快晴4

 息を切らしながらも微笑む澄に、茂吉は顔を赤くする。

 今の茂吉は突き放せない。無理矢理引き剥がしはしない。澄を傷付ける行動を今の狸にできるわけない。恥ずかしさで両腕で目を隠し、愛しの彼女に問いかけた。


「……直文も、俺を追い詰める為のおとりだったんだね?」


 澄は首を縦に振る。


「その通り。あの人から君を連れてくるように言われているけれど……私だけで君を捕まえるのは簡単じゃない。皆に協力をしてもらったんだ」


 作戦は最初から練られていたようだ。彼女の答えに、茂吉は深くため息をつく。


「はぁ……思い出すにしても……早くない?」

「小さい頃から、憧れの人……君の夢を見てきたからね。思い出すのに時間がかからなかったよ」


 かつて直文が言っていた。【あの子とおるちゃんはお前が思っているよりもお前を思っている】と。言葉通りである。小さい頃からずっと覚えてなくとも、茂吉を思っていた。思った以上である。思いの強さに、思われている本人は顔に熱を集めていく。

 顔が赤いと気付いて、澄は声をかける。


「茂吉くん。顔赤いよ」

「……知っている。だけど、見せない。見せたくない。見るな」


 不満気な声に、紫陽花の少女は笑った。


「でも、私は見たい。……茂吉くん。腕を退かしてほしいな」

「やだ」

「君を知らない私が君を見ても、私は君に大切な言葉を送られないよ」

「……なら、もっと嫌だ。俺はもう顔を見せたくない」


 子供のように駄々をこねる彼に、澄は仕方なさそうに切なげに話す。


「じゃあ──私は何処かに消えればいいのかな」

「っ違う!」


 消えると聞いて、茂吉は腕を退かして上半身を起こす。真剣な彼の顔に澄は驚き、互いの顔を見合わせた。澄は嬉しそうに口元を緩め、頬を赤くして顔を近づける。

 

 互いの唇が重なる。


 茂吉は目を丸くし、目を閉じている彼女を見つめた。顔が離れた瞬間、澄が彼に勾玉まがたまのネックレスを首からかける。はっとして茂吉は首にあるネックレスを見る。再び澄に顔を向けて、彼女の笑顔を焼き付けた。


「──私の大好きな茂吉くん。捕まえた!」


 狸は呆然と笑っている彼女を見た。

 やり場のない怒りと羞恥心。情けなさと愛しさなどの諸々で茂吉の顔が真っ赤になり、両手で顔を押さえる。後ろに倒れて大きく息を吸い、大きく口を開けた。


「もぉぉぉ────っ! なんだよ、なんだってんだよっ───!

どうして、うまくいかないんだよぉぉ──っ! ああもぉぉぉ──っ!」


 悔しげに恥ずかしげに茂吉はもだえる。彼の上に乗っている澄は楽しげに笑っていた。


「あははっ……茂吉くんは私のこと嫌い?」


 茂吉は指の間から澄をにらみ、勢いよく起き上がって真っ赤な顔で怒りながら告げる。


「好きですよっ! 大好きですよっ!! 尊いし愛しいし、今まで全部の行動が君の為に、君を幸せにしたいからだ。それぐらい、君が好きなんだよ。澄! 今まで本当に悪かったねっ!」


 キレながらも思いを吐きだす彼に澄はキョトンとするが、瞳を潤ませて笑顔になった。茂吉は我に返って罰悪そうな顔をし、片手でヘアバンドを下ろし顔を隠そうとする。澄は彼の胸に飛び込み、茂吉は拒まず彼女の好きなようにさせた。




 もだえている最中、直文達がやってくる。

 茂吉の照れている様子に八一は「青春かよ!」と指差して笑う。

 八一のツッコミに啄木は口を押さえて笑い声を堪える。後の三人は安心しながらも、笑っている二人に苦笑を浮かべていた。

 笑われ、立てていた計画を台無しにされ、自身の目的すらも潰され、恋人である彼女にも恥をかかされ求められ。茂吉は額に青筋を作る。仕返しを込めて澄にえげつない口付けをして、周囲に見せつけてやった。



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