10 ep 平成 穏健派の失敗作

 平成へいせい二十三年五月。

 薄暗い白い雲が静岡しずおかを覆う。

 雨が降りだしそうだが、雨雲ではない。奈央がいなくなって三日目。流石の奈央の両親も昨日に捜索願いを出していた。依乃も放課後は必死で駿府すんぷ公園や通学路を探し回っている。直文も組織を動て、奈央の捜索に当たっていた。無論、警察よりも組織の方が早い。

 放課後、駿府すんぷ公園の中にて。

 寺尾てらお茂吉が直文と依乃を呼び出した。茂吉は駄菓子の袋を片手にベンチに座っている二人に話す。


「まず、田中奈央ちゃんは時駆け狐に拐われたとみていい。そして、仮面の男に関しては興味深い情報が手に入ったよ。仮面の男は陰陽師の穏健おんけん派。どうやら、穏健おんけん派も『変生へんじょうの法』を使用してたみたい。人の胎児にね」


 依乃はきょとんとして、直文はまゆを潜める。


「人の胎児か……」

「上手いとこついてきたけど惜しいよねって思う」


 茂吉は同意するが、依乃は話がついていけない。


「あの、ついていけません。どう言うことですか?」


 二人に思わず聞いた。混乱している少女は『変生へんじょうの法』については知っている。

 他者の器に魂を入れる術。魂は生者死者の関係ない。何もない器に、魂を入れて生き物と生かすといっていい。見方によれば、死者の蘇生。体の乗っ取り。地獄にいる者の魂すらもよみがえらせることもできるようだ。


「依乃。通りゃんせの歌詞は覚えているかい?」

「あっ、はい!」


 通りゃんせ。著作者ちょさくしゃが不明な昔からあるわらべ歌だ。彼女は思い出す限り、歌ってみた。


【通りゃんせ 通りゃんせ

ここはどこの 細道ほそみちじゃ

天神さまの 細道ほそみちじゃ

ちっと通して 下しゃんせ

御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに

お札を納めに まいります

行きはよいよい 帰りはこわい

こわいながらも

通りゃんせ 通りゃんせ】



 独特ながらも耳と体に馴染む。茂吉と直文は拍手をする。彼女は気付いて、顔を赤くした。直文は依乃を誉める。


「上手だね。心地よい子守唄こもりうたで赤ちゃんにも聞かせたくなる。将来はいいお嫁さんになるよ」


 くさいセリフに、依乃は目を丸くして顔を赤くした。直文の台詞せりふはプロポーズに近い殺し文句もんくであり、両想いの間柄で言う言葉ではない。しかも、素であるため余計に厄介だ。直文は彼女の様子をおく思い聞こうとする。その前に、茂吉が相方の口に味付あじつぼうの駄菓子を突っ込んで黙らせた。


「これ以上は話が進まなくなるから、俺に進行させて」


 モゴモゴと直文は味付あじつぼうを動て食べている。依乃は苦笑しつつ、茂吉に聞く


「ええっと、では、何で通りゃんせを?」

「七つのお祝いにって言う部分に注目。はなびちゃん。七つまでは神の子って聞いたことあるでしょう?」


 少女が頷く。

 昔は子供は七つまで生きられなかったとことが多い。また神が七つまで人を生きられるように守る。七歳以降は安定するため人に返すと言う。また七は魔除まよけの意味もあるのだ。

 茂吉は説明を続ける。

 

「七つまでは天の気。陽という人の持つ明るい力が強く出るから神様は好むのさ。それが、胎児となるともっと強くなる。生命の誕生たんじょうの最中だもん。当然と言えるのね。

でも、穏健おんけん派が『変生へんじょうの法』で呼び出す死んだ妖怪の魂は陰の気がつよつよ。穏健おんけん派は妖怪の力を持った陰陽師を作りたかったのかもね。けど、胎児の陽の気には及ばないから定着ていちゃくさせても陰の気が負けて陰陽いんようが整えられる。霊力の強い陰陽師が生まれるだけ。

だから、穏健おんけん派の内部に俺たちが干渉する幕はない」


 茂吉の言った意味を理解した。

 復権ふっけん派は零落れいらくした神と共謀し、人の名前を奪って人を死なせて肉体に妖怪を宿して式神として使役しえきしていた。現在、復権ふっけん派の式神は直文達が全てほふって地獄に送り返した。彼は表情を淡々たんたんとしたものにして、ため息を吐く。


「……はずだったんだけど、イレギュラーが起きたんだ」

「……イレギュラー?」


 茂吉は彼女に頷き、面倒さそうに天を仰ぐ。


「地獄でも前例はあるだ。強い力の妖怪が人に転生する際、何かの拍子に前世を思い出す事が。その場合、人より陰の気が強く前世を思い出し易く、妖怪にも戻れる。それが、陰陽師側で起きた。最初は成功かと思ったら大失敗だいしっぱいで大慌て。穏健おんけん派は急いでそいつを調伏しようとしてる」


 直文は駄菓子を食べ終えて、駄菓子のパッケージの袋をくしゃっとつかむ。


「なるほど、妖怪の前世返り。相手は狐の妖怪か」


 相方の指摘に茂吉は「ビンゴ」と笑った。




🦊 🦊 🦊


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