8 原因となる過去

 遺体も残ってない仲間と死んでいる仲間。残ったのは男一人であり、彼自身は呆然ぼうぜんとしていた。


〈レオン……ジョン……マイケル……アルフレッド……? おい……嘘だよな……〉


 茂吉は仮面を外して、姿を表した。


〈……ダニエルくんだっけ? もうこれ以上やめたほうがいい。君だけ助けられる。もう俺たちに深入りはしないで〉

〈……っ!〉


 腰にある軍刀を抜いて、ダニエルという男は茂吉に斬りかかる。

 余裕で避けるが、相手の軍刀の振り方に余裕はない。簡単に避けられる度に、相手の苛立ちがつのるのを感じる。彼は冷静に声をかける。


〈やめろ。これ以上は無駄な争いだ!〉

〈黙れ黙れ黙れ黙れぇぇっ! 俺は、俺はっ!! 仲間と家族の為に戦わきゃならないんだっ! お前たちを奴隷として連れて帰って、国を発展させなきゃならないんだよ!〉


 相手の目的がわかり、茂吉は呆れる。

 当時のアメリカは南部と北部の問題でくすぶっている。この数年後に起きる戦争が南北戦争だ。組織の半妖を奴隷と扱い、戦争の道具として使おうとしているのがわかった。奴隷ではないとはいえ、組織の半妖は似たような立場にいる。奴隷は勘弁であり、いくら国の為ではあろうがただの新たな火種だ。

 茂吉は消すと決め、振られる軍刀を簡単に手にした。ダニエルは目を丸くし、茂吉はその刃先を折り曲げて真顔で話す。


〈心意気は良しとしても目的はいけ好かない。洗いざらい吐いてもらおうか〉

〈……っ!〉


 相手は軍刀から手を離して、逃げようとするが目の前にとおるが現れる。彼女は男の腹に蹴りを入れる。

 男は吹き飛ばされて、地面に倒れる。

 茂吉は倒れた地面の方を見て、違和に気づく。視界には血を吸われた亡骸の二つだけ。吸われてない亡骸一つあったはずだ。茂吉は斧を出して掴み、とおるに声をかける。


「とおる、伏せろ!」


 茂吉の声に気付いて、彼女は伏せる。とおるの背後には先程殺されたの軍人がいた。口には白くて鋭い牙。吸血鬼だ。

 転化したてで、わからなかったのだろう。あの針は人を殺すものであり、魔物を殺すものではない。吸血鬼になった音がもう一人の血を吸わない時点で気付くべきであった。茂吉は斧を振るうが、男は避けて蹴飛ばされた仲間に顔を向ける。


〈ダニエル! 無事かっ!?〉

〈っアルフレッド……! お前……生きていたかっ……!〉


 人を騙すには味方からということか、仲間が生きていることに男は嬉しそうであった。アルフレッドという吸血鬼となった男は、茂吉をにらんで爪を鋭くした。


〈隠していてすまない。吸血鬼になったのは有事の際にみんなを助ける為になったんだ……!〉


 予測はしていたことに、茂吉ととおるは感心した。倒すのに力を得るのは正しいが、勝てるかどうかは別の問題。

 とおるは彼らに降伏を薦めた。


〈──降参してください。今戦っても貴方達に益はない!〉

〈うるさい! 仲間を殺しておいて……よく降参しろとか言えるなっ!?

化け物のくせに、人殺しの化け物のくせ!〉


 アルフレッドという男の言葉はとおるに良く効く。

 化け物と意識してこなかった彼女には呪いの言葉だ。彼女が言葉をつまらせ、何も言えなくなる。相手の腰にある軍刀を抜いて、とおるに刃を向けた。

 鋭い鉄の音が響く。茂吉がその軍刀を斧で防いだのだ。防がれて、アルフレッドは目を丸くする。眉間にしわを寄せて、茂吉は相手を嘲笑あざわらってみせた。


〈価値観や言葉一つで人を殺せる人間たちお前らに言われたくない、ねっ!〉


 吸血鬼を押し返す。体勢を崩した隙に、斧を構え直して言霊を使う。


宵々牙よいよいが


 斧に闇が宿り、相手の体を縦に切りつけた。再生しないよう横にも切りつける。アルフレッドはそのまま砂となって風の中に消えていく。

 とおるは感謝を言おうとしたが物音に気づく。顔を向けると、ダニエルがゆっくりと起き上がって折れ曲がった軍刀を手に茂吉に向かって走り出す。

 軍刀を強く握って、ダニエルは茂吉を攻撃しようとする。


〈このぉぉアルフレッドまでぇぇっ!〉

「っさせない!」


 刀を構えて、とおるは真っ向に走り出す。

 先に障害となる彼女を倒さなくては茂吉に一太刀報いられない。ダニエルは懸命に軍刀を振い、とおるは彼を守りたい一心で刀を振るう。


 彼の為に守りたい。彼の為に役立ちたい。

 ただそれだけであった。


 相手は人間で、とおるは半妖。どちらが身体能力が優れているのか言うまでもない。


 茂吉は急いで振り返る。とおるがダニエルより早く、相手の胴体に斜め深く傷を入れていた。

 相手を傷付けた姿を見て少女は目を丸くし、相手から出る血を浴びる。とおるは自身の力を見誤り、加減できなかった。

 その相手は倒れる。肌の濡れた感触、倒した相手の虚ろな目、手についた赤い液体。倒れた相手を見て、彼女は呆然とする。とおるは二回目の人殺しをしてしまった。すぐに我に返って茂吉は水筒を出して、聖水で彼女に血の付いた部分を洗い流す。

 硬直こうちょくして倒れた亡骸を見ており、茂吉は心配になって声をかけた。


「……とおる?」


 彼女は口を動かす。


「私は、また人を殺した」


 手から刃が落ちる。からんと音を立てて、地面に膝をついた。


「こんな、つもりじゃなかったのに、ただ武器を落とそうとしただけなのに」


 茂吉にくらべて、とおるは常人の感覚を持つ。

 人によっては割り切るものもいる。淡々とこなすサイコパスと呼ばれる人間もいる。しかし、彼女は半妖というくくりがなければ普通の少女。町に出れば人を殺すこともない普通の少女だったのだ。

 もう後戻りができず、とおるの中で攻める言葉が続く。


 殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し。私が殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し。

 

 やり直せる人間を殺した。自分の手で人を殺した。守る為という大義名分を、誤ってしまった。

 表情が暗くなっていく彼女を見て、茂吉は強く抱きしめる。

 とおるの心が弱っていくのを彼は感じた。受け止めて支えられるが、彼女の崩れていく心までは完全に取りきれない。目の前の現実に彼女はボロボロと涙を流して口を開く。


「もう……やだ……いやだ………もう、やっ……。人を………殺したくないよ。……やり直せる人間を殺したく、ないよ……!」


 頭を抱え、助けを求めた。


「助けて……助けて……! 苦しいよ……こんなのやだよ……茂吉くん……!」

「とおる……っ」


 その人にあるはずのこの先の将来を奪ってしまった。この現実が彼女を襲って苦しめる。

 泣きじゃくる声に、茂吉は胸が痛くなるのを感じた。彼は殺生を背負うのは自身だけで良いと思っていた。だが、思わぬ形でまた彼女に罪を犯させてしまった。

 彼は彼女の目を手で覆う。せめて起こした悲劇を見せぬように、目の前の現実を今だけは逃避してほしかった。


「……ごめん、ごめんね……とおる」


 茂吉は自身の至らなさに唇を噛んで、彼女を強く抱きしめる。




 吸血鬼は直文が倒した。

 目的が果たせたが、果たせたとしても、負った傷は大きい。人に近くて、人に優しい半妖であるとおる。彼女は拭いきれない罪をまた負ってしまった。




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