2 演者は役を演じ 道化は愚者を演じ
舞台では多くのものが行われる。演劇やオーケストラ、合唱、ダンス。そのほか諸々。舞台とは主に芸術性を表現する空間の場のものが多い。その作品の世界観を表す意味もある。
自身の立つべき舞台は日陰が相応しく、照明すら当たる資格はないと茂吉は目を細める。端っこの廊下側の席で茂吉は舞台を鑑賞していた。
彼は舞台袖に目を向ける。高島澄は裏方をしていると聞いていた。照明や音楽の入れ方に違和はない。練習を重ねてきたのだ。
役者の演技力は学生とはいえ、形になっている。演技と演出も観客を飽きさせない。終幕後は拍手。拍手の最中役者と裏方が出てきて、演劇部の部員紹介が行われた。
紹介が行われている最中、演劇を澄は達成感を得た微笑みを浮かべている。裏方とはいえ、やりきったの。楽しそうな姿に満足をして口元を緩めると、澄と目が合う。長居はできないと席を立ち上がって、舞台ホールから出ていく。
廊下の窓から入る陽光の眩しさにやられていると、横から声がかかる。
「茂吉。もうよかったのか?」
振り向くと、背後には直文がいた。
演劇の舞台に誘ったのは彼である。配慮に感謝しようとする前に、顔を見ると相方は心配そうな顔をしていた。思わず、茂吉は苦笑してしまう。
「なに? 俺、そんなにわかりやすかった?」
「どれだけの付き合いをしてると思っているんだよ。もっくん。朝の件もわかっている。これでも心配しているんだ」
嘘偽りのない言葉。直文は基本的に実直であり、言ってのけないことをサラリという。または天然ともいう。相方から真っ向から言われてしまい、茂吉は頬を赤くして照れた。
「あっはっはっ、流石なおくん。ありがとう、今の俺は大丈夫だよ」
「だけど、茂吉」
「本当に大丈夫。彼女の幸せそうな日常を垣間見せてくれてありがとう。じゃあね」
大丈夫だと微笑み、背を向けて手を降って去っていく。
「……らしくないぞ。茂吉」
直文の呟きが聞こえて、茂吉は苦笑しながら文化会館を出た。
堀の近くを歩き、笑みを消す。茂吉は自分らしくもないと自覚している。
朝のニュースとなった遺体は、いつもならすぐに処理と後始末をする。せずに放置をして世間を騒がせたのだ。ニュースを見るのは人だけではなく、妖怪も目に入れる。
見せしめの効果として、彼はわざと放置をしたのだ。
高久はここに来ている可能性がある。彼は人気のない道に入ると、何もない場所から仮面を出して顔につけようとする。彼自身の影は一瞬だけ揺らめき、茂吉は手を止める。自分の影をじっと見つめ、ほそく笑む。
「わかっているんだからね? 俺に憑こうとしているの」
影は激しく揺らめくが、茂吉はただ笑っているだけだ。
「お前が俺に憑依をするなら、コッチも利用させてもらうよ。……標的は高島澄の秘密を漏らすもの。彼女を狙うものだ。それ以外は狙うな」
命令を受けて、影は揺らめくのをやめる。怯えて静かになるようにも見えた。彼は微笑むのをやめたあと、自身の仮面をしてその姿を消す。
澄はホールから出ていく一人の観客に気付いていた。
その人と目があったような気がする。知らない誰かであった。とても優しい表情で見られており、気味悪さを感じつつ心の底から悲しさと不安がこみ上げる。
気味悪さは理解できる。知らない人に対して、知ったように見られれば気味悪いと思う。しかし、悲しさがこみ上げる理由と不安を抱く理由がわからない。
考えている間に、バタンと音がして、ホールの扉がを見ると閉じられたあとであった。ヘアバンドをしている男性はすでに行ったらしい。舞台を片付ける前の休憩の間に、先生にお手洗いと偽って彼女はドアを開けてエントランスに向かう。
エントランスにはトイレ休憩をしている観客などが出てきている。彼女は周囲を見回してヘアバンドをした男性──茂吉を探す。
隣から声がかかる。
「演劇部の高島澄さんだね?」
「えっ、あっ……文田先生……!?」
変装した直文に澄は驚いた。少女にとってはあまり接点のない新任の先生だ。話しかけてきた理由がわからず、先生の言葉を待つ。
「どうしたんだい? 慌ててここに来ていたから声をかけたんだ。何か用事でもあったのかい?」
「あっ……はい」
彼女は頷き、彼なら話しても問題ない判断して話した。
「実は真っ先に舞台から退場した人が気になりまして……あの人大丈夫でしょうか?」
「……それは、君が気にすることはないじゃないかな。個人の評価は人それぞれ」
「文田先生。違います。私がしているのは彼の心配です」
遮って彼女は話す。澄から出た言葉に直文は目を丸くしていた。今の彼女から出るはずのない言葉であったからだ。澄は茂吉を思い出していなくても、彼との接した経験は継がれている。紫陽花の少女は心配そうに話しだした。
「すみません。なんだかヘアバンドの人に危うい雰囲気があって、初対面のはずなのに気になるんです」
「……そっか。大丈夫だよ。体調が悪い場合はちゃんと病院に行くだろうから。ほら、君の家族や部活の部員に顔を合わせてきなさい」
直文に促されて、澄は不安に思いつつも廊下を歩いていく。関係者用のドアに向かいつつ、彼女は足を止めた。ドアはもう少し先にある。入ればいいだけが、足が動かなかった。不安定な優しい表情が残り胸の上を掴む。肌に伝う雫に気づいて、彼女は袖を拭うと濡れているのに気付いた。
何故、涙を流すのか。彼女にはよくわからない。
「澄」
背後から声が聞こえて振り向くと母親がいた。彼女が泣いている姿に驚き、彼女の母は心配してくる。
「澄? どうしたの? 何処か痛いの?」
「……お母さん」
彼女は首を横に振って、母親に笑ってみせた。
「ううん、なんでもないよ。舞台で頑張ってうまく行ったから、嬉しさの余韻が残ってるだけだよ」
「あら、そうなのね」
「うん、舞台。どうだった?」
適当に誤魔化して彼女は感想を尋ねる。母親は娘に見たままの感想を話すが、澄は頭に入らなかった。胸を締め付ける思いの理由を考えているが、今の彼女は何もわからなかった。
澄が行ったあとに、直文は建物の外に出てポケットからスマホを出す。
相方に関しては直文よりも昔の澄の方がよく知っている。茂吉の顔色を知るのに参考にさせてもらった時期があった。組織の半妖はそのまま記憶と経験を受け継ぐ。記憶は忘れていても、茂吉との経験だけは受け継いだようだ。
電話のアプリを押して、耳に当てた。ぶつっと音が聞こえて、スマホから声がする。
《もしもーし、稲内八一でーす。どうしたんだ。なおくん》
「八一。澄ちゃんから茂吉が危うい雰囲気を発していて、心配をしていた。……今後の茂吉の行動の注視をしてくれ。啄木の協力も仰いでほしい」
《……なるほどね。了解。まったく、あいつは面倒くさいな》
八一の通話に直文は「同感だ」と笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます