1 過去が追いつくとはこのこと

 窓に多くの水滴が付き、雨音が響く。

 啄木は少女を保護し、部屋にある医療箱で傷口に処置をほどこす。妖怪の毒も己の力で解毒げどくをした。


 軽く診察した後、彼女の服は洗濯に出す。体も綺麗に洗わせてもらった。着替えは保護した少女が来ることを考え、着替えとアメニティを用意してある。その着替えを拝借し、着替えさせた。カッパと荷物も乾かしており、啄木の自室のベットに寝かせている。

 空き室には家具が揃ってないため、啄木の部屋に寝かせているのだ。


 彼は息をつき、寝ている白椿しろつばきの少女を見た。


 陰陽師の彼女を保護したのはいいが、彼女の浴びた毒は妖怪女郎蜘蛛の毒である。狙いを定める導として、女郎蜘蛛の糸が彼女に張り付いていた。

 狙われぬように啄木が切った。が、恐らく女郎蜘蛛は諦めていない。霊力の高い人間の女の肉は、妖怪からすると美味だ。彼女を狙おうと眷属けんぞくである小蜘蛛を放っている可能性が高い。


 書類と情報で見たとしても、目の当たりにした際の衝撃はでかい。ポケットに入っているスマホを手にして、啄木は通話アプリを起動させた。組織の上司という項目をタップして耳に当てて、通話が始まる。


「もしもし、啄木です」

《ああ、啄木か。どうした?》


 啄木は報告をする。


「前に遭遇した穏健派の少女を保護しました」


 ある怪異の事件の際に啄木は彼女と遭遇をした。最初は声を聞いて彼は疑ったが予想は当たった。それは当たってほしくなかったものだ。

 啄木の表情が曇る。


「それと、望まぬ形で俺の目的が果たされそうです」


 報告に電話の主は納得したように声を出す。


《ほうほう……それはまた難儀だ》

「ええ……はぁ」

《なんだ、啄木。憂鬱か?》

「……ええ、まあ」


 間をおいてから、電話からの質問に頷く。啄木は白椿の少女を一瞥して、苦笑を浮かべた。


「ですが、俺なりに目的を果たすだけですよ。複雑ですけどね」


 返事に、電話の主は笑った。


《そうか。ならば、そこの彼女の処遇は任せるよ。我々の事はバレなければ基本的になんでもいいからな。はっはっはっ》

「……あんたのそういういい加減なところと組織の決まりを具体的にしないところでクソ上司と言われるんですよ。クソ上司」


 彼からの悪態を物ともせずに、電話の主である組織の上司は愉快そうに笑う。啄木は呆れながら別れの挨拶をして電話を切る。スマホをポケットにしまった後、啄木は白椿の少女の近くに来てしゃがみ顔を見た。


 先程の顔に椿のような愛らしさはなかった。今では少しだけ顔色はよく、白椿の花言葉の意味が戻りつつある。

 彼女を見つめ、啄木は空笑いをした。


「……ははっ、直文のように運命的だったらどれだけよかったか。……これは皮肉だろ」


 しばらく少女を見つめたあとだ。啄木は腰をついて天井を見上げ、目に手を当てる。しばらくそうしていると、目が塞がれた手から一筋の雫が溢れた。


「なんで……なんでこっち側なんですか」


 悲しみの声色は、部屋に響くだけ。

 深い深いため息を吐く。

 嘆いても何も始まらないと啄木は立ち上がった。涙で濡れた手をテッシュで拭い、ゴミ箱に投げ捨てる。彼女が目覚めたあと、何をすべきかを考えていた。

 誤魔化しとその後すべきこと。頭の中で考えまとめ、啄木は深呼吸をした。


「……まず、この子が治るまで保護だな」


 身内もいるならば、心配をかけさせるわけには行かないと彼は準備に入る。

 スマホで仲間に根回しをしておく。

 穏健派の少女の保護をしたことをグループの場で、メッセージとして送る。部屋を出て、啄木は白湯を作るための保温容器と痛み止めの薬の用意をする。市販薬ではあるが、ないよりはましだ。


 夜も近づくため、食事の準備もしておく。マグカップに白湯を入れ、啄木は自分にミルクたっぷりの珈琲こーひーを入れる。お盆を持って、部屋に向かっていった。




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