7 怪異解決作戦
人気のない深夜の時間。
涼しさはあるが昼間の暑さの名残はある。新田の近くは水が通っており涼しい。直文と彼女は新田の近くにいる。外の街灯だけが頼りであり、街灯がない場所は真っ暗だ。懐中電灯がなければ、周囲がわからない。
彼女は動きやすい格好をして、虫除けスプレーを肌にふきかける。直文からもらった反射盤を身に付けており、彼自身は昼間見たときと変わらない服装で近くにいた。
「……本当にやるのですね」
「ああ、はなびちゃんには申し訳ないけど、誘き寄せるのに協力してほしい」
申し訳なさそうに言う彼に、彼女は軽いストレッチをしながら不安そうに頷く。
■■は彼から解決するその算段を聞いた。
まず、■■が柘植矢さんを誘き寄せる餌になる。逃げて罠があるポイントまで走っていく。■■が逃げる間、直文が柘植矢さんを誕生させないように封印を施すと言う流れだ。仲間の仕掛けた罠のポイントは近くの公園。目的地まで走れば柘植矢さんを何とかする。封印を施し終えたら、直文は彼女と合流するようだ。
「その反射盤は俺からも柘植矢さんからも君の位置がわかるようにする。鳥の式神を飛ばしているから、公園へと導いてくれるよ」
直文の説明を聞いて、名無しの少女は頷く前に彼に聞く。
「ねぇ、直文さん」
「ん、どうした?」
「柘植矢さんに襲われた時、私を抱えて助けてくれた人がいたはずなんです。その人は空を飛べるみたいなのですが、直文さん以外に誰かいましたか?」
聞かれた彼は数回瞬きをして、気まずそうに腕を組む。
「……うーん、いたような気もするけど……」
「……けど?」
聞き返す彼女に直文は苦笑をする。
「……うん、ごめん。見てないかもしれない」
曖昧な答えに■■は一瞬だけ怪しむが、直文は申し訳なく謝った。
「本当にごめん。君には誠実でありたいけれど、こればかりは難しいんだ。本当に諸事情あって話すのはちょっと厳しい」
はぐらかされたのかと■■は思ったが、彼の苦しそうな顔を見て嘘ではないと理解する。彼女は「すみません」と謝る。少女の目の前に立って直文は指を出す。
「臨兵闘者皆陣列前行……守」
横に五本の線、縦に四本の線が描かれた。格子のような絵が彼女の前で浮かんで消える。周囲から感じ取れる嫌な気配が消えた。VRでもなく、プロジェクトマッピングでもない。宙に線が描かれる現象は驚くだろう。
「はなびちゃん。奴が現れるから、逃げる準備をして。柘植矢さんの攻撃を防ぐように結界を張ったけど一度きりだ。いいね?」
「……はい!」
頷く彼女に、直文は応援の言葉をかけた。
「頑張って」
少女が瞬きをすると、直文の姿がなかった。彼女は目を丸くするが、田んぼの方からガサッと音がする。
彼女は首を向けた。田んぼからはかなり距離は離れているが、四人の人の姿が見える。
ボロい中学の制服。使えないスニーカー。髪が白く染まってきており、髪の毛が帽子になりつつある。首には開いた傷口があるが、塞がりつつあった。四人の手には斧と鎌。
田んぼには本体の柘植矢さんがいた。四人の後ろには子供の背丈ほどの二人の柘植矢さんがおり、首の傷口の大半は塞がりつつあふ。行方不明の小学生の二人が柘植矢さんになりかけている。傷口の度合いで怪異の変異具合を確かめられるようだ。
柘植矢さんが動き出して、少女に近付こうとしている。四人の口が動き出す。
「「「「ぁあ゛ぁぁあ゛あ゛アそBO? オソぼ、そぼ、おそここそそそほのののそそそそそほそほほほそほそほはほひほほほくぬぬぬくぬゆねねねねねねねねねねねねア”ぞぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
彼女は振り向かずに走る。新田から住宅街に向かう。空から鳥の声が聞こえた。■■は見上げると、鳥は回って角を曲がるように飛ぶ。
直文が飛ばした式神の鳥。彼女は鳥の指示通り曲がると新田の横を通る。背後の音が激しくなった。彼女は考えるよりも、式神の鳥の案内を頼りに走る。下着が汗を吸って張り付く。額から汗を流しながら、彼女は足を止めない。
柘植矢さんを撹乱する為の式神だ。鳥の案内に従い、彼女は何度か道を曲がる。真っ直ぐ向うこともあるが、曲がり角を曲がる回数が多い。公園に向かう道を迂回しているのだ。
「わしは悪くないわしは知らんわしは悪くない悪くないわしは知らんわしは知らんわしは悪くない悪くないわしは知らんわしは悪くないわしは知らんわしは悪くない悪くないわしは知らんわしは知らんわしは悪くない悪くないわしは知らん」
背後から声は聞こえる。振り向いてはならない。彼女は柘植矢さんと成り果てている彼らを見たくはなかった。
鳥の案内を信じて進む。走り続けているうちに目的地が見える。道を曲がって真っ直ぐといけば、入り口はもう少しであった。
「……やった!」
彼女は真正面を向いて足を止めて息を呑んだ。遠くに柘植矢さんが現れたのだ。
前遭遇した時、柘植矢さんが瞬間移動したのを思い出す。
忘れかけていて、彼女は来た道を戻ろうと振り返る。
遠くから柘植矢さんが追いかけてくる。挟み撃ちにされる。どう切り抜けるか考えたが、直文が掛けてくれた術を消費するしかない。追いかけてきている柘植矢さんに向かって、彼女は目を閉じて突っ切った。
何かが割れる音がする。攻撃をされて、結界が破られたのだろう。鳥の声が空から響くが、彼女は無視して目を開けた。
怪異は視界にはいない。このまま逃げようと、彼女が真っ直ぐ強く足を踏み出した瞬間だ。
周囲の光景が捻れて風景が変わっていく。
その最中、前に見たボロい小さなお社が見えた。彼女は瞬きをすると、景色が変化していると気付く。
少女がいたのは最初のスタート地点だ。
「……っえ……!」
名無しの少女は驚愕した。
どうやって最初に戻ったのか。柘植矢さんにスタート地点に戻す力はない。新田の奥は柘植矢さんが歩いてやってくる。道の闇からは奥から足音が聞こえた。
彼女は遠くを見る。
街灯から少しだけ姿が見えた。かつて面影はなく顔はだんだんと老けており、真っ白な髪に肌がしわくちゃな老人となっている。着ていた服をボロ衣として地面に落とし、農作業の服が肌から生えてくる。
彼女は腰が抜けて、尻餅をついた。走っていたせいで力がでない。逃げられなかった。街灯によって六体のそれは姿を完全に見せた。
もうダメだと、目をつぶった時。
「──ああ、やっぱり、そうだったのか」
冷ややかな声が辺りに響く。■■が目を開けると視界を覆うように背中が見えた。艶やか長い髪が揺れ、彼の足は震えることなく怪異と対峙している。
少女は瞳を潤ませて、彼の名前を呼ぶ。
「……っ直文さん!」
直文は顔を向けて、申し訳なく微笑した。
「ごめんよ。封印は早く施し終えたのだけど……ちょっと確かめたい事があって、君には少し柘植矢さんと追いかけっこをしてもらった」
彼の謝罪に驚く。直文は目つきを鋭くして、新田の方に白く光る何かを飛ばす。奥にいる柘植矢さんの顔の部分につき、硬直して悲鳴をあげた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い$☆%#●*∀≒■〒@ぁあぁっ」
濁ったような声が聞こえる。その声を聞いて六体の柘植矢さんはビクッと震えた。直文は新田にいる柘植矢さんを睨み付けて、唇を動かす。
「柘植矢さんに君をスタート地点に戻す力はない。外的要因が関わっていると思っていたから確かめたんだ。……確信は得たよ」
両手を動かすと、彼の手には菱形の刃が数枚納まっている。中国の
「もしかして、五年前のあの小さなボロい社が……?」
彼女の呟きを聞いて、直文は反応する。
「小さなボロいお社。気になりはするけど、今はあの柘植矢さんを追い詰めないと」
六体の柘植矢さんと向き合い、彼女は思い出して声をあげる。
「待ってください! 直文さん、相手は武器を持っているのですよ。大丈夫なのですか!?」
成りそこなっているとはいえ、彼らは柘植矢さんで怪異なのだ。少女の言葉に、直文は笑ってみせた。
「あんな低級にやられる俺じゃないよ」
光のように穏やかに、焼けるほど残酷な微笑みであった。
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