🌧3ー1章 心の梅雨前線は常に停滞

『合わせ鏡のあいだ』

 これは俺が実際に体験した話だ。高校生の頃、いつもの帰り道で鏡のある通りを通った。その鏡にある自分の写った姿に声をかけられたことがあるんだ。


【よう、俺】

「っ!?」


 声をかけられて向くと、楽しそうに笑う鏡の俺がいた。


【そうびっくりするなよ。俺】

「えっ、はっ? 俺、気が狂った……?」

【そんなわけないだろ】


 呆れられるけど、その時の俺は異常だとし思えない。

 植物に話しかけられるほど幻覚症状はないし、薬を決めた麻薬中毒者じゃない。健全です。鏡の中の自分に声をかけられるなんて、定番の怪談あるだろう。

 体を一日貸してくれとか、自分といつの間にか入れ替わるとか。ああそう言うのかって思ったんだよ。だから、これ以上は話しかけることをやめた。

 鏡にうつる俺は何度も話しかけてくる。なんか話してほしいやら、相手をしてほしいやらな。しばらくして向こうは諦めたのか、俺と鏡のように動いたんだ。

 一ヶ月後、俺はそんなことを忘れていた。

 いつもの帰り道。俺は暇になって鏡の俺に声をかけたんだ。


「よう、俺」

【っ!?】


 鏡の俺は驚いていたから、俺は楽しく笑ってしまった。


「そうびっくりするなよ。俺」

【えっ、はっ? 俺、気が狂った……?】

「そんなわけないだろ」


 呆れて俺は歩きながら、暇になってなんか話してほしいとか相手してほしいとか、色々言ったんだ。

 つまらないと思った。話を聞かないからまあ諦めてそのまま歩いていったんだけど、鏡の前を通り過ぎて気付いた。

 このやり取りは一ヶ月前のものと同じだと。あのときの俺は鏡の中にいる怪異にそそのかされそうになっていたんじゃないのかと思った。

 けど、違う。俺は気付いて、鏡の前に来て自分の姿を見てみたんだ。焦った俺の姿があって、俺は姿に写った俺に声をかけてみた。

 


「なあ、俺。わかるか?」


 声をかけてみたけど、鏡の俺は何も答えなかった。気の所為だったかと思った。でも、鏡をよく見て俺は気付いた。背後の向こうには同じよう鏡があって、俺の背後を映している。


 振り返ってみると、そこの店には同じように鏡があった。


 鏡に写っている姿の俺は、何重もの俺が重なっている。

 合わせ鏡ってやつだ。合わせ鏡をすると、なんか起きるって聞いたことあるだろう。俺の前と背後にある鏡は合わせ鏡の状態になって、俺はその間を通って帰っていたんだ。

 また何か起こるかもしれないと思って怖くなって逃げて、彼処あそこを通学路にするのはやめた。

 ……流石に合わせ鏡の間を通るのは怖いさ。鏡には魔力があるって言われたり、御神体として神社に置かれたりすることがあるんだけどさ。


 しばらくして学校の友人にこの話をしたら、彼処あそこは鏡の壁がある店ができてから、変なことが起きてるらしい。誰かが行方不明になったり、人が発狂してり、倒れたり。夜には幽霊が現れるんだ。それ繋がっちゃいけない場所にも繋がってないかなと思った。


 俺の場合は過去と未来が繋がったような状態だった。考えてみると、俺はまだ運が良かったほうなのかもしれない。もし、あそこに怪異が現れていたら……俺は死んでいただろう。

 今はあの店は潰れて、合わせ鏡ではない。けれど、何かない限り軽い気持ちで合わせ鏡をしちゃあいけない。

 いいか、絶対に軽い気持ちで合わせ鏡はするなよ。



『合わせ鏡のあいだ』



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