6 呪殺でも人殺し

 夕方頃。花沢三藤は震えながら、合流場所に向かおうとした。行かなければ、無いこと隠したい事を吹聴される。

 後が怖く正念場震えていた。バッグを抱き抱えながら、三藤は人形に声をかける。


「……お願いです。井口くん。助けて……井口くんっ……」

「花沢くん?」

 

 彼が振り返ると、常田重美がいた。


「わっ……常田さんっ!?」


 三藤は驚き、重美は苦笑してみせた。

 

「どうしたの? 三藤くん。そろそろ帰った方がいいよ」

「えっ、で、でも……あれ? 常田さん。肝試しに行くんじゃないの……?」


 聞かれた重美は、不愉快そうに腕を組む。


「なんで、あんな尻軽野郎達と一緒にいなきゃならないの? 居るだけで、性格悪いの移りそうだから行かないよ。勿論、三藤くんにも行かないよね?」


 重美は三人の素行の悪さを見抜いていた。いや、見るからに悪そうだとわかる三人だ。彼女から言われ、三藤は息を呑んで後ろに下がる。怯えながら首を横に振る。


「……むり、できない。僕は……無理だ。逃げられない……でも、行かないとならない……」


 逃げて、やられてきた経緯がある。三藤は逃げる事を許されていないのだと考えている。他の道を考え見つけられないほど、三藤は追い詰められている。

 震えている彼を見つめ、重美は口を開いた。


「じゃあ、私があの三人にやめてって言ってあげるよ。そうしたら君は」

「だめだ! 僕は……僕はあの三人をやっつけるまじないを持っている。君も巻き込まれるかもしれない……!」

「呪い?」


 不思議そうに聞く彼女に、三藤は頷き教える。


「そうだよ。ネットで知り合った人から教わったんだ。よく話や相談に乗ってくれる人でね……。昔いじめで犠牲になった男の子を呼んで、人形に移していじめっ子を殺してもらうまじない。邪魔をしたら……君にも害が及んでしまうかもしれない……」


 人から教わったと聞き、彼女はあまりいい顔をしない。当時のソーシャルネットワーク──SNSでの扱いは軽かった。ネットでの怪しい誘いも多くなってきている。彼女は三藤に何気なく話す。


「そんな人もいるんだね……どんな人?」

「くろーさんって人だよ……風景アイコンの……プロフィールにオカルト系を扱ってるって。怪談図書館を勧めてくれた人なんだ」


 三藤が教え、重美はポケットからスマホを出す。

 SNSのアプリを開き、教えられた情報を検索する。そこにあるユーザー名を見た。ヘッダーはオカルト系。アイコンはどこかの風景の写真。くろーとユーザー名があり、プロフィールにはオカルト系の話を集めていると書かれていた。三藤はユーザー名を本名にしている無謀な少年ではない。プライベートメッセージ、またはダイレクトメッセージにてやり取りをしているのだろう。

 スマホを納め、重美は胡散臭そうに話す。


「でも、まじないなんでしょう? まじないなんて嘘くさい。だから、こんなのやめて」


 重美がいいかけたとき、三藤の顔が険しくなった。三藤にかけた言葉は今の彼の琴線きんせんに引っかかる。何重にもしわを作り、奥歯を噛み締めて声高に声を荒らげた。


「ったかが呪いでも! 僕はこれしかないんだよ!!

