一瞬だけ現れ、吸血鬼の体を貫く。

 吸血鬼自身何が起きたのか、わかっていない。胸に空いた穴を抱えながら、相手は後ろに倒れる。心臓に杭を打てば吸血鬼は倒れるというが、正しく言えばその生命力となる心臓を攻撃すればいい。

 吸血鬼は倒れ、男は目を丸くした。我に返ったのだろうか、相手は瞬きをして人の瞳を目に宿す。自分が何をしようとしたのか、理解したのだろう。

 ゆっくりと顔を同じ同僚に向けて、手をのばす。


〈……ああ……ダニエル……ごめん……ごめん〉


 目に涙を流しながら、体を砂に変えていく。死にゆく姿に、男はゆっくりと起き上がってその吸血鬼となった男の名を呼んだ。その声に吸血鬼の彼は申し訳無さそうに謝り続ける。


〈助けようとしたはずなのに……君を……殺そうとして……ご、め……ん……〉


 顔までも消えていき、強い風が吹く。吸血鬼となった男は自然の中へと返って行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る