6 彼女の怯え 彼の本当の願い
とおるが人の寿命を超え、金長が阿波狸合戦で死んで大明神となった。また
その後から、彼女は人殺しをしてしまった。初めての人殺しを行った後のとおるは茂吉の傍を離れることはなかった。
上司も彼女を気遣って、妖怪退治をメインに任務を命じるようになった。代わりに、茂吉が積極的に人の抹殺を行っている。とおるは彼が代わりに人を殺しているのを知っており、自身の未熟さに嘆きながら人を手に掛けた怖さで苦しむ。
そんな彼女を茂吉は励ましながら、日々過ごしていく最中。
1854年のある日。
組織の建物は洋風に移行している。寝泊まりしている部屋も洋室となった。
執務室も和洋折衷と言える部屋となり、洋式風の部屋で茂吉ととおるの服装も洋服となっていた。直文もともにおり、三人は上司から聞かされた命令に質問をした。
「……吸血鬼退治……ヴァンパイアですか」
「ああ、組織の
黒船来航と呼ばれる時代。
何人か組織を探ろうとした人間と海外からの妖怪がいた。彼らの一人が
「その命令、仕留めるのは吸血鬼だけではないでしょう……。俺たちに組織を暴こうとしている
感情が表情に出ているが、僅かに硬さがある。この頃の直文は感情が
「そうそう!
『政府内にいる我々を知るもの、知ろうとするものを消せ。もしくは捕らえてよし、生かして記憶を消してよし。絶対に私達の存在を覚えさせるな。その方法は問わない』とね。様々な大陸からも変に我々の存在を探ろうとするものがいて大変だ……」
顔を隠してよよよっと嘘泣きをする上司に、茂吉は呆れて指摘する。
「何を言ってるんですか。
嘘泣きをやめて、上司は口元に笑みを浮かべた。恐怖を与えるためだけに向かわせたらしく、相手を骨の髄、いや一つ一つの細胞に恐怖を叩きつけるつもりだ。
組織の上司は体勢を直して明るく話す。
「私は前から各国のお偉いさんには通達しているぞ。私達を探ろうとするならば相応の恐怖を与える。死者の安寧を邪魔するなと言っているのに、しようとする方が悪いだろう?」
上司はわかっていた。
通達しても禁忌をおかそうとする人間を。時代が新しく変わっても、大きな力を求める人間はいる。そんな彼らを組織は
それを知りながら上司は笑う。
「だが、茂吉と直文はそんな彼らを本当は可哀想だとは思わない。自業自得だと思っている」
「なら、聞く必要ないでしょう」
淡々として茂吉は返し、上司は頷いた。しかし、三人の会話を聞いてとおるは複雑そうな顔をする。その顔を見て、上司は苦笑をする。
「すまない。気を悪くさせたかな?」
「いえ……そんなことはありません。ただ複雑な心情なんです」
人は好きではあるが、今回の件はとおるにとってはなんとも言えない。茂吉はよくいるため、彼女の心情がわかる。
その政府の一人は普通の人であり、国の為にしているのかもしれない。家族と子供もいるのだろうと。
同時にこう思っている。人ではない力を手に入れようとして、世界の秩序を乱すのは良くない。人は人の手で滅ぶべきなのだ。
これは組織の半妖の共通の認識。とおるの表情に上司は優しく話す。
「とおる。それで良い。君自身の判断を、感じたことを大切になさい。無理はしなくていい」
「……ありがとうございます」
とおるは頭を下げ、茂吉と直文にも上司から声がかかる。
「二人共、彼女を任せる。特に、茂吉。しっかり彼女を支えなさい」
「はい」
茂吉はいつものように彼女を守るつもりでいた。彼女は妖怪退治。人間を気絶させる。直文と茂吉は率先してすべての退治。とおるは浮かない顔をしているものの拳を握って頷く。
執務室を出て廊下を歩いていく最中、とおるは足を止めた。
優しい言葉をかけられたとはいえ、どんな際に人を殺してしまうのかわからない。彼女は体を震わせていると、茂吉は気づいて振り返り、彼女に声をかける。
「とおる。どうした? ……まだ怖いのかい?」