同級生も、家族にも、先生にも、大人にも、他人に頼っても意味ないから、こんなのにしか頼るしかないんだよっ!! 僕のことを知らない癖に口出しするなっ!!!」


 大声で叫ぶ彼に、少女は目を丸くする。すると、彼のバッグについている犬の人形から黒いもやが現れる。それは人の形をなし、黒い男子学生の姿となる。

 三藤に怒りを感じて、『三年二組の井口くん』は姿を表した。両手を伸ばし、少女に両手を伸ばす。

 三藤は顔を青ざめ、バックを手放し駆け出した。しまったと思ったのだろう。良心がある証に少女は微笑む。

 重美──いや化けた彼は目つきを鋭くし、その両手を逆に掴む。『井口くん』は両手を抑えられ、動けずにいる。逆に『井口くん』を止めていることに、三藤は呆然とした。


「えっ……へ?」


 腰を抜かし、床に尻餅をつく。腰つく三藤をにこやかに彼は笑う。


「そうさ、君の気持ちなんて知らないさ。完璧にわかるわけない。完全に共感できるわけない」


 素の声を出し、重美の姿から茂吉は本性を表した。


「けれど、少年。一つ言っておこう。明確な殺意を持って行う呪いは殺人だよ」


 自分より身長が大きい男が現れ、三藤は言葉を失った。

 茂吉は勢いよく『井口くん』の頭に向けて頭突きをした。『井口くん』はよろけ、茂吉が手を離す。陰陽師が使う札が背後から飛んで、『井口くん』に貼り付く。

 札が発光する。『井口くん』はもやとかして、人形の中に戻っていく。光が消えると札は地面に落ちていき、茂吉は札を拾って三藤の背後にいるパートナーに声をかけた。


「ナイス。ありがとう。澄」

「どうも致しまして」


 背後には変装をしている澄がおり、三藤は振り返り戸惑う。


「えっ、徳嶋さん!? えっ、常田さんは……えっ……どこ……?」


 女の子が消えて、代わりに男が唐突に現れたのだ。驚くだろうと二人は苦笑し、茂吉がしゃがんで目線を合わせて彼に話しかける。


「困惑するよなぁ。うん、あれは俺だよ。俺狸だから、あんな風に化けられるの」

「えっ、えっ……? 狸?」


 茂吉は頷き、額に人差し指を当てながら話す。


「そう俺は狸で、君のしている行いを咎めに来た」

「咎めにって……」

「さて、一つ聞こうかな。君はなんで人の世間が人殺しを良しとしないのか。わかってる?」

「……えっ……えっ……?」


 困惑から拭いきれない彼に、茂吉は笑顔になりながらも教える。


「ああ、『人殺しが良くないことだから』って答えは、曖昧だから駄目。けど、俺は年上だから教えてあげる。せーかいは、苦しい面倒事・・・・・・が起きるからさ」


 動揺がおさまらない三藤に水を掛けるように答えた。

 答えを聞いた少年は目を丸くして、動揺が鎮められていく。茂吉は笑顔をたもちながらも、明るい口調のまま淡々と話す。


「今の時代、人を殺すと何が起こると思う?

逮捕、裁判、賠償、世間の目、他者からの評価に評判。親にも世間の牙は向くし、君に良心があればそれこそ君自身が苦しむ。人の目に移りやすくなった今、面倒事がたくさん起きる。

人殺しの規模が大きくなるともっと苦しい面倒事が起きる。君がしようとしているものが、いくら摩訶不思議なものだとしても、していることは殺人と変わらない。した真実だけがこの先の君の心をむしばんでいく」


 茂吉が答えると、三藤は首を何度も横に振り渋い顔で答えた。


「っ……でも! あいつらが消えていなくならないと……僕は僕の平穏がないっ……。家族にも迷惑を掛けるし、安心していられる場所がない……。安心していられる場所がないなら……普通に生きられないなら……! 死ぬしかないじゃないかっ……!」


 話すたびに、少年の目から溢れるばかりの涙が流れる。

 三藤を見て、澄は茂吉が何をしているのかを察した。茂吉の中では、三藤の抱えている思いと現状が、前の澄自身と重なっているのだろうと。自分を苦しめる結果を生み出そうとしているのを察し、見ていられずに彼は動いたのだと。

 茂吉は人差し指で額を小突きながら笑う。


「もー、君はお馬鹿だね。優しいお馬鹿さん。君はあいつらを消さなくていいの。そういうのは、人でなしがすべきなんだよ」

「……へっ」


 きょとんとする三藤。言われたことのない言葉を言われ、拍子抜けた。茂吉は優しく少年の頭を撫でる。


「俺が襲われそうになった時、君は「しまった」って顔をした。関係ない人に危害が及ぶのを恐れ、俺を守ろうとした。そう言う良心のある人は手を汚すべきじゃないよ」

「……えっ……あっ」


 茂吉は再び人差し指を額に当てて、言霊を使用する。


「これは一時の微睡まどろみだ。消憶しょうおく。おやすみ」


 彼は目を閉じて、横に倒れた。寝息を立てて、気持ちよさそうに寝ている。澄は三藤を抱き起こし、茂吉に目を向けた。茂吉はスマホの画面を見ており、笑みを消し真顔になる。


 スマホの画面の内容を彼は澄に見せる。


【怪しいやつ発見。声をかけようとして離れていった】


 監視の式神がやられたと気付いて動き出す前に、八一達に気付いたようだ。すぐにここから離れたらしい。

 茂吉はスマホをポケットにしまい、頭を掻く。


「詳しい情報がないのは惜しいけど、確信は得れたかな」

「……花沢くんが、そそのかされたことかい」


 澄に頷き、気分悪そうに話す。


「そうだ。多分、いじめっ子の排除という名の殺人のそそのかし、さ。呪殺であろうとも、地獄では罪判定だ。俺が利用されたから何となくわかる。けど、あいつだと断定するのも良くない。推測の域に留めておくよ」


 茂吉は息を付き、彼女に顔を向ける。


「澄。手筈通りに花沢三藤くんを保護して安全な場所におくってほしい」

「……茂吉くん」


 不安げな顔で見る彼女に、彼はにこやかに微笑む。


「ダイジョーブ。始末書を書く羽目にはしないよ。ただ──人の痛みがわからない奴を無理やりわからせるだけさ♪」


 茂吉は楽しげに廊下を見つめていた。

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