3 のんすとっぷごーくれいじー

 ざしゅっ。すぱ。ざしゅっ。すぱ。ざしゅっざしゅっ。すぱ。すぱ。

 タッタッタッタッタッタン、タッタッタッタッタッタッタン。

 大きな肉を切ってロース肉の塊に。内蔵はわけておき、ロース肉以外の部位は刃で細かくしてミンチにする。白くて固い物、骨は斧の刃で断ち切っておく。骨もつかないと美味しそうに見えず、売れない。

 ミンチはハンバーグに成型。普通の肉と骨付きの肉には塩を振って薄めの味付け。

 二つの塊の肉は別の部屋に分けてサクラチップを巻く。燻製にするのだ。

 ある程度、肉にし加工しなければ妖怪には売れない。

 生鮮食品ならば、そのまま直送したほうが生きがいい。

 ざしゅっ。すぱ。ざしゅっ。すぱ。ざしゅっざしゅっ。すぱ。すぱ。

 タッタッタッタッタッタン、タッタッタッタッタッタッタン。

 オノマトペような音を出しているが、起きている光景は地獄絵図。

 何処かで悲鳴が上がり、逃げ惑う影がある。あるものは銀色の刃が胴体をちょん切られ、あるものは捌かれ、あるものはホラーゲームの如くスプラッタ。斬る加工をし終えて、最後によく燃える液体を周囲にぶち撒けた。

 斧の男はライターを出して部屋に火を放つ。


「肉はこんがりと焼いて加工~加工~♪」


 液体にすぐに火が燃え移り、広がっていく。斧の男は窓から外に出ると、現世に似た現世ではない場所の建物がよく燃えていた。

 放火は罪だ。してはならないはずが、放火した張本人はただ笑みを浮かべている。燃える建物の入口からは一人の男が逃げ出してきた。斧の男が現れて、逃げ惑う相手の逃げ道を防ぐ。


「ひ、ひぃっ!?」


 情けない声を出されて、斧の男は心外だと声を上げる。


「えー、そんなに怯えるー? 黄泉比良坂こっちに引きずり込んで、骨髄まで怖い思いを味あわせてるだけなのにさー。ってか、お前達は俺と似たことしてんじゃん。法律で禁止されてることとか、良くない密売とか。種類は異なるけど、俺と似たようなことをしてる人だよ?

そう考えると怖がることないじゃんか☆ ねっ、同類♪」


 斧の男はフレンドリーに話しかける。内容に相手は声を出せずに、怯えながら首を横に振って否定を示した。斧の男は圧倒的な力で男以外の仲間をほふり、抵抗する間もなく一部屋に赤い部屋を完成させた。

 地獄とも言える光景を怯えた男は間近で見てきている。斧の男は怯える相手に尋ねる。


「ねぇ、君は高校生のとおるって女の子知ってる?」

「た、確かに知ってる! 狙うように高久の旦那から言われている! ……隠さずに言ったぞ。これで開放してくれるよな!?」


 命が惜しいゆえに素直に話したが、斧の男は歪んだ笑みを浮かばせて問う。


「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の動物はなぁんだ? 有名だよねぇ、このなぞなぞ。わかるよね? 答えられたら逃してあげる♪」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの風景の中でなぞなぞを出す神経を疑いたくなるだろう。答えを知る為、怯えながら男は口を開こうとし相手を見る。

 その相手斧の男はにたりと笑みを深くし、斧を高く掲げていた。


「答えは人間。お前だよ」


 斧の男の影は揺れる。スフィンクスから出されたなぞなぞが解けなかったら食い殺される伝承がある。斧を持つ相手は食うのではない。殺し尽くすのが目的ではある。故に、斧の男はなぞなぞが解けても逃すつもりない。

 斧は振りかざされた。




 夕焼け小焼け。日が町を照らす。だが、空にはいくつもの灰色の雲があり空模様はよろしくない。

 どこかの童謡を茂吉は身隠しの仮面をしながら口ずさむ。手と服には赤い血がベッタリとついている。後で洗い流せばいいと考えていた。鳥の鳴き声、車の音、生活音。茂吉がいるのは現実の世界だ。彼は遠くの建物の上からある建物と男と複数の人物が尋ねているのを見ていた。