「そ、そんなことは………………ある……かもしれない…………」
顔を俯かせて正直に言う彼女に茂吉は目を伏せる。
人の寿命の歳の間は人を殺してはない。人の寿命を超えてから彼女は人を手にかけた。健常な人の感性を持つとおるには、辛くも耐えなくてはならない。例え、昔から殺しを当たり前に行われたとしてもだ。人の情緒を持つ者、殺してならぬ理由を知る者にとって、彼らの行いはただの恐怖でしかない。
茂吉達は淡々とこなせてしまう方だ。この怖さは茂吉たちは理解はできない。だが、彼女からの恐怖の気持ちはわかる。
目を開けて茂吉はとおるの両手を握って話した。
「怖いなら怖いでいい。こんなのが嫌ならしなくていい。今回の任務はやめよう。いやなら、嫌で言えばいいんだよ」
やりたくないなら、やらなくてもいい。茂吉の意見にとおるは甘えたくもなる。しかし、とおるは仕事をやり遂げ、茂吉の仕事の役に立ちたかった。彼女は彼の意見に首を横に振る。
「……ううん、けど、私はやる。やるよ」
「……わかった。けど、無理はしないように。怖かったら「助けて」って言って。すぐに駆けつけるから」
優しく声をかける彼に、とおるは頷く。
──その後、任務先に行くための直文と茂吉が先に準備をし終えて、二人は玄関前で待つ。とおるは準備に遅れている。茂吉は身隠しの仮面を拭いてぱっと宙に消す。自身の力の容量によって、仕舞える力のポケットが増える。
元々持っていた力を更に扱えるように、鍛えるように、修行してきた。その力は強すぎて、人を容易に殺せる。
自分の手を見ながら茂吉は直文に話した。
「直文。俺は間違えた対応をしているかな。あの子に俺は無理強いをさせてないかな」
彼女は自分の意志でついていきたいが、茂吉は無理強いなのではないかと気にしている。とおるの話をし、直文は数秒考えて話す。
「……俺からみて、茂吉はとおるちゃんに無理強いしているとは思えない。あの子はあの子の矜持で動いている。茂吉がそう思っているのは……彼女に人を殺してほしくない。普通の女の子でいてほしいからじゃないのか?」
指摘されて、茂吉は目を丸くする。
彼は組織よりも、常世の国や桃源郷よりも、人間の世界で生きる彼女が眩しくて綺麗で愛しいと感じていた。彼女は普通の人間として生きるべき。自身の思いに気付いて、すとんと腑に落ちて茂吉は唖然とした。
「…………………………そうかも。……なんで二百年以上も気付かなかったんだ」
落ち込んで見せて、直文は難しそうな顔をする。
「……そもそも、今の俺達が普通に生きようとするのは難しいから考えられなかったんじゃないのか? 根底からすでに掌握されている時点で誕生した時から俺達は普通じゃない。だから、こう生きざる得ない。組織の中で多様な行き方があるとしても、罪と存在は変わることはできない」
冷静に話す。当たり前であり、茂吉は正論を言われたような気がした。自分達は普通には生きられない。幸せになるなとは言われてはないが、なるには障害を乗り越えなくてはならない。組織をやめさせるとなると、それは半妖を辞める。死を意味し、地獄に逆戻りとなる。
方法はないのかと考えながら茂吉は深いため息をついて、相方に苦笑する。
「お前は冷静でいいね。直文」
「……そうじゃないと、組織の任務はやってけないだろう。茂吉」
淡々というが、直文は顔をみせていない。茂吉は「そうだよなぁ」と笑って返す。笑みを消して、直文の心情も何となくわかっており茂吉も同じだ。
辛いのだ。辛くとも乗り越えて、組織の任務はやってかないとならない。玄関からとおるが慌ててでてきた。謝りながらも二人は許し、茂吉は表情を和らげる。とおるは自身の心の支えの一部なのだと茂吉は理解した。
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