7 「人の痛みを解らせてくるよ☆」

 校舎の部屋の明かりが少なくなっていく。日は完全に暮れて、空は黒の色となっている。星々が光る中、グラウンドの照明はまだついている。三人の男子学生は、待ち合わせの廊下にいた。裕貴は携帯の時計を見つめ、足で音を立てて苛ついている。


「っはぁー? もうすぐ九時だぜ? まだ来ないのかよ、あのヒョロガリ」

「はっはっ、嫌で逃げたんじゃねぇの?」


 柚木の言葉に戒斗は愉快そうだ。


「いいんじゃね? 逃げても、どうせあのヒョロガリくんは俺達から逃げられないしな。さあーて、あのヒョロガリくんのこと、ネットで晒しちゃおー」


 SNSのアプリが押された時だ。時計の画面にあるデジタル時計。教室や廊下に飾られているアナログの時計の針が九時を示した。

 校内に鳴るはずのないチャイムが鳴る。

 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーンと。普通のチャイムが鳴るが、それは外にも響いている。

 再び、チャイムが鳴る。

 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。またチャイムが鳴る。キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。またまたチャイムがなる。

 三人は目を丸くし、チャイムの音が少しずつおかしくなるのを聞いていく。

 最初の音がずれ、音が伸びるようなチャイムが響く。次はノイズが入る。おかしなチャイムが響く中、廊下の照明がついたり消したりを繰り返す。

 キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。

 狂ったチャイムが鳴り響き、またランダムに周囲の教室の明かりがついたり消したりを繰り返していた。

 グラウンドの照明も同じように消えたりついたりを繰り返す。カチカチと照明が消えたりついたりする。不可解な現象に三人は体を動かせずにいる。バチッと音と共にすべての照明の明かりが消え、チャイムも途切れた。

 廊下は暗くなり、頼りになるのは窓から入る星の光と月明かりだけ。急に視界が悪くなったことにより、三人は慌てる。


「な、何が起きたんだ……?」


 裕貴は唐突に起きた現象に戸惑いつつ周囲を見た。

 ガリガリと音がする。鉄の音が床を引っ掻くような音だ。三人が気付いて、音がする方に顔を向ける。廊下の奥の闇からだ。ガリガリと音は近づいていき、人影が見えてくる。

 明かりの入る窓に近づき、それは姿を見せた。

 黒いフードにズボン。上履うわばきではなくくつを履いており、狸のお面をした長身の男。男が姿を表すと、鉄の刃が見えてくる。相手は大振おおぶりの斧を床で引きずって、三人に近付いてきたのだ。

 柚木は顔を引きつらせる。


「はっ、はっ? なんだあれ……?」

「ほ、本物? 本物……なの……か? まさか、学校にそんな殺人鬼みたいな……」


 戒斗は声を震わせていると、三人の間に何が通り過ぎる。ざくっと何かが斬れる音がし、三人の背後で硬い音が響いた。

 壁に斧が突き刺さったのだ。柚木と戒斗は振り返り、斧が突き刺さっているのを見る。


「ぃがぁぁ!? ……ぁあ……ああっ……!」


 裕貴の怯えた声が響く。二人が裕貴をみて言葉を失った。斧が壁に刺さった音で気づかなかったようだ。裕貴の携帯を手にしていた片腕が、廊下を赤く濡らしながら落ちていた。裕貴は腰を抜かし、尻餅をついて顔から出るもの全て出しながら震える。


「あ、ああっ……い゛ぁだい゛……い゛っだぁい゛よ゛ぉ……!」


 ボロボロと涙を流し、口から涎を。肌からは汗を。鼻からは鼻水を垂らす。切り落とされた切り口からも、液体は垂れていく。色付きではあるが。視覚情報と鉄の錆びた匂いが鼻孔が通り、彼らはこの場で起きていることが現実だと把握した。


「……ひっ!? っああああっ!」

「やだっ……やだぁぁぁっ!!」


 二人は裕貴を置いて逃げていく。背後から「待って」と泣いている男子生徒の声が聞こえるが、二人は無視をした。本当の友人ならば助けはするだろうが、つるんでいるだけの友人ならば助ける必要はないのだ。


 裕貴の悲鳴が何度か木霊する。

 裕貴の悲鳴を聞きながら、二人は無我夢中で別の校舎へと移動していった。男の居る階から二人は離れて、別校舎の二階へと移動している。

 膝に手を手をおいて荒く息をしながら戒斗は話す。


「はっ、はぁ……こ、ここまでくれば、大丈夫だろ」

「な、なんだよあれ……ゆ、ゆうきが襲われたけど……」


 怯える二人に、すぐ近くから明るい声がかかる。


「うーん、なんだろーねぇ?」

「「っ!?」」


 二人は驚いて振り返る。裕貴を襲った男がいた。


「Hi☆」


 欧米風に手を振って声をかけるが、手には赤く濡れた斧を手にしている。戒斗は逃げようとするも、素早く片腕を切られた。腕が切られ、戒斗は前に倒れる。倒れた先に切られた腕が見え、彼は涙をボロボロと流す。


「あっ……! ああっ……! い……いた……」


 男は戒斗の前に立ち、しゃがんで彼を見続ける。肩に何かいるのか、ポツリと呟く。


「……倶生神ぐせいしんの記録からして……へぇ、悪いことをしてる分、良い事もしてるんだ。罪悪感は少しはあるのか。じゃあ、片腕だけにしてあげる」


 男は立ち上がり、怯えている柚木を見つめた。柚木は小便をして、ズボンを塗らす。彼の恐怖の度合いを示していた。漏らした様子を見つめ、男は笑ってみせた。


「あははっ、怖いんだぁ? 人を言葉と暴力で傷付けるのは怖くないくせに、これは怖いんだ?

君、面白いね☆ 面白いから、その濡れたズボンと足をなんとかしてあげよう!」

「へ、えっ……」


 男の手にしている斧が振り上げられる。何をしようとしているのか察し、顔面を崩壊させ泣き始めた。


「や、やだっ! 嫌だっ!! やめろっ! やめでぇぇっ!!」

「い、や、だ☆」


 斧が振り下ろされ、柚木の悲鳴が学校内に響く。




「……っ!?」


 悲鳴が聞こえ、三藤が勢いよく目を開けた。上半身を起こす。桜ヶ丘さくらがおか公園と呼ばれる高校の近くにある公園の入口で寝ていたようだ。


「えっ、ここ。公園……なんでっ……? というか、夜。……あれ? 今日……何があったっけ……?」


 何故寝ていたのか、学校の出来事を三藤は覚えてない。困惑していると、バッグに見覚えのないお守りがついていた。狸が刺繍ししゅうされた普通のお守り。バッグにつけた覚えもない。三藤は別のものをつけていた気がし、そのお守りをまじまじと見つめた。不思議なお守りだが、何故か持っていて気味悪さがない。バッグから携帯を取り抱して、画面を見て戸惑う。


「うっわっ! もう九時過ぎてるっ!? 急がないで帰らないとっ……!」


 バッグに携帯をしまって、三藤は駅の方へと走っていった。




 桜ヶ丘さくらがおか公園の物陰から三藤を見送る四人がいる。茂吉は満足気に彼の背中を見送り、息を吐く。


「はぁー、良かった、良かった」


 満足気な彼に澄はあまりいい顔をしない。八一は「こいつやりやがった」という呆れた顔をしていた。奈央は不思議そうに去っていく三藤の背を見る。


「……けど、彼と私達が確認して逃げた人はなんの関係があるのですか……? 八一さん。わかりますか?」


 聞かれ、狐は頷く。


「ああ、今回の件は陰陽師が仕組んだことで、彼が行ったまじないは本当に怪異を生み出すものだったんだよ」

「えっ、人があの『三年二組の井口くん』を本当に怪異として生み出すことができるのですか……?」


 少女に、茂吉が教えた。


「そう、そもそも作られた怪談話は人の恐怖心や人の思いから生まれるのさ。怪異の妖怪はそう簡単には生まれないけど、生まれる条件さえ知って揃えれば生まれる。

今回の花沢三藤くんは『三年二組の井口くん』を生み出す条件が揃っていたんだ。創作話に乗っているような似た状況に、彼の怨み。そして、怪異が生み出せる格好な学校。花沢くんはお呪いを教えられたんじゃない。怪異を生み出す実験に利用されたのさ」


 奈央は話を聞いて驚愕する。監視の式を操るには、術者の力量によって操れる範囲が限られてくる。即ち、遠隔操作のラジコンのようなものだ。怪しい人物は力量は然程なかったのか、学校の近くまで来ていたらしい。

 悪路王は力のある妖怪だ。即ち、学校近くに来た人物は悪路王ではない。

 茂吉は溜息をついた。


「あーあ、これが、悪路王本人だったらすぐ解決したんだろうなぁ」

「そんなわけ無いだろ。もっきー。あいつは頭まわるぞ」


 八一の指摘に茂吉は拗ねる。


「なんだよ。やっちー。言わせてよ。……けど、今回の件で進展したこともあるから良しとするよ。

あとは、たくぼっくんの方でなんか報告があればだ」


 拗ねるのをやめ、能天気の素振りをして空を見る。何も言わない彼に澄は声をかけた。


「茂吉くん」

「ん、どうしたの? 澄」

「……君は、あの三人の男の子達をどうしたんだい?」


 澄は彼から詳細を聞いていない。いや、聞かされていない。三藤をいじめていた三人がどうなったかを聞いていないのだ。茂吉は瞬きをしたあと、優しく微笑み彼女の頭を軽く撫でる。


「大丈夫。殺してはない。ただ、人の痛みを解らせるようにしただけ。──まあ、そうだね。あとは、各個人次第かな」


 他人事のように語り、撫でるのを辞める。手にかけてないことにほっとする。澄は詳細まではあえて知ろうとはしない。


「茂吉くん。わからせるのにも、優しくした方がいいよ?」

「まだ、優しいほうだけどなぁ。でも、真似しないでよ? 澄」

「しないよ」


 穏やかに微笑む彼に澄は呆れるが、三藤は守ろうとしたのはわかった。間接的とはいえ、三藤がやろうとした行いは人殺しと変わらない。あの少年の気を病ませないように相手側に関する記憶を消し、相手側にも制裁を下した。

 茂吉は背伸びをし、三藤の去っていく方向を見つめて呟く。


「あとは、先生だけかぁ……。まあ、やることは決まってるんだけどね」


 狸は良い事をしていると思ってはない。だが、花沢三藤が良い道へ進むように願ってはいるのだ。



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