 高久。血の繋がった兄であり、茂吉の守るべき少女を狙っている相手で殺すべき標的だ。


「ああ、あいつだ」


 彼は喜々と呟く。建物から高久らが入っていくのを見た。

 茂吉が加工していた建物に目を向ける。何も燃えてはいないが、人気はない。黄泉比良坂よもつひらさかに起こった現象は現実の世界に及ばない。大きすぎる力の場合は起こる可能性はあるが、大きな力を使ったわけではない。

 しばらくして高久が慌てて外に出てくる。


「なぜだ。何故、人がいない!?」


 慌てている高久の声が聞こえ、茂吉は腹を抱えて笑った。


「あっはっはっ、驚いてやんの、戸惑ってやんの! 自業自得のくせにさっ!」


 高久の寄った事務所は裏世界の人間。高久を妖怪と知って接している人間の組織の一つ。現実世界の事務所から黄泉比良坂よもつひらさかの事務所に無理矢理転移させて彼女を狙う人間をほうむった。

 その後は黄泉比良坂よもつひらさかにいる妖怪達に喧伝して、売りさばいた。妖怪たちも久々に肉に感謝をしていた。妖怪も生きおり、一部の肉や血しか食べられないものもいる。

 組織はどちらの秩序を担う役割もあり、逆に妖怪が人間に関わろうとしている例もある。実害や禁忌、秩序を乱す兆候がなければ彼らも手を下さない。

 彼は「あーあ」と声を上げる。


「まったく、あの子さえ狙わなきゃいいのに……誰に吹き込まれたんだが」


 ため息を吐きつつ、彼の震えている影は何処かに伸びようとしていた。日が当たって伸びているのではない。影が自ら逃げるように伸びている。その影を茂吉はがっしりと掴む。


「やだなぁ。俺に憑いてきて逃げようだなんて、隅に置けないぞっ☆」


 何度か伸びて逃げようとする影に彼は愉しそうに話す。掴めないはずの影をつかめるのは彼が半妖だからだ。震える影は首を横に振るように、何度も左右に動かす。嫌だ嫌だと子供のように首を横に振るが、茂吉は明るく声を上げた。


「だぁめ♡ 俺を乗っ取る為に憑いたくせに離れて逃げようだなんてさぁ。──最高にふざけてるな」


 後半声が低くなり、彼は影を強く掴む。ゴムのように伸びて影は震え始めていた。顔の前に持ってきて、光のない瞳で影の中にいる怪異に話しかけた。


「組織の存在を漏らした奴の差金だろ。俺がただ単に人間殺してるだけと思ったか。隠れて尻尾を見せてないけど、わかっているからな? ……だからさ、踊らせてやるから一緒に踊ろうよ。狙う相手は澄を狙おうとする者……彼女の詳細を知る者だ」


 手を放すと影は元の位置に戻り、再び逃げようと伸びようとする。風船のように膨らんで、影から出てこようとすると。


宵闇よいやみ


 彼の言霊が放った。瞬間、茂吉の影から複数の槍が刺さった。膨らんだ黒い風船は割れることなく震えて、茂吉の影の中に戻っていく。

 

 だ れ か た す け て。

 

 影から助けを求める声が発せられる。彼は立ち上がって高久のいる方を見つめた。


「おのたぬき。おのたぬき。りようさせておくれ。おのたぬき。おのたぬき。おれのころすべきあいてをさだめておくれ。おのたぬき。おのたぬき。──おれからにげるなんてゆるせないよ?」


 ぽつぽつと地面が濡れていく。彼は空を見つめると、雨雲が少しずつ空を覆い始めた。血だらけの服と手の血を洗い流してはくれる。だが、雨は彼の中にある狂気までは洗いながすことは難しい。

 雨足が激しくなる中、彼は仮面を外して空を見てぼうっと見つめ続ける。雨により肌と髪が濡れて、Tシャツの服の色も変わっていく。顔に多くの水滴が流れているせいか、茂吉が泣いているようにも見える。

 何を考えているのかわからないが、呟きだけが聞こえてきた。


「……おれなんかどうでもいいからさ……」


 誰も気付かれない建物の上で、雨に打たれ続けた。




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