1 それは間違いなく人生の危機
ある日の真夜中。一人の少女は身隠しの面をして、町の中を走っていく。少女が追っているのは一体の悪霊だ。
彼女の住む地域には、よく事故を起こす通りがある。そこで、少女は悪霊が人に危害を加えようとしたと推察している。道路を足のない幽霊が逃げていく。
しかし、彼女は逃すわけもなく、札を投げて悪霊の行く手を封じる壁を作る。
悪霊の行く手は阻まれ、少女はその悪霊に向かって清めの札を投げた。
悪霊は消え去り、近くの道路で事故を起こす話はなくなる。代わりに三善真弓の睡眠時間は削られていった。
五月下旬ごろ。穏健派といえど、多くの人がいる。三人は失敗作である藤原夜久無とは接点がない。が、真弓は注意をしなくてはならない。変生の法を受けて生まれた陰陽師が妖怪となり暴れる可能性あり。
何故、暴れたのかはわからない。陰陽師である穏健派の彼らは現因の調査中だ。しかし、真弓達は調査の参加をしている場合ではない。
ある日の休日。遊びに来ていた重光と葛は険しい顔をして、真弓はこの世の終わりとも言える顔をしている。
三人は机を囲んで、その上にあるいくつかの紙を見ていた。
一年○組。三善真弓。20点。
一年○組。三善真弓。30点。
一年○組。三善真弓。40点。
一年○組。三善真弓。10点。
並んだ一桁目の数のゼロがなんとも美しい。紙の上には罰の数が多く、丸の数が少ない。海外のあるではレ点が丸の代わりのようなものらしいが、海外と日本の文化の比較どうでもよい。
三人はあまりいい表情をせずに、机の上にある数々の紙の上を見ていた。兄である葛は片手で顔を覆い、苦しげに吐き出す。
「──なんで、中間テストの結果が無惨なんやっ!?」
嘆きの声を上げる。ちなみに、ある漫画の鬼のラスボスではない。テスト結果がとんでもない。過去の真弓の通知表も体育以外こんばんは更地、煙突一本。草生えぬ。
よく高校が合格できたなと考えるであろう。高校は兄と友人の叩き上げで何とか合格したが、代わりに精魂が尽き果てた。
兄に妹は頭を下げた。
「かんにんして! だって、町の悪霊が人に危害を加えてるの見過ごせへんの」
「なぁ、真弓ちゃん。反省って言葉、知ってる?」
重光のツッコミに真弓は静かに黙る。
反省してない。
ほぼ毎日暴れん坊なんとかならぬ、暴れん坊陰陽師が町を駆け巡っては悪霊退散、妖怪退治。ドーマンセーマン。陰陽師が呼ばなくても来る。代わりに、真弓の成績が地の底へ向かってレッツラゴーなだけだ。
流石の点数に、兄は妹の素行を叱る。
「真夜中に出て妖怪退治やらは俺達がするからええの。それに、ココ最近俺が寝てる間、勝手に外へ出てるやろ」
「うん、そや。せやけど、悪霊や妖怪のせいで怪我したり事故に遭う人もいるのが私はやだ」
「わかるけど、俺は自分をもっと大切にしいひん奴が嫌だ。生活やら、自分の将来をもっと大切にしいひん奴が嫌だ。頼む、無茶はやめろ。真弓」
正論を言われ、真弓は言葉をつまらせる。
彼女は肉親が妖怪に殺されたのはトラウマだ。それは葛も同様であるが、彼にとっても真弓は唯一の肉親である。面倒を見ている以上、立派な大人になってほしいのだ。
兄の気持ちは分かるが、真弓はすぐに動いて人助けできるようになりたい。陰陽師はそれが手っ取り早くできる。陰陽術や武術を学んだが、この2つ以外にも人を助ける術はある。
真面目に叱られ、涙目になって顔を俯かせる。
「……ごめんなさい。お兄ちゃん」
「頼むから、次はやめてくれ。……問題は追試だな。……ともかく、この酷い点数をどうにかしないと……真弓……」
「……ごめんなさい」
二人の落ち込み具合に、重光は居たたまれなくなり声をかける。
「あのさ、気分転換に近くの大型商業施設で買い物しようか!
今、勉強をするにも気分乗らないだろ? ともかく、着替えて行こうぜ」
友人からも気遣われ、三善兄妹は申し訳なくなった。すると、インターホンがなる。
「あっはい!」
葛は立ち上がって玄関の前に行く。葛がドアを開けると、優しげな中年男性がスーツ姿でおり、紙袋を片手ににこやかに笑っていた。
「よっ、暇か? 葛くん」
「
驚きの声に重光は「げっ」と厄介そうな顔をする。冬弥と呼ばれた男性は部屋の中を覗いて、重光の姿を確認すると表情を輝かせた。それも喜色満面のだらしないほどのユルユルな顔を見せる。
「しげちゃぁぁああん! 俺のかいらしい甥っ子のしげちゃぁぁぁん! 俺、俺や!
しげちゃんの叔父はんの土御門冬弥ややでぇぇぇぇっ!」
空いている手をブンブンと振る興奮した叔父に、重光は顔を真っ赤にして大声で怒る。
「っ! 近所迷惑やさかいやめーやっ! ちゅうか、俺を見るたんびにここにおる主張はやめろっていつも言うてるやろ!」
「なんでぇ、俺の甥LOVEが伝わってへん!」
「なんで、伝わってると思ってるん!? ってか、なんで俺たちが漫才をせなならへんの!?」
叔父と甥のやり取りに、三善兄妹は苦笑した。
重光か玄関の前に出て、はぁとため息をつく。
「……で、叔父さん。何のようなんだよ」
方言を抜きに本題を出す。聞かれた冬弥は頬を赤く染めて、デレデレと紙袋を見せる。
「えっ、可愛いしげちゃんの顔を見に手土産携えてきた。しげちゃん。アパートに行ってもいないから、三善くん達の家に来た。来たら大正解」
「……成人男性に可愛い甥の扱いやめてくれないか……?」
「俺からしたら、しげちゃんはいつでも可愛い俺の甥」
自信満々に語る叔父に頭を抱える甥。冬弥は嬉しそうに笑った。
「元気にやってるかどうか心配で来ただけだって。元気に良かった。ってことで、ほいしげちゃん。これ、葛くんと真弓ちゃんとで食べな。中身は近くの製菓店で買ってきたマドレーヌだ」
「……はぁ、おおきに」
感謝を伝え、葛は冬弥に声をかける。
「冬弥さん。上がっていきますか? つまらないものしか出せませんが……」
部屋の中では、真弓がテスト用紙をせっせと片付けている。お茶菓子の用意をしようとしていた。二人の気遣いに、冬弥は申し訳無さそうに首を横に振る。
「ありがたいけど、俺は藤原夜久無の死について調べる最中なんだ。ちょいと諸々気になることがある。悪いな。葛くん」
「いえ、冬弥さんも無理なく」
葛が挨拶をすると、真弓が近くにやってきて冬弥に挨拶をした。
「冬弥さん。こんにちは! お仕事、頑張ってください!」
「おっ、真弓ちゃん。こんにちは、ありがとう。とりあえず、真弓ちゃんは陰陽師よりも学業に専念するように」
苦笑して言われ、ピキッと音を立てて真弓は凍り付く。冬弥も耳に入るほどの真弓の成績は悲惨のようだ。葛と重光は何とも言えない顔をする。
冬弥はさろうとする前に、「そうだ」と声を上げた。
「ここに引っ越してきた目的の夜行が始まる。『海原百鬼夜行』。その時期が近づいてきた。俺は参加できないけれど、気を引き締めるように」
冬弥から言われ、葛は頷く。
「はい、わかっています。俺達がここに引っ越してきたのは、その百鬼夜行をとめるためなんですから」
陰陽師の三人が目的もなく静岡にいるわけではない。
復権派または革命派の一派を捕まえる。もう一つは『海原百鬼夜行』を制するため。革命派は謎の減少で戦力が大幅に削られ、三人があまり動く必要はない。
しかし、『海原百鬼夜行』は別である。
怪談として語られてはいるが、実際は何年か一度に行われる海に住まう妖怪の祭りだ。妖怪の世界ならば普通の祭りだが、外の世界との境界が緩み外に出やすくなる時期でもある。近代よりはるか昔は、入り口をこじ開けて人間をさらって食っていたという話もある。
今でも、外に出て人を食おうとする妖怪も故に緩みそうな場所を探しては、多くの陰陽師と退魔師達。妖怪側の世界にいる協力的な妖怪は彼らを罰し倒すのだ。白椿の少女は頬を叩いて頷く。
「海原百鬼夜行……頑張らないと!」
「その前に、勉強な」
真弓は意気込むが、兄の正しい指摘に再び落ち込んだ。
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