5 慣れぬ江戸の暮らし
ある日の江戸時代の朝。
鐘の音が聞こえてくる。布団から身を起こして彼女は背伸びをした。明け方を告げる六つの鐘。
彼女は一つの手狭い部屋におり、急いで寝巻きの浴衣を脱いで、
普段着では洋装であった為、彼女は時間をかけて着物を着ていく。手慣れてはないが、初めて着た時よりもましになっている。
八一自身の借家であり、ちゃんとした場所で滞在した方が良いと彼の伝である呉服屋に
使われてない荷物置きになっている部屋があり、そこを整理して奈央の部屋とした。
彼女の経歴は詐称してあり、『訳ありで家から逃げ出した良い身分のお嬢さん』と八一は伝えてあるようだ。夫婦と店で働くものからも同情や優しくされるため、どんな内容の詳細を伝えたのか気になる。
彼女はまずこの時代がどこの時代に当たるのか、八一に聞いた。大きな出来事としては富士の噴火は乗り越えて、討ち入りの事件もあった。
現在の将軍は
町には職人と
着物を来て足袋を履き、髪を一つ縛りにした。八一が再び髪型に認識の阻害の術をかけてくれる。髪型や色に関しては髪の長さと量からして、この時代特有の髪型にするのが難しいからだ。
部屋をでて、自身の働く場所に向かう。外からは地面に水をまく打ち水の音がした。まず店のものに挨拶をして、彼女は手拭いで
姿を見せて、挨拶をした。
「おはようございます。とよさん、なるさん。奈央です。今日もよろしくお願いします!」
「あら、奈央。おはよう! さっそくだけど野菜を洗ってくれるかしら」
「はい!」
一人の成人した女性のとよから声がかかる。もう一人はなると言う人だ。二人は村からここに奉公へと来た人々だと言う。
江戸時代で見かける調理場。
数個の竈や水場に食材庫。それなりの広さがあり、そこでは
奈央以外の全員が教科書や資料館で見たことあるような姿だ。髪の
昔、徳川家康が
現代生活の便利さをありがたく感じつつ、奈央は水を汲み上げ終える。
桶に水をいれて、野菜の土を
町にはいくつか
また用水に使った水を流す際は、
江戸時代の
彼女は手をとめて、呟く。
「帰り……たいな」
父と母が待つ家に、二人が帰ってくる家に。友達がいる未来に。
未来に無いものが江戸にあったとしても、彼女にとって未来にしかないものもある。不安が襲いかかる前に、彼女は首を横に振って作業を再開する。
ここで立ち止まっても、何も起きやしない。彼女は今を生きて八一を信じるしかないのだ。
洗い終えた野菜を運んで、調理場において他の
洗い終えた野菜を机において、彼女は野菜の篭を手に
彼女は気付いて、声をかけた。
「おーい、八一さーん。おはようございます!」
「おっ、来たか。おはよう」
彼は井戸の桶を手にしていた。女性たちとはそれぞれの持ち場に戻り、彼女は目の前に来て用事を聞く。
「どうなされました? 八一さん。今日も御用ですか?」
「会いに来たんだよ。家にも帰れることができない、不安があるお嬢さんの為にな」
奈央は目を丸くして、彼は井戸の桶を中に落とした。八一は心配して、顔を見せに来てくれる。彼女の不安も汲み取ったかのように、良いタイミングで来てくれるのだ。
井戸の水を汲み上げて、彼女に水のはいった桶を見せる。
「ほら、野菜。洗うんだろ? 手伝うよ」
「け、けど」
「いいっていいって。ほら、野菜の籠持ってくる。まだ少しあるんだろ?」
桶を地面において、彼女の野菜の篭を取った。桶の隣において、八一は袖をまくり
洗い終えて、彼女は額の汗を拭う。着物の蒸れ具合は慣れない。
野菜を洗い終える。一緒に調理場まで持ってきてくれるらしく、持ちながら彼女は八一に感謝した。
「ありがとうございます。わざわざすみません。八一さん」
「いいよ。こういうときは助け合いが必要だ」
彼女は調理場に顔を出すと、八一もひょっこりと顔を出す。
「野菜を洗い終えましたー!」
「おはよう。とよさん、なるさん。いい匂いがするなぁ」
八一の顔出しに二人は驚く。彼は顔が広い。この呉服屋の店主と仲が良く、店の者や
「あらあら、八一さん。おはようございます!」
二人は篭を机において八一はとよに声をかける。
「お嬢さんは元気にやってるかい?」
「ええ、ぎこちないけど根性はあるわ。見込みのある子よ」
「へぇ、そりゃよかった。一応、私の友人の子なんで酷くしないでよ?」
「しないしない。噂の情報屋八一だもの、どんな噂を流されるかわからないからしないわよ」
とよの言葉に八一はにこにこと笑う。裏のことを打ち明けられたとはいえ、八一の表面上を詳しく知らない。彼女は
「あのなるさん。……八一さんってそんなに有名なのですか?」
「……ああ、八一さんは唐突に
吉良邸討ち入り。彼女は目をまん丸くして、八一を
間違いなく
普通なら八一がやったのが考えられないと言うだろう。素性を知る奈央は下手なことを言わずに笑って誤魔化した。八一は思い出すように声をかける。
「ああ、そうそう。ここの呉服屋の店主さんに用があるんだった。じゃあ、お嬢さん。今宵、ちょっと私と散歩しないか?」
「えっ、ちょ、唐突すぎません? 八一さん!?」
「あっはっはっ、良い反応だ。ふふっ、冗談だよ。ただちょっと私の気分転換に付き合ってほしいだけさ」
声をかけるが、八一は手を振って調理場を出ていく。
唐突な誘いに彼女は
暖かいご飯は朝食でしか楽しめないため、朝に堪能しておく。江戸時代の朝食はご飯と味噌汁、漬け物だけ。ご飯は朝炊いたご飯をそのままおひつで保存しているため、ご飯は堅い。また運動部である奈央は量に物足りなさを感じるが我慢している。
夏の時期は比較的に涼しい朝と夕暮れに働き、昼間は完全に働かず涼むことが多い。
日が沈んでいく中、鐘の音が四つ響いていく。今日の夜、店主に一言外出を告げると快く許可してくれた。待遇を良くしてくれる故に、八一は本当に何者かと思う。
夜はほとんどの店の者が寝ている。静かに出入りをした。
八一は壁に寄りかかって、軒下におり扇を扇いで涼んでいる。昼間で暑さが少し増しているからか、夜でも少し暑い。八一の方には汗が流れていた。奈央は暑いんだなと思いつつ、声をかける。
「八一さん。すみません、遅くなりました」
「ああ、別に遅くなってないさ。お嬢さん」
扇を閉じて、狐を思わせる怪しい微笑みを作る。奈央は恐る恐る聞いた。
「あの……急になんで……」
彼は扇の先端を指で触りながら話す。
「慣れない時代に来て、慣れない生活をして、慣れない飯を食べて、慣れない着物を着て、そんなお嬢さんの気分転換をしようと誘ったんだよ。気分転換させたいって話したら、店主さんも納得してくれたって話」
彼女はびっくりしていた。顔を見せに来てくれるだけでなく、配慮してくれるとは思わない。扇を仕舞う彼に、彼の気遣いに頭を下げる。
「すみません。ありがとう、ございます」
「いいっていいって、気を病むなよ。お嬢さん」
八一は白い歯を見せて、朗らかに笑った。
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