4 紫陽花の知らぬひたむきな想い
学校の文化祭は成功した。仮装で生徒も外から来た一般の人も楽しんだ。出店の販売は上々。化学部などの実演も子供たちが喜び、最後の日に行われたパフォーマンスも学校内を賑やかせ笑わせた。終えた後は、片付けをしながら勉強の日々に明け暮れる。
文化祭が終わったあとにもイベントはある。勉強が本分とする学校なら仕方ないよねとも言うが、勉強が苦手な子には危機。ある子にとっては九死に一生スペシャル。
「学力テスト、いやだぁぁ──っ!」
帰宅時間に校門の前で泣き叫ぶ向日葵少女の奈央。今日は部活はない。片付けも全部終わり、文化祭終わりの開放感の余韻に浸りたい。だが、追い打ちの学力テスト。勉強できる学校である為、一ヶ月に一回ある。奈央は勉強をしなくては、大好きな先輩と親友の背中を追いかけられない。向日葵少女は理英数系が苦手といえば、一部の人は察するであろう。
依乃と澄は苦笑する。頭を抱えて地にへたり込む後輩に、澄はしゃがんで頭を撫でて励ました。
「大丈夫。だって、今の奈央には稲内さんという心強い味方がいるんだろう?」
奈央にはイケメンの彼氏がいる。本人は否定しているが、周囲からは彼氏として見られている。外堀埋め立て効果は抜群だ。言った瞬間に勢いよく奈央は澄に向く。今にも涙が出そうなほど潤んでおり、澄に
「先輩の方がいいですぅ~! 先輩の方がまだ優しいですぅ~!
あの人、心強いどころか鬼ですよっ!? 良い味方じゃなくて怖い味方です!
スパルタだし、知らぬうちに外堀を埋めにかけるし。前なんか一問ごとに解けなかったら八一さんの痛気持ちけど痛い足ツボマッサージされて、滅茶苦茶悲鳴あげたんですからねっ!?」
「でも、奈央ちゃん。その次の日の顔色良かったよね?」
依乃に言われて、奈央は悔しそうに立ち上がって拳を握る。
「そうなんだよっ! はなびちゃん。八一さんの足ツボマッサージ、よく効くから腹立つ!
体が軽くなるし、肩こり腰痛、諸々改善してるから余計にっ……しかも、その日の部活で高タイムが出るし!」
「奈央にメリットがありまくりじゃないか」
後輩にツッコミを入れた。一問解けない事に効果てきめんの足ツボマッサージとは、スパルタなのか優しいのかわからない。奈央はここぞとばかり
「そうですけどね! 八一さんは問題を出すとき、意地悪な聞き方してくるのです。しかも、何度もわかるまで問題の出し方をちょいちょい変えて……。八一さんが問題用紙を作ってきて、答えろと言われたときは開いた口が塞がらなかったです。しかも、科学なんてすいへーりーべーぼくのふねを歌わされて、一つ一つ元素はなにか聞かれるし、英語なんて発音からやらされることもあるんです! スパルタですよっ! 久田さんと依乃ちゃん、澄先輩から教えてもらったほうがマシです。もう少し優しくしてほしいですよ! あのスパルタ狐!」
「はーい、そんなスパルタ狐がお嬢さんをお迎えに来ましたー」
三人は驚き、奈央は振り返る。いつの間にか八一がおり、面白そうに笑っている。向日葵少女は顔色をブルーハワイに染めて、彼はわざとらしい笑顔で顔を近づけた。
「もー、お嬢さんは酷いなぁ。私が手取り足取り教えてあげてるだろー? 勉強」
聞かれていたらしく、向日葵少女は動揺を示した。
「なっ、なっ……!? 八一さん……いつの間に……!?」
「その場にいたのは「学力テストがいやだぁー」から。背後にいたのは「スパルタですよ!」から」
「それって最初からってことじゃんかっ! けど、一体どこから……!」
下校する生徒目線を感じつつも、奈央は首を振って隠れる場所を探した。
どこに居たのかもわからない。学校の校門の周囲など、隠れる場所は限られている。屋根の上から現れるのもかなり目立つ。見た目は人とはいえ、彼も立派な桜花の半妖だと改めて知らされる場面だ。彼は依乃に顔を向ける。
「まあ、実際は二人に用事があるってだけ」
「えっ、私もですか……?」
自身を指差す彼女に、狐の彼は首を縦に振った。八一を詳しく知らない今の澄は少し警戒をいだく。八一は彼女の心配を見抜いて優しく話す。
「大丈夫だ、高島さん。変なことはしないよ」
「えっ、あっ……はい」
ハッとして頷き、澄は少し不安を感じた。変な危険はないような気がしてきたのか、澄は肩の力を抜いて少し下げる。
「じゃあ、私はこのあとお母さんに買い物を頼まれてるからもう行くね。はなび、奈央、また明日」
手を振る先輩に、後輩も反応して返事をする。
「はい、先輩もまた明日」
「澄先輩! 明日勉強見てくださいね! さよならです!」
依乃は丁寧に返事をして、奈央はぶんぶんと手を振る。優しい後輩に慕われて、澄も悪い気はせず軽く手を上げて去る。
二人から離れて道路を渡り、
小学生や親子が広々とした公園で遊んでいる。公園はイベントの広場としてよく使われ、秋になると大道芸ワールドカップが行われ、大道芸人が公園を舞台として使う。澄も大道芸の祭を何回も見に行った。
また行きたいなと考えて、城門のある方に歩いていく。
復元された城門と
気になって澄は近づいて行く。姿が見える距離となり、彼女はその姿を目に捉えた。
ヘアバンドをした仮面の男であった。あの時の舞台を見ていた人だとすぐに澄はわかった。先回りをした様子はない。彼は澄に気付かず、ただ周囲の街を見ている。
文化祭のときはただ舞台を見ていただけらしい。思い違いと気味悪く思ったことを彼女は反省し、彼を見る。
静かに街を見続けていた。仮面をしており、どんな表情なのかはわからない。しかし、彼から強さと惹かれるものを感じた。強く惹かれ、悲しさがこみ上げて不安を抱く。澄は顔を見たくて一歩ずつ近づいた。
足音に気付いたらしく、ぴくっと反応して彼は見下ろす。気付かれてしまったと気付き、澄は立ち止まる。
距離が離れた場所の音に気付くとは、相手は人間でないと澄は理解する。紫陽花の少女の姿を確かめた途端に、彼は怯えるように後ろに下がった。
「──、──いで。──いで。────────いで」
かすれた声で
「だめ、みないで。こないで。おれにちかづかないで」
強い拒絶に重い衝撃を受けて、言葉を失い彼女は立ちすくむ。知らない相手からの拒絶に、澄は傷付いていた。普通なら残念に思うはずが、彼女は酷く悲しかった。知らないはずの彼を知っている感覚に
我に返って澄は慌てて声を上げた。
「……待って。私は君を知ってる気がする。君も……私を知っているの!?」
男は答えず、姿を消した。残された澄は彼がいた場所を見続けた。瞬きをする度、頬に雫が流れていく。心から泣いているのだと理解して、彼女は顔を両手で隠し
泣き止んだのは十数分後であった。
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