9 彼女の贖罪
任務が終えて、とおるの身を清めたあと彼は任務完了の報告をした。その後のとおるはしばらく部屋に閉じこもっていた。
数日は食事をろくに取らない。また茂吉の入室すらも許さなくなり、今日も彼はとおるのいるドアの前に立って黙っていた。
彼女はベッドの中に潜り込んで、寝息を立てている。
今日の今までとおるが何を考えているのか、茂吉は何わかってきている。
人を殺して嘆く自分は、組織の一員として茂吉のそばに相応しくない。人を殺した自分を裁いてほしい。許してほしい。だが、背負わなくはならない。罪人だからこそ背負わなくてはならない。
自殺をして、許されるわけでもない。勝手の自死は家族と茂吉を悲しませる。
ノックや声をかけても彼女は出ない。ドアを開けて、とおるに声をかけても反応はない。
ドアを触り、彼を目を閉じる。
自分の犯した罪を真っ向から向き合わなくてはならない。どんなに辛かろうが、それが自身の犯したならば余計にだ。
彼はドアの前にいると、声がかかる。
「茂吉」
直文の声がし振り向く。直文だけではなく啄木もいた。
「……直文、啄木。どうしたの?」
声をかけられて、啄木が手にしている紙と板を見せる。診療録。いわゆるカルテである。カルテを見せながら話す。
「直文は相方と友人の様子を伺いに、俺は検査。彼女の精神状態確認を
「……とおるは中には入れてくれないし、中に入っても眠り続けているよ」
ノックや声をかけても出ない。無理矢理はストレスがかかるため、推奨はしない。
「大丈夫。壁越しで視るから」
彼は眼鏡を外して、額の中央に
第三の目だ。その目が開いて、啄木は壁をじっと見つめる。簡易的な筆を出して、紙に色々と書き出していた。額にある第三の目を閉じて、彼は眼鏡をし直す。
書き終えると、啄木は息をついて茂吉に声をかける。
「茂吉。彼女の現状を教える。彼女は運ばれた食事はある程度食べているから問題はない。だが、ここ最近眠る頻度が多く本来活動する時間で眠っている。今も眠っている」
「……それで?」
恐る恐る聞く彼に、簡易的な筆をしまって啄木は哀れみの目で部屋の方を見る。
「心に背負った負担が彼女に極めて深刻だ。それ故に起きた過眠だろう。……
診断の内容を聞いて彼は口をつむぐ。精神を取り除く方法はあるが、とおるは拒むだろう。自分のした行いを反省し続けられないと。
啄木は茂吉の肩に手を置いて軽く叩く。
「じゃあ、俺は行くけど、お前もあまり気を病むなよ。茂吉」
手を離して去っていく。直文は啄木を見送って、相方に心配そうに話しかけた。
「……茂吉。大丈夫……じゃないな」
「流石だ、直文。……長年俺の相方をしてるだけあるよ」
顔を上げて、辛そうに微笑んでみせた。平気なわけない。恋人が辛い目にあっているというのに、何もできないのだ。直文は辛そうな相方を
「俺にできることは少ないと思う。でも、出来るだけ力になるから」
「ありがとう、直文。……やっぱり、優しいね」
優しい声掛けに茂吉は感謝をし、直文は褒められ「そんなことない」と謙遜する。相方は
その日の昼間。直文と別れて茂吉は彼女の部屋の前から去っていった。
──夜。茂吉は目を開ける。ベッドから身を起こして、茂吉は寝間着の着物を着直す。
海外から取り入れた時計を見て、窓の外を見るとまだ深夜である。髪を一つに縛って部屋を出る。背伸びをしてお水を貰いこうと歩いていく。あくびをしつつ彼はとおるの部屋の前を通るが足を止めた。部屋から彼女の気配がしない。
茂吉は気付いて、とおるの部屋を見た。
「とおる?」
声をかけても返事はない。何処かに行くにも、ここに行く場所は限られており外に行くには外出の許可が必要だ。何処に彼女は行ったのか、今までの状況を踏まえて茂吉は予想がついていた。
とおるは上司の部屋にいると。
走って上司の部屋に向かうと閉じられた扉から明かりが漏れている。近づいて行くと、二つの気配が感じた。茂吉は気配を消して息を潜める。
何かを話している最中らしく、彼は聞き耳を立てると。
「桜花の半妖を、やめさせてください」
言葉を失う。
とおるが目を覚めると、変わり映えしない自室であった。
目が覚めれば、都合よく人殺しした真実が消えるわけない。夢に見ないのは救いだが、犯した罪は消えるわけではない。
部屋にこもっていて、彼女は考えていた。
茂吉の役に立つ為に頑張ってきた。
人殺しも仕事の一つではあるが、良いものではない。茂吉はとおるの全てをわかっていながらも、彼女が嫌なものを背負ってくれていた。本当に役立つなら、嫌な事もこなさなくてはならない。殺生という罪は立場上許されるとはいえ、してはならない罪悪感はある。人を何故殺してはならないのかを教わってから彼らは人を殺す。
罪悪感と矛盾を抱えながらも、生きることこそ刑罰の一つ。彼女は知りつつもできないと思ってきていた。
自裁はしても次がある。誰かに裁かれない。他者に許しを乞うのも一時しのぎしかない。そんな弱い自分は茂吉に相応しくないと考えていた。
彼女は起きて部屋を出て上司の部屋に向かった。運良く上司は起きており、彼は心配そうに体調を聞いてくる。
冥官の一人とはいえ、情の深い上司の優しさに触れて彼女は涙目になる。
着席を促され、彼女はソファーに座る。安眠の効果のあるお茶を出し、上司は対面するように座り、優しく話しかける。
「どうした? 何かようかな?」
聞かれてしばらく黙るが、心に決めて彼女は茂吉の聞いた言葉を吐いた。
「桜花の半妖を、やめさせてください」
その発言に上司も言葉を失うが、すぐに切り替えて聞き出す。
「……何故かな? 教えてもらえるかな」
とおるは抱いている思いを吐き出した。
「茂吉くんには、たくさんお世話になりました。お世話になってるばかりで、私は彼の役に立ちたいと思いました。最初は献身したい憧れの人でしたが、今は大好きな人……なのに、私は彼の役に立ててない。……人を殺すのが怖いばかりで、彼の負担になってます。こんな私よりもっと相応しい人がいます」
上司は口を挟まずに黙って聞いている。彼女は思いのままに話を続ける。
「私は、裁かれたいのです。……自分が罪を犯したから……許しを、えたいんです。でも、仏壇や十字架に
彼女は顔を上げて、覚悟を決めながら涙目で話す。
「だから、たかむらさん。桜花の半妖をやめさせてください」
組織の半妖が半妖を辞めるのは、存在否定。即ち死ぬと言っているようなもの。
まだ刑期を終えてない半妖が半妖を辞めて死んだらどうなるのか。わかりきっている。そのまま地獄に落ちて罪を償い続ける。
例え、組織の半妖でも地獄でも、自己の罪は続く。どこまでも。
彼女の話を聞いて、上司はしばらく黙って扉の向こうを一瞥する。
しばらく黙ってから話し出す。
「それは、大切な人を置いていく、大切な人を悲しませる決断だとわかって言っているのかい?」
「……はい」
「茂吉と金長一族の皆には相談したのかい?」
「……いいえ、これからする予定です。……ただ、自裁の決意が揺らいでしまうのは嫌だから先に貴方に話しました」
「……そうか」
悲しげに返事をし、とおるは申し訳なく謝った。
「逃げてしまって……ごめんなさい」
「いいや、逃げてもいい。……いや、とおる。君の場合は受け止め過ぎだ。真っ向から向き合い過ぎている。時には、よそ見をして自身の抱える罪の荷物の重みを減らしてもいい。
彼女は黙って頷いた。
とおるは金長狸の血筋を誇りに思っている。人に恩がある妖怪が人を手にかけるのは、自身の矜持が許さない。自分の意志で自分を許せないのだ。
彼女は部屋から退出をした。茂吉の気配や姿にも気付かず、廊下を歩いて自身の部屋に戻っていった。
